55:唐変木は修羅場を知らない
牧野アンナとのテス勉(僕は教えている側だからね!)が終わって、籠っていたファミレスから外に出たら、間が悪いことに下校途中の森小路センパイと鉢合わせ!
疚しいことは何もないんだけれど、クラスの女の子と1対1でファミレスにいれば〝放課後デート〟に見えるよな。
てか、なぜ僕が疚しいとことなど何ひとつないのに、この出会いをマズいって感じるんだ?
*
帰り道でバッタリと出会ってしまった典弘と瑞稀。
同じ学校の先輩後輩で帰る方向が同じである、確率はともかく鉢合わせする可能性は当然ある訳で、いわば出会うべくして出会った末の遭遇。
とはいえ瑞稀は同じ演劇部の先輩。軽く頭を下げて「こんばんは」とでも挨拶をしておけばそれで良かったのに、何をトチ狂ったのか予想外の遭遇に驚いてテンパってしまうという失態を起こしてしまったのである。
背中から冷や汗がたらたらと流れるが、予期せぬ出会いにテンパった典弘はただ今絶賛金縛り中。手足を動かく筋肉は言うに及ばず、表情筋が一切合切職場放棄をした状態。当然ながら声帯も右へ倣えのサポタージュ一直線な訳で、喉から出てくるのは「え、ええと……」というおよそ言葉とは無縁なタダの濁声。
世間一般はこれを〝固まった〟とか〝フリーズ〟などと呼び、奇行よりはマシだとはいえ童貞臭い恥ずかしい反応と評されることが多い。
典弘にとって幸いだったのは対する瑞稀も同じようにフリーズしていて、こちらも「あ、あ、あ」と双方がぎこちない状態になったことだろうか。おかげで歩道のど真ん中を塞いでの往路妨害以外は、然したるトラブルもなかったのだが、世の中というものは早々易々と平穏無事に終わるものではない。それはまるで
確かに典弘は牧野と連れだってはいるが、それ以上のことは何もなく、直ぐにフリーズから復帰していればまだ誤解は解けたであろう。
しかし現実はさに非ず。
「ねえ、どうかしたの?」
間が悪いことに一緒にいた牧野が上目づかいに典弘の裾を引っ張りながら、この状況は何ごと? と訊いてきたからさあ大変。誰にでも気さくな牧野のキャラが、事ここに至っては完全に裏目となったのだ。
陽キャの牧野が男の袖口を摘まみながら、訝しげな表情で対面の美少女のことを質問する。不倫妻が本妻を指差して「あの女だーれ?」とやっているようにしか見えないという最悪の状況下。
典弘には何ひとつ疚しいことなどないのに、客観的に見たら10人が10人とも〝デート現場に鉢合わせ〟というような状況が、みるみる間に積みあがっていくのであった。
「これは、テスト勉強をするためであって、学校だとなんだからファミレスでしただけで、教える名目で勉強会をしたらデザートとドリンクバーを奢ってくれるというから、それで意外に捗って気付いたら晩ごはんの時間になっていて、慌てて店を出たらちょうどそこに森小路センパイがいたというか、今ココな訳で……」
息継ぎもそこそこに一気に捲くし立てる。
時系列的には合っているが内容はほぼ支離滅裂。というか瑞稀に対して何を言い訳しているのか、まったくもって意味不明な状態。ふつうの相手なら〝ああ、テンパっているんだな〟と気付く行為だが、いかんせん説明相手があの森小路瑞稀である。男女の機微など疎いどころか、知っているのかすら怪しいポンコツ娘。事実、典弘が必至になって弁明している間、彼女は理解不能とばかりに半分魂が抜けてポカーンとした状態で棒立ちしていただけ。
そこに根っからの陽キャである牧野アンナが加わったことで、状況がさらにややこしいことに。
「あのヒト確か、演劇部の森小路センパイだよね? さっきからずっと突っ立っているけど、どうかしたの?」
これまた典弘の袖を引っ張りながら訊くから性質が悪い。いくら瑞稀がポンコツだとはいえこの絵面を見て何も感じない筈がなく、見る間に瞳からハイライトが消えて表情が能面のように無機質なものへと変わっていく。
そして典弘は典弘でどうしようもない唐変木。さっさと牧野を紹介して一緒にテス勉をしていたとでも言えば良いのに、あろうことか「僕にもちょっと……分からない」といちばん言ってはいけないセリフを口にするのだからどうしようもない。
空気が一気に張り詰めたところにダメ押しのこのセリフ、事情が分からない牧野ですら「あちゃー」と頭を抱えるのも当然だろう。
「たまたま……下校途中だったのだけど……悪いところに、お邪魔しちゃったみたい」
そう言うや、くるりと180度回れ右すると「ゴメンね」の言葉を残して、瑞稀が駅に向かって歩き出したのであった。
えっ? と驚いたのは典弘。
どうしていきなり回れ右? 思考が追い付かず「ちょっと、いきなりどうしたんです!」と立ち去る瑞稀を呼び留めるが、声も虚しく呼びかけをガン無視。杖をつきながらスタスタと去って行く。
後ろ姿を見送る格好になった典弘に塩を塗りたくるかのごとく、牧野が「あ~あ」と頭の後ろで両手を組みながらの呆れ声。
「こりゃあ、やっちゃったかなー」
口では「大変だー」とか言っているが、よくよく見れば口角がしっかり上がっており、今のトラブルに興味津々というかメッチャ前のめり。
「今の感じだと森小路センパイ。わたしと千林クンがデートでもしていると、カン違いでもしたかもね?」
客観的状況から見てそれは納得。
「そんな風に見えたんだろうな。きっと……」
「そうだよねー。わたしオジャマ虫しちゃったかもになるのかな? ゴメンね、何か悪いことしちゃって」
てへっ。って感じで頭を掻こうとしていた牧野に典弘は「えっ?」と首を傾げる。
それに対して、今度は牧野が「えっ?」と驚きの表情。
「千林クン。その、気にならないの?」
「何が?」
怪訝な顔をして牧野が訊いてくるが、彼女が何か悪いことをしただろうか?
「ほら。私が森小路センパイにデート現場だとカン違いさせちゃったでしょう?」
「うん。まあ、そんな風に見えちゃったけど、実際はただの勉強会なんだし」
別に気にすることないだろうと言ったら、牧野がすごいジト目で睨んでくる。
「それ、マジで言ってる?」
「マジも何も、事実だろう」
入店から退店まで、飲食以外はすべて勉強に費やしたと言っても過言ではない。
「やっぱり、そっかー。何か悪いことしちゃったわね」
そう言うと牧野が「ゴメン」と頭を下げてくるのに、典弘は「えっ?」と首を横に傾ける。
「悪いことって。牧野が何かした?」
「悪気はなかったけど、森小路センパイにカン違いをさせちゃって……あれ?」
言いかかって今度は牧野が「アレー?」っと首を捻る。
瑞稀にデートだと誤解させたかもと思って恐縮したのだが、今のやり取りを聞く限り典弘の恋愛感情は希薄。瑞稀も後輩のデート現場に遭遇してバツが悪かったという雰囲気。
「わたし、ひょっとして謝る必要なかった?」
「というか、何に謝ると?」
「いや、ホラ。森小路センパイと鉢合わせして、千林クンもの凄く動揺していたじゃない?」
「そりゃーねー。いきなり出くわしたらビックリするよ」
だからどうした? そんな風に典弘は答えたつもりだったが、牧野の反応は「ふ~ん」と意味深。
如何にも面白いものを見つけた悪い顔だった。
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