第2話 列車の旅と街の歩き方指南

 夜になり、車両点検のために停まった振動でアロンは目が覚めた。

 窓から外を覗くと、周りは真っ暗である。空には星が瞬いていた。


「やってしまった。車窓を楽しむ旅のはずが……」


 軽くショックを受けると同時に、お腹の虫が鳴いた。


 アロンは列車に乗ってから何も食べていないことを思い出した。


「あ! そうだ!」


 実はアロンは、車内食は高そうだったので、先に街でサンドイッチを買っておいたのだ。

 ラッキーだった、この時間には車内販売はやっていない。


 アロンが少しウキウキしながらサンドイッチに手を出すと



「食べるならデッキか外の廊下で食べてくれない?」


と横から声がした。


 アロンは忘れていた。アロンのとったチケットは一般席なので、2人で1部屋なのである。

 声のした方を見ると、何やら分厚い本を手にした少年だった。


「ごめんね、食べ物の匂いで酔うんだよね」


 謝っている割にそっけない声で少年はそう付け足した。

 なら本読むのは大丈夫なんかい!という言葉は蓋をすることにした。人当たり、大事である。


 デッキに出ると、満天の星空が広がっていた。

 そして大きな月が二つ。

 いつもの景色である。

 一人に少し慣れたのか、周りに人がいるせいなのか、昨日のように寂しく思うことはなかった。


 良い風が吹いている。

 心地よい風を感じながら、サンドイッチを頬張る。


「うん、やっぱボリュームは大事だな」


 アロンが選んだのは肉多めのサンドイッチである。ついでに卵サラダも挟んである。


 そう、喉が渇くメニューなのだ。

 喉が詰まりかけ、手元に水筒が無いことに気が付いた。

 さっき慌てて客室から出てきたために、置いてきてしまったのだ。


 しょうがないな、と、アロンは空中に水のボールを作り出し、それを口に運ぶ。

 魔法を使えない2つの星から見れば、とんでもなく便利な事だ。それなのに


 いつかジュースを出せるようになりたいな。


 アロンはそう思った。

 贅沢の極みである。




 客室に戻ったアロンは先ほどの少年を見た。


「なぁ、君も王都に向かってるの?」


 少年が本から目を離し、こちらをチラリと見る。


「そうだけど」


 返事はやはり少しそっけない。


「ふーん。何しに行くの?」


 次は、軽く溜息を吐きつつ、本を下げこちらを向いた。


「そんな事いちいち君に言わなくちゃいけない?」

「いや、そういうわけじゃないけど、年も近そうだし、明日別れるまで、少しでも仲良くなれたら嬉しいなぁと思って」


 アロンはヘラっと笑って伝えた。


「……。王都の学校の休暇が終わったから、学校に戻るとこ。君は? 学生なの?」

「俺? いや、俺は一人旅? みたいな感じ? ってか、それでそんな難しそうな本読んでるんだな。すげぇな!」


 そう本を指すと


「いや、これはまぁ趣味みたいなもんだけど」


と少し困ったような照れたような顔をした。


 嬉しくなったアロンは


「俺はアロン。君は?」


と名前を聞いた。


「マックス」

「そか。よろしくなマックス」

「ああ」


「俺さ、セルンの町から来たんだけど、昨日初めて侵略者ってのを見たんだ! なんか物々しくて恐いもんだな」


 ふと思い出した昨日の話をしてみた。


 マックスは目を見開いてアロンを見たあと、溜息をついて


「君ね……」


と話し始めてすぐ


「いや、何でもない。僕は本を読むから集中させて」


と言い、そのまま本を開き直し、読み始めた。


 そんな様子に残念になりながらも、その日はそのまま就寝することになった。


 布団の中でふと今日の駅での出来事が思い出される。もしかして、あの家族も休暇を終えた学生の見送りだったのかもしれない。うん、きっとそうだ。そう思い直して布団を被り直した。


 翌朝、目を覚ますとマックスもちょうど目を覚ましたところのようだった。


「おはようマックス」

「ああ、おはよう」


 少しの逡巡の後、マックスが話を続けてきた。


「今から食堂車に行くと、そんなに並ばずに入れるみたいだけど、君はどうする?」


 予想外のお誘いに嬉しくなったアロンは


「行く! 行こう!」


 二つ返事で喰らい付いた。


 食堂車で食事を始めてすぐ


「アロン、今から君は言葉に気をつけた方がいい」


と突然声を潜めて言われた。


「え? なんで? 何かあった?」


 驚いて小声で返すと


「ほら、奴らがいる。言動には気を付けないと」


『奴ら』侵略者のことである。


 口はモグモグと動かしつつ、目線だけで軽く周りを見渡してみるが、昨日の服装の人はいない。

 不思議に思っていると


「腕章を付けているだろ?」


 よく見ると、腕章を付けた人が何人かいる。


「服が違うだけじゃないんだね?」


「やっぱり君は何も知らないんだな。奴らは僕らと支配者である彼らを区別するために制服を着る場合が多い。だがたまに、僕たちに紛れるために僕たちと同じ服を着ている時がある」


「なるほど」


「もし、ウッカリでも彼らの批判を聞かれたら、タダでは済まない。君は口が軽そうだから、念を押すけど、口を慎むように」


 突然のとんでもない指摘にアロンの喉に食べ物が軽く詰まった。何とかむせるのを水で押さえ込み


「そ、そんなに口が軽そう!?」


と半ば声が裏返りかけながら答えた。


「口が軽いっていうか、なんか独り言とかでポロッと言っちゃいけないこと言ったりしてそう」


 思い当たる節がある。ちょうど一昨日も「誰か倒して…」的なことを言ったばかりだ。


「き、気をつけるよ」


 余りの洞察力に驚きながら、なんとかアロンは返事をした。

 ここで自分の非を認められるアロンは結構良い子であった。


 2人はそのまま食事を終え、客室に戻って、お茶を飲み始めた。


「そういえばなんだけど、アロンは本当に一人旅をしているの?」

「え? 何で?」


 アロンはドキリと心臓を震わせた。


 一人旅といえば一人旅だが、王都の召集場所に行くまでだし、そんな絶賛一人旅を満喫中というわけではないのだ。


「いや、一人旅をするには君は軽装備すぎじゃないかと思って。外には魔物もいるのにさ。もしかして結構な魔法使いだったりするの?」


 さすがマックスめざとい。


 アロンは、ど、どう答えようと目が泳ぎそうになる。


「ま、まだ旅を始めたばかりでさ、これから王都で装備を整える予定なんだ!」


 苦し紛れではあるが、なかなか筋の通った回答ができた。


「それより、魔物ってそんなすぐに遭遇するものなの?」


 アロンのとんでも無い質問に、今度はマックスがむせそうになる。


「いやいやいやいや! アロン、君はどこかの箱入り息子か何かなのかい!? そんなので一人旅とか大丈夫!?」


 あのそっけないマックスの余りの勢いにアロンは驚いたが、同時にとてもマズいことを言ったのでは……と急に不安になった。


「その、貴族ではないし、ただの小さな町に住む平民なんだけど、その、余りにダラダラしてるからって、親に叩き出されちゃってさ」


 俯き、瞳を泳がせながら言葉を続ける。


「侵略戦争が終わってからは、昨日セルートで見かけるまで一度も侵略者を見たことが無かったし、セルンではモンスターを見かけたことも無かったんだ」


 弱気な声で返すアロンに、マックスは、重くなる頭を手で支えながら、はぁーーーー。と盛大な溜息が出た。


 なぜかアロンに対しては溜息が多いなと思ってはいたが、今回ばかりは溜息を止めることはできなかったのだ。

 余りの危機感の無さに苛立ちまで覚えてしまうが、ほぼ初対面、しかも落ち込んでいる人間を目の前に出来るだけ落ち着こうと必死で言葉を考える。


「あのね、アロン。今から言う言葉は君が知っている事も混じっているかもしれない。それでも大事なことだから、しっかり聞いて欲しい」


 気弱な目のまま頷くアロンを見てマックスは続けた。


「まず、侵略者も魔物もそこら辺に当たり前にいる。列車の到着するような規模の街には必ず侵略者がいると思って。セルンにいなかったのは、本当にラッキーだったんだと思う。魔物が町や街道に現れないのは、結界が張ってあるから。だから、町や街道を外れればすぐに魔物に出会すよ」


 アロンはひたすらマックスの言葉に耳を傾ける。


「君が家に帰れない事情があるのは分かったけど、どうしても旅を続けるなら本当に装備を整えて、危機感を持ってほしい。もちろん、侵略者に関する会話をするなら、必ず、盗聴防止の魔法は使うこと。今だって僕は盗聴防止の魔法を使っている。部屋にも侵入禁止の魔法をかけている。それくらい、用心して欲しい。もし、その辺りの魔法が使えないなら、魔法陣屋にでも寄って、魔法陣を取得しとくんだね」


 マックスはこれでもかという程、捲し立てた。


 アロンはマックスの言葉を必死に聞いていた。

 マックスの言葉一つ一つに自分がどれほど甘かったのかを突き付けられ、耐え難い程、恥ずかしくなった。


 そして旅立つ時、母に盗聴防止の魔法を教わったこと、決して町や街道から外れずに歩くよう何度も念押しされたことを思い出した。


「外の世界を見てきなさい」


 母親の言葉が思い起こされる。


 落ち込んだ様子のアロンにマックスは少し言い過ぎたかと気になりながら


「ま、まぁでも、今気付けて良かったじゃないか? これから注意すれば良いんだし?」


と大袈裟な咳払いをしながら目を逸らした。



 暫く沈黙が続く

 アロンが気になって、チラリと片目でアロンを見遣る。

 するとアロンは顔を上げ、へにゃりと笑いながら


「色々と教えてくれてありがとう」


と言った。そしてこう続けた。


「俺、親にも似たようなこと注意されてた。それでもテキトーに聞き流して、話半分も聞いてなかった。ありがとうマックス。自分がどれだけ何も分かってなかったのか、ようやく分かった」


 今度は、マックスの目を真っ直ぐに見て何か吹っ切れたような顔をしていた。


「そうか。それは親御さんは相当苦労されただろうな」


 半分笑いながらマックスが返した。


「確かにそうだね」


 可笑しくなって、アロンも笑った。




 その時、駅到着が近付くアナウンスが流れた。


「もう、到着みたいだな。本当にありがとうマックス」


 アロンはマックスに手を差し出した。


「そうだな。意外と退屈しなかったし、悪く無かったよ」


 マックスは手を握り返した。




 駅を出た後、アロンは公衆トイレに駆け込んだ。

 そして、盗聴防止と盗み見防止の魔法をかけ、勇者召集の内容をもう一度確認する。今度は、書いてある内容全てに目を通した。そこには、誰かに移動の目的を聞かれた場合『学校の休暇が終わり、学校に戻るところ』だと言うように書いてあった。

 ハッとなって頭を上げる。


 もしかしたらマックスは……。


 少し心が湧き立つのを感じ、アロンは次の目的地に向かった。


 次の目的地は王都の学園であった。

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