セイルー編

第1話 出発はまるでRPGのように

 周りの仲間たちが黒いモヤに襲われ次々と倒れていく中、アロンは必死に友の名前を呼び続けていた。

 友の身体から、まるでザルに流す水のようにどんどんと魔力が抜け落ちていく。


 アロンは自分の魔力を全力で友に注いだ。

 だが、悔しいことに、細い管の中を通すように一定量しか注げない。一度に大量に注げないことにもどかしさが募る。

 それでもアロンは必死に魔力を注ぎ続けた。


「アロン、もういいよ。アロンの魔力が枯渇しちゃうよ。さっき、重力魔法でかなり使っちゃったでしょ?」


 マックスが力を振り絞って笑いかける。


「……! そんなの! どうでも良い!!」


 アロンは涙でグチャグチャの顔で叫ぶように答える。


「アロン、本当に、本当にもう良いんだ。僕は後悔してない。アロンを助けられて良かった。僕は……僕はもう自分が何もしないせいで大切な誰かを失いたくなかったんだ。だから、僕は今とても満足している」


「良い訳ない!! だって、だって、マックスは勇者になるんだろ!? 勇者になって侵略者を倒すんだろ!?」


 アロンは魔力を注ぎながら、嗚咽に揺れる喉から声を絞り出した。


「はは……。そうだったね。じゃあ、アロンがさ、代わりに勇者になってよ。僕の代わりに侵略者を倒してくれない? アロンが勇者になった姿、楽しみにしてる」


 マックスの目には涙に溢れるアロンの顔が映る。


 そんなに泣かないで、僕は大丈夫だから。


と伝えたいのにもうマックスは声を出す事ができなかった。そして、ギリギリ保っていた意識を手放した。







──およそ1年前




 ここは、魔法の発達した星セイルーのとある町。

 空には黄色い月と赤い月が見える。


 アロンは空を見上げながら思った。


 侵略者の巣窟ってどこにあるんだろう? 噂では宇宙に浮いているって話だけど……。


「はぁ……。他の星のやつらがちょちょいと倒してくれたら良いのに」


 思わず独り言が出た。


 魔法が発達したこの星の住民たちは、自分が動かなくても魔法で殆どが叶ってしまうため、少し怠惰な面があった。

 ただ、やはり性格というのもあり、魔法の研鑽を日々積み重ね努力を怠らない人ももちろんいる。

 アロンはというと、少し面倒くさがり屋な面があった。


「ま、いっか! いつか誰かがなんとかしてくれるだろう! ふぁー。そんなことより眠……」


 アロンはあくびを一つすると窓を閉め、ベッドに潜った。

 また明日、いつもの毎日が始まる。

 大都会でもないこの町に侵略者が来るわけでもなく、侵略前と侵略後の違いなんてそんなになかったのである。





 翌朝、母親がアロンを起こしに来た。


「アロン! いつまで寝てるの?! 起きて! 大至急よ! 大変なのよ!」


 普段と違い、母親が血相を変えてアロンを起こしにきた。


「んー? 何ー? なんでそんなに慌ててるのー?」


 アロンは寝ぼけ眼のまま、夢現に返事をする。


「良いから、すぐに着替えて! 王都で勇者を召集するんですって! アンタも対象に選ばれたわ」


 母親は、そんなアロンをじれったく思い、アロンを急かした。


 目が覚めたアロンは母親の話に耳を疑った。

 母親の話では、今朝の新聞に魔法でカモフラージュされた記事が出ていたらしい。


 それが、その勇者召集のことらしい。

 なんでも、侵略者を倒す勇者を集めて鍛えるらしい。


「え? 別に勇者になんかなりたくないんだけど。確かに侵略者が来た時は大変だったけど、今はもう特に生活も変わってないじゃん」


「何言ってるの! 外を歩けば魔物に襲われ、侵略者への上納のため税金・物価も上がってる。生活が苦しくなる一方よ! しかも王都ではそれどころじゃないって話だし」


「またまたぁ、そんなこと言っちゃってぇ。ちょっとオーバーですよ、お・く・さ・ま!」


 アロンは母親の話を茶化した。


 アロンの返事に母親は深くハァーとため息を吐いた。


「どれだけ皆が大変な思いをしてると思ってるの。とりあえずもう王都に行ってきなさい。そして外の世界をきちんとその目で見てきなさい」


「ぇえええええ!?」





 結局、アロンは家から放り出された。


「いい? ちゃんと王都の勇者召集場所に行くのよ? そこで訓練してる間は衣食住が確約されてるから、アンタでも野垂れ死ぬことは無いわ。帰ってくる時は、きちんと訓練から外された証拠を持って帰ってくるか、侵略者を倒して平和にしてから帰ってくるのよ?」


 最後の言葉は結構な無茶振りである。


「それから……」


 言いたい事が沢山あるらしく、マシンガンのように話し続ける母親の言葉を話半分で聞き流し、アロンは旅立った。





「はぁー。面倒なことになったなぁ。侵略者かぁ。あいつらが来なかったら、家でダラダラ過ごせてたのに」


 なんとなく漠然と『侵略者=悪』と思っていたアロンの心に、侵略者に対して直接的な思いが芽生えた瞬間であった。


 しかし、アロンは知らない。

 もし、侵略者が来なかったとしてもニートみたいな生活をするアロンは何かしらの理由を付けて家から出されていたということを。


 アロンは『10歳になったらボールに格納した使役モンスターと旅に出る』どこぞの世界があるなんて、考えも及ばないであろう。


 ただ残念なことにアロンはほぼニートなのである。

 朝(か昼頃)起きて、親に言われてしぶしぶ家の手伝いをし(家から出ても町の中だけ)、夜に寝る生活である。

 今世界がどうなっているかなんて分かるはずがなかった。



「さてと、とりあえず王都に行きますか! 手持ちが尽きる前に行かないとな」


 もちろん、アロンにこのまま働いて自立しようという考えは無い。衣食住確約の1択のみなのである。

 アロンは新聞から読み込んだ魔法陣の情報を確認する。


「あっちこっちに寄って合言葉かぁ。面倒くさいなぁ」


 勇者の召集場所に行くには、いくつもの合言葉に沿って目的地を目指さないといけないらしい。


 まずは王都に向かうために、王都行きの列車の出てる街まで向かう。

 魔法使えるなら飛んでいけば良いのに……と思わなくも無いが、魔力量や使える魔法は人それぞれなのである。ついでに体力も無いアロンに長距離飛行なんてもっての外であった。




 アロンがいた町セルンは王都行き列車の出ているセルートの街に比較的に近く、夕方には到着する事が出来た。


 セルートの街で明日の列車の席を予約して、宿を探す。

 アロンはなんとか手頃な空いている宿を見つける事が出来た。


 宿の部屋でベッドに寝転がる。

 家族と離れて初めての一人旅であった。

 部屋に1人なのはいつもと同じなのに、家族と離れていると思うと急にベッドが冷たく感じる。

 疲れているはずなのに、なかなか睡魔が襲って来ない。

 仕方がないので、アロンは窓を開け空を見上げた。


 空にはいつも通り赤い月と黄色い月が輝いている。

 昨日とあまり変わらない空なのに、とても寂しく感じた。

 いつも口うるさいと思っていた母親が少し恋しくなった。


「勇者……ね」


 自分が勇者になれるなんて微塵も思わない。なりたいとも思わない。誰かが代わりに倒してくれるならそれが1番良い。


 そんなことを考えながら、ぼーっと空を見上げていたら




「ピーッ!!!」


 突然警笛の音が響いた。


 音のする方を見てみると、見たこともない服を着た男たちが街の人を数人連行している。

 何事か気になったアロンは慌てて一階に行き、宿の主人に尋ねた。


「ああ、隣の酒場でね、侵略者への反対運動の決起集会が行われてたらしくって、それがバレてしまったみたいなんだ。全く、気持ちはわからんでも無いが、取り締まりが強化されたらこっちがたまらんよ。お客さんも巻き込まれないように気をつけるんだよ」


 やれやれとため息を吐きながら、宿の主人は奥に戻っていった。


 アロンは、今まで感じた事もない恐怖に襲われ、呆然としながら部屋に戻った。


「うそ……。連行されてた。え? だって、町での生活はほとんど何も変わってなかったじゃないか。じゃあ、これから俺が行く王都は? ってか、勇者の事がバレたら?」


 アロンは背中に伝う雫と急に震え出した身体を抑えるため、布団に潜り込んだ。




 翌朝、アロンは目が覚めたものの身体が怠く、このままもう一眠りしたい気持ちにかられた。

 だが列車の時間がある。アロンは列車の中で寝れば良いか、とひとまず起きて、宿を後にした。


 昨日は全く気付かなかったが、たまに昨日の連行した人たちと同じ服を着た人を見かける。


 きっとアレが侵略者たちなんだ。


 アロンは出来るだけ周りを見ないようにして駅に向かった。


 駅では、子供との別れを惜しむ家族の姿がある。


 もしかして、あの子も勇者召集に行くのかもしれない。

 バレないのかとこっちがヒヤヒヤしてくる。

 そして、別れを惜しみ涙を流す母親の姿を見てアロンは少し羨ましくもあった。


 母さん、今頃どうしてるんだろう?

 ま、蹴飛ばすように俺のことを追い出したんだから、今ごろせいせいしてるのかもしれないな。


 自分を追い出した時の母親の顔と、そんな母親を少し困ったような顔で見てる父親の顔を思い出し、少し口元が綻んだ。


 王都まで、列車で丸1日以上かかる。

 車窓からの景色でものんびり楽しもうとアロンは列車に乗り込んだ。





 アロンが列車の旅を楽しみ始めた頃、アロンの生まれ育ったセルンに、昨夜の連行の話が届いた。


 幼い頃の息子のアルバムの写真を指でなぞるアロンの母。幼いアロンの笑い声、泣き声、楽しそうな笑顔、数々の思い出が溢れ出し、目を潤ます。

 それと同時に昨夜の連行の話を思い出す。


「アロン……」



 息子には伝えていない秘密があった。息子は魔力が人より高かったのだ。あの新聞は一定以上の魔力がある人間にのみ反応するようになっていた。そして、その記事が読める若者は必ず参加するようにとなっていたのだ。


 もちろん、アロンはその記事が読めていたが、めんどくさがり屋な性格から新聞の細かい字をほぼ読まず、集合場所などを記した魔法陣のみを読み取っただけであった。


 アロンの母の父親は高位の魔法使いであった。そのため、お偉い様方の抗争に巻き込まれ、アロンの母がまだ幼い時に命を落としていたのであった。

 アロンの母は幼いながらに、そのショックが大きく、絶対に自分の家族を王宮に近付けるようなことにならないよう、出来るだけ平凡に平和に生きようとずっと気を付けてきたのである。

 ただ、平凡に平和に生きすぎてしまった結果、ニートアロンが出来上がってしまったのは、言わないお約束である。


 そんなアロンの母は、やはり魔力が高く、同じくアロンも魔力が高く産まれてきた。

 アロンの母は周りにそれが悟られないよう、御守りとして、アロンに魔力抑制の指輪を付けさせていた。

 流石にニートはちょっとと思っていたし、いつかきちんと自立して欲しいと思っていた。

 しかし勇者召集に引っ掛かるなんて。

 アロンの母は、指輪をしてもなお制御しきれないアロンの魔力が心配になった。


 昨日はいつも通りに振る舞おうと、強気で叩き出したものの、扉を閉めた後、涙が溢れ、ボヤけた視界で消えゆく息子の背中を必死に目で追い続けた。


「アロンなら大丈夫だ。あの指輪にありったけの防御魔法を組み込んでいるんだろ? しかも、指輪が壊れたらアロンの魔力が解放されるんだろ?」


「それは、そうだけど……」


「なら、大丈夫だ。それに、アロンは勘が良い。人当たりも悪くない。なんだかんだで上手くやっていくさ」


 アロンの母は、夫の言葉に少し気持ちの落ち着きを取り戻し、息子の無事を強く願った。


 実はこの指輪、故障していたのだが、それを両親は知らない。




 一方その頃のアロンは

 列車のベッドで爆睡であった。

 昨日の緊張と疲れ、列車の心地良い揺れのトリプルパンチである。

 アロンが寝ない方が無理であった。

 まさに親の心子知らずである。

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