56:ポンコツ女は相談す

 テス勉帰りに偶然にもバッタリ出会った森小路センパイ。


「ゴメンね。悪いところに、お邪魔しちゃったみたい」


 隣にクラスメイトの牧野アンナがいたからだろう。

 勝手に僕が彼女と付き合っていると勘違いして、くるりと180度回れ右するや「ゴメンね」の言葉を残して駅へと去っていった。


「森小路センパイにデート現場だとカン違いさせちゃったわね」


 牧野が困惑半分、申し訳なさ半分で「どうしよう」と尋ねてくるが、本当に「どうしたら良いのか?」を訊きたいのは僕のほうだ。絶対に!


 そして、もうひとりの当事者。森小路センパイがどうしているかというと……


 

   *



 住宅街にある某喫茶店チェーン。

 その立地からか喫茶以外のフードメニューも充実しており、食べ盛りな男子であろうとも満足すること請け負い無しなラインナップ。そして案外ではあるが瑞稀はこの店のメニューを気に入っており、家での食事を時おり抜いてここで食事を済ますこともあった。


「そら瑞稀が来て欲しいと言うのなら、晩ごはんくらい何時だって付き合うわよ」


 手に持ったフォークを指揮棒のように揺らしながら守口が答える。

 電話1本で「ご飯? 良いわよ」と駆け付けてくれるのはありがたい限り。さすが親友といえるフットワークの軽さだが、テーブルにデンと置かれた当店一押しメニューを見ると首をちょっと傾げたくなる。

 何せ守口が食しているのは欠食男子でもこれならゼッタイ満足するという、〝デミソースがたっぷりなカツレツ〟に〝極太の粗挽きウインナーを乗せてパルメザンチーズかけまくりなナポリタン〟と〝卵を3個も使用した自慢のふわトロオムライス〟のコンボセット。

 しかも大盛り。

 見ているだけで胃がもたれるような、油ギッシュなソレの摂取カロリーは余裕の3桁超え。

 付け合わせのサラダは「ちゃんと野菜も摂っています」と言いたいがための形ばかりのモノで、これでもか! とかけられたパルメザンチーズが全てを台無しにしているのはむしろお約束。

 そんなメニューだから言わずもがなだが、ヘルシーなんて銀河の遥か向こう側、アンドロメダよりなお遠い。


「私もこのお店のフードメニューは好きだから、一緒に食べるのはやぶさかではないけどさ……」


 瑞稀に付き合うためにしかたなしとでも言いたげだが、ガツガツと食すその健啖ぶりに〝付き合い〟なんて説得力など微塵もない。

 さらにはそんな旺盛な食欲を存分に発揮しながら「どうして急に呼び出されて晩ごはんを一緒に食べる羽目になったのか、納得のできる説明をして欲しいわ?」と自分を呼びつけた理由を訊いてくる始末。


「これだけいっぱい食べて、しょうがない風に言われるのは、逆にこっちが納得できないけど……」


 反論するように訊き返す瑞稀に守口が「食べる量は呼び出される理由とは別でしょう!」と更なる反論。


「自分が食べた分は自分で支払うのだから、アレコレ言われる必要もないでしょう」


 逆ギレに圧され「そりゃ、そうだけど……」とモゴモゴ言うと「そんな事よりも、呼びつけた理由を言いなさい」と更なる圧迫。


「……別に。ここのお店で、晩ごはんが食べたかっただけよ」


 パンケーキセットに載ったホイップクリームを食べるでもなく、指先の寂しさを紛らすようにこねくり倒しながら瑞稀は答えると、秒と待たずして「だけじゃないでしょう」と守口が断言。


「単に晩ごはんを食べたいだけだったら、アンタは別におひとり様でもこの店に来るじゃない」


 そのうえで自分を呼ぶ理由になっていないと指摘。瑞稀だったら例えおひとり様だったとしても、食べたくなったら来店すると決めつけたのである。


「うっ……そう、かも」


 さすがは長年来の腐れ縁……もとい、親友である。単純でありながらヘンに面倒くさい瑞稀の性格をよく見抜いている。

 そもそも瑞稀は人見知りでコミュ障気味とはいえ、自宅警備員をするような引き篭もりではない。日々の学校は言うに及ばず、欲しいものがあれば買い物に出かけるし、美味しいお店を見つけたら足を伸ばして食べに行くフットワークを持ち合わせているのだ。

 そんな瑞稀が「晩ごはんに付き合ってよ」と守口を誘ったのだから訝るのも当然。


「普段の瑞稀が喫茶店で食事をしたら、私がいたって十中八九読書三昧しているわよね? なのに今日は手ぶらで来ているのよ。これって富士山大噴火レベルの天変地異じゃない」


「……イヤな例えかた」


 親友の容赦ない決めつけに瑞稀は眉間に皺を寄せるが、なまじっか当たっているだけに反論が出来ない。


「浩子ちゃんとゆっくりお話がしたかったからよ」


 丸っぽウソではないのでそう返したところ、まるでその言葉を待っていたかのように守口がニタリと笑うと「そうでしょう、そうでしょう」と揉み手でもしそうな勢いで返事を返してきた。


「こうして私を呼びつけたいくらいなんだから、直にイロイロ相談したい事がらがあるんでしょう?」


 一転して猫なで声。

 これ以上ないくらいに優しい声で訊いてくるもんだから、ともすればキツく聞こえる普段の物言いとのギャップに、つい口が軽くなってしまう。


「ある……と言えば、あるのかな?」


「うん、うん」


 嬉しそうに頷くと「だったらここはピッタリの場所、相談するところに選んで大正解だから」とポンと手を叩く。


「夕食時で店内が喧騒としているでしょう。案外誰も聞いていないから、愚痴を吐いたり秘密の相談をするのに向いているのよ」


「そうなんだ」


 実際にCIAだかMI6の諜報員が地下鉄車内で密談していた例を挙げられ「はじめて知った」と守口の博識ぶりに改めて感嘆。


「だから、どんなことでも聴いてあげるわよ」


 硬軟使い分ける守口の誘導に〝ここが警察の取調室だったら、わたしはカツ丼を食べているのかなぁ?〟などと現実逃避をしているところに、守口が「そうねぇ……」と頬に指を当てながら取って付けたような思案顔をして見せる。


「あくまでも例えなんだけど……下校しての帰宅途中に、可愛らしい女の子を引き連れた後輩の男の子と、道ばたで偶然バッタリ出会うとか?」


 それはもう爽やかに、つい先刻にあったばかりの出来事をピンポイントで披露してきたのである。

 直後。

 瑞稀のスプーンからホイップクリームがボトリと落ちたのも無理からぬこと。

 一瞬にして頭が真っ白になり、完全にフリーズ。再起動するや否や、心臓が32ビートの鼓動を打ち鳴らしたのである。


「み、み、み、み、み!」


 過呼吸か! というほど吃る瑞稀を守口が「ちょっと、落ち着いて!」と宥めるも逆効果。むしろ火に油を注ぐ事態に陥ってしまい、心臓はオーバーレブとなり痛いくらいに血管を打ち付けるありさま。


「浩子ちゃん、見ていたのー?」


 その結果。堰を切ったように大声で叫んでしまい、喧騒を打ち破ったことで周囲の注目を浴びたのも当然か。

 この状態をお店側も看過できず、すぐさまフロアマネージャーが飛んできて「お客様」と言いながらこめかみをヒクヒクさせる。


「ご歓談は周りのお客様に迷惑とならない範囲でお願いします」


 意訳すると「静かにしろや。ゴラー!」のお叱りに「スミマセン」と二人して頭を下げる羽目となったのである。

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