57:ポンコツ女は諭される


 自宅近くにある喫茶チェーンのお店で、守口センパイと一緒に夕食を食べている森小路センパイ。

 この2人。性格は真逆だけど本当に仲が良くて、よく連れ立って晩ごはんやデザートを食べに行くそうな。守口センパイはいかにもだけど、森小路センパイが出かけるのは意外。自室で紅茶片手に文庫本でも読んでいそうなイメージなんだけど……


 それはともかく。

 自分から食事に誘っておきながら、話しの主導権を握っているのは間違いなく守口センパイ。

 まあ、なるべくしてなった。だよな。



  *



 いったいどこまで筒抜けになっているのやら。


「後輩のデート現場にバッタリ出くわしてー」


 典弘が女子と一緒にいるところに偶然遭遇したくだりを、実況中継するか如くからかう守口に「見ていたの―?」と思わず絶叫したら、秒でフロアマネージャーが飛んできた。


「お客様。ご歓談は周りのお客様に迷惑とならない範囲でお願いします」


 意訳すると「静かにしろや。ゴラー!」とのお叱り。

 当然だ。

 ふだんは小声でボソボソだが、本気を出した瑞稀の声は良く通るのだ。それが絶叫したのだから結果どうなるかなど言わずもがな。

 退場処分にならなかっただけでも温情溢れる処置で、二人そろって「スミマセン」と謝ったのも当然と言えば当然。

 ただ、叱られてシュンとする瑞稀とは違い、守口がその程度のことで委縮するはずがない。


「怒られちゃったね。テヘ」


 後頭部を軽く叩くだけで反省する様子など微塵もない。それどころか「周りだって結構お喋りしているのに」と周囲の喧騒に半ば逆ギレする始末。


「お店の人に怒られたのだから、もう少し神妙にしようよ」


 悪い方向にアクセルを踏もうとする親友を宥めようとするが、瑞稀の注意など糠に打つ釘ほども刺さっちゃいない。

 一応これでも三条学園高等部の生徒会長で、学年主席なうえに規則もきっちり守るという模範的生徒なのだが、ONとOFFはきちっと使い分けるを恣意的に間違って使っている困ったお方なのである。

 そして今はプライベートなので絶賛OFF中。悪意にはアクセルを、毒舌にもブレーキを踏まないという最悪な状態。


「いやいやいやいや」


 瑞稀の諫言に掌を左右に振りながら真っ向否定。


「私は怒られてないわよ。店内で大声を出したのは、瑞稀だけなんだもの」


 完全に「自分は巻き込まれました」のスタンス。フロアマネージャーの苦言を振りかかる火の粉扱いにしたのである。


「ズルい」


 当然、瑞稀は拗ねるが「そんなこと言われても、事実なんだから」とお構いなし。


「私はふつうの音量で話しをしているもの。計測機器は持ってきていないけど、測ってもいいところ60から80デシベルくらいじゃない? 世間一般で謂われる〝ふつうの会話〟レベルだよ。それに比べて瑞稀の絶叫は、80……下手したら100デシベルを超えたんじゃない? 100を超えたら線路のガード下と同じよ。そりゃ、ウルサイって言われるわね」


 それどころか屁理屈の理論武装で、瑞稀を悪者に陥れようとする始末。


「でも、でも……」


 瑞稀も頑張って言い返そうとするが「早々、声質も影響するわね。一般論だけど声が高いと不快感が増すのよ。ホラ〝イケボ〟って渋くて低い声じゃない? 対して〝キンキン声〟って高い声の代名詞だし、私より瑞稀のほうが地声が高い。となると、不快指数はどうなるのかな?」


 怒涛の勢いで屁理屈が機関銃の如く叩き込まれ、たちどころに瑞稀は劣勢に立たされてしまい「うっ……」と言葉に詰まる。


「ほら、何か言い返すことはある?」


「でも……でも……」


 完膚なきまでに屁理屈の壁に取り囲まれてしまいぐうの音も出ない。さらに弱ったところを畳みかけるように、守口からトドメの一撃。


「無いわよね。あるわけ無いよね。当然の帰結よね?」


 矢継ぎ早に攻め立てられて、瑞稀に残された言葉は「はい」の一択。

 ゾウが踏んでも壊れない鋼な心臓の守口を相手にケンカを挑んでも勝てるはずがないのだ。


「そういう訳だから、叱られたのは瑞稀の粗相。私は単に巻き込まれただけ。OK?」


 やり込められて楽しいはずもなく、ヤケクソになって「もう好きにして」と両手を挙げてバンザイのポーズ。

 ワンサイドゲームがつまらないのは守口も同じだったようで、注意されたなど遠い過去だとばかりに「そんな事はどうでも良いの!」と哀れにも明後日の方向に放り出される。


「それよりも、大事なのは後輩クンと瑞稀のやり取りよ!」


 そもそもこっちが本題なんだと、腰を浮かせて前のめりに顔を近づけてきたのである。

 その勢いたるや瑞稀をタジタジにさせるのに十分。いや、それ以上の勢いで「アンタ棒立ちに固まって。何をしていたのよ、一体全体」と詰ってきたのである。


「な、何だか可愛らしい女の子と一緒にいたから、ちょっとビックリして、声がかけ辛くて……」


 勢いに圧されてその時の心情を語ったら、守口の口角がみるみる間に上昇して「ふ~ん」と嬉しそうな相づちを打ってくる。


「ビックリするって、何にビックリするのかな?」


 オウム返しのような雑な質問なのに、なぜか柵の中に追い込められているような雰囲気。


「だってさ。女の子と一緒にいたっていっても、彼女は後輩クンのクラスメイトよ。時節柄一緒にテス勉していただけかも知れないし」


 守口の回答に瑞稀は「そうなんだ」と、いかにも気のない風な口調の返事をするが、なぜか口調の語尾が心なしか上がり気味。

 変化としては微妙かつ微小。よほど耳を凝らさないと分からない些細なモノであるのだが、誰あろう守口がこんな面白くなりそうなものを見逃すはずもなかった。


「でも可愛らしい女の子らしいね、牧野アンナってクラスメイトは」


 言ってもいない同伴女子の名前が出てきて、またしても瑞稀は「どうして知っているの!」と声を出す。


「そりゃ私は生徒会長だもの」


「それゼッタイにおかしいから!」


 理由にならない理由に瑞稀はツッコミを入れるが、守口がそんなことを気にする訳もなく「生徒会の特権よ」とさらに問題発言。


「理由はさておき」


「さておかないでよ!」


 守口相手に言ったところでスルーされるだけ、何事もなかったように「1年生ながらバレー部のスタメン枠に抜擢。親しみやすいルックスと、明るく社交的な性格が相まって、男子生徒内で人気が赤丸急上昇中ね」と個人情報保護法にケンカを売るが如く牧野のデーターを開示する。


「学業は平均値だけど、嫌味がないから男子ウケには好材料になるかも……こりゃ瑞稀もうかうかしてられないわね」


「だから、どうしてそうなるのよ!」


 からかう守口に瑞稀は反論するが、すればするほど守口の口元がへの字に曲がっていく。

 何回目の反論の時だろう。呆れた守口が「あのさ」と瑞稀を遮る。


「ムキになって反論しているけど、いいかげん気が付かない?」


「へっ?」


 そんなことを言われても何に気が付けと言うのだ? 訝る瑞稀に守口が「これは正真正銘のポンコツね」と呟く。


「ふつう後輩-千林クンのことに興味なければ、そんなにムキになって反論なんかしないのに。ムチャクチャ意識している証拠じゃない」


 これでどうだ! とばかりに守口が言って聞かすが、肝心の瑞稀は何ひとつ刺さっておらず、首を傾げて〝?〟ポーズを作るだけ。


「う~ん、ポンコツもここに極まりか」


 自覚無しでナチュラルに嫉妬する。親友の無自覚なポンコツぶりに、守口が心の中で天を仰いだことなど瑞稀は知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る