54:テスト勉強はラブコメの種蒔き?

 定期テストで上位陣にいないと部活動を認めない、我が三条学園高校の女子バレー部。まあ何と言うか、文武両道たれをスローガンとする進学校らしいわな。

 もっともそれを強要される生徒にしたら大変で、ましてや牧野アンナのようにボーダーライン上にいる者にしたら、まさに断崖絶壁上でタイトロープを歩くがの如し! 藁にもすがる思いで、僕にテス勉を見てくれとヘルプをしてきた次第。

 報酬はケーキセットとドリンクバー飲み放題。

 紆余曲折イロイロと経緯はあるが、最終的に引き受けることとなってのお勉強。それがまさか、こんなことになるなんて、ちょっと想像すらつかなかった。


 

   *



「試験は早押しクイズじゃないんだから、問題文はじっくりと読めよ。ちゃんと読んでから問題に取りかかれば、ケアレスミスの半分は潰せるんだから」


「えーっ。問題読みになんかにモタモタしていたら、解答に割ける時間が減っちゃうじゃない!」


 参考問題を取り掛かるに当って、典弘は牧野に先ずは設問熟読をしろと念を押すが、高得点狙いに1秒でも早く解答に着手したいと考える牧野からは不満たらたら。


「その焦りがケアレスミスを起こすんだよ。ホラそこの設問、答えを間違えている」


 牧野の解いた回答を誤答だと断じると、典弘は設問をゆっくりと読み上げて「ここの解釈が間違っている」と指で突きながら問題箇所を指摘する。


「そんなことないわよ!」


 自信満々に反論するも、正解を見てみたらバッチリしっかり誤答しており、目を白黒させながら「あれま」とつぶやく。


「し、しかし! 間違えたっといっても1問だけなんだし。早く問題に取り掛かって全問解答したほうが、トータルで見れば点数アップにつながるのでは?」


 とはいえ持ち前のポジティブさを発揮すると、多少の誤答に目を瞑ってでも速読で全問解答のほうが優位と主張するが果たしてそうだろうか?


「誤答が本当に1問だけだったら牧野の言い分も分からなくはないけど、ケアレスミスをするような粗忽者が1ヶ所だけの間違いで済むのかな?」


「なっ!」


 違うと反論しようとしたのだろうが、それよりも早く典弘は「これも誤答」間違い箇所を指摘。


「これなんてサイテー。考えかたや計算はあっているのに、小数点の位置が一桁ズレている」


「ううっ、ホントだ……」


 説いた問題のおおよそ半分が誤答という体たらく。残りの問題を全問正解していても平均点に届くのか微妙なところ。 

 ここまで猪突猛進な行動はイノシシでもしないだろう。典型的な焦りが間違いを呼び起こす悪循環に呆れつつも「あのさあ」と警告。


「早く解答に取り掛かりたいのは分かるけど、設問を間違えて解釈したら正解に辿り着くわけないだろう。結果的に無意味な行為になっちゃうから、その時間がまるッとムダになってしまうんだよ」


「うっ、ぐぬぬぬぬぬ……」


 超が付くほどのド正論をぶちかましてやると、牧野が悔しそうに呻きながら喉を鳴らす。設問を理解するまで読み込んでいないとダメ出ししたうえで誤答を指摘したのだ、ぐうの音も出ないほど完膚なきまでに叩きのめされたに違いない。

 しかしそこからが、努力の末に勝ち取ったスタメンに縋りつきたく必死な体育会系。

 先の失態はいわば敗戦の記録だとだとばかりに、心にさっさと柵を設けて記憶の彼方に葬り去ると「だったら読み間違いをしないためには、どうやって対処したら良いの?」と、恥も外聞もなく典弘に頭を下げてコツと対処法を訊いてきた。


「本当は音読するのがベストなんだけど、さすがに試験の最中は声を出してなんて出来ないから、僕の場合はカン違いが無いように黙読を2回繰り返している」


 ド直球ストレートな質問に自分が実践している方法を披露すると、納得できる部分があったのか牧野が「なるほど」とポンと頭を叩く。


「さすがに同じ問題を2回も読めば、早々カン違いすることも無いわね」


「まあね」


 ついでにいうと、2度読んでも理解できない設問は〝解らない〟モノ扱いで、一旦解答をペンディングして次の設問に移ることにしている。

 時間が区切られているテストでは設問へのトリアージも重要なのだが、それは口で説明するよりもその場に遭遇して実践してもらったほうが良いだろう。


「あとは授業内で先生の説明がクドかったところが出題確率が高いから、そこを重点的に予習すれば点数の上乗せは十分可能だと思うぞ」


 そう言って教科書を広げると、今日までの履修箇所から該当しそうなページに付箋を貼る。


「家に帰ったら、付箋を貼ったページに載っている公式を、完全に記憶するまで何度でも解いてみて」


 覚えるには反復練習あるのみ。

 集中力さえあれば独りでもできる勉強法なので、これは帰宅後に自主練をしてもらったほうが効率が良い。


「ん。分かった」


 牧野も理解できたのか二つ返事で了承すると「今はそれよりも、この問題の解きかたを教えて」と、先の実力テストで誤答した問題の解きかたを訊いてくる。


「ああ、これはね……」


 証明問題の説明が面倒なだけで、公式自体の難易度はそれほど高くはない。勘違いしやすいポイントを「ここを注意」と説明すると、早々に理解したようで「なるほど」と頷きながらあっさり正解を導き出した。

 そもそも牧野の地頭は決して悪くない。ロクな勉強もせずに学年中位に位置しているのだから、むしろ学年でも良いほうではないだろうか? 設問のポイントを押さえると、みるみる間に正解率が上がっていった。

 すると面白いもので、教える側もだんだんと楽しくなってきて、ポイントのアドバイスにも熱が入っていく。短時間で正解率が上がっているのだから、教えを乞う側も勉強をしている実感を満喫、次の問題その次の問題と積極的かつ果敢に攻めていく。

 結果。気が付いたらファミレスに入店してから優に3時間が過ぎており、空が茜色に染まっていわゆる薄暮の時間になっていたのはある意味必然?

 

「えっ、7時前?」


 何気に目に入った時計の針に牧野が驚いたのも当然と言えば当然。さすがにそこまで長居するつもりは無かったので、ここまで遅くなるのは想定すらしていなかったのだろう、軽い悲鳴をあげたのだった。

 もちろん想定外だったのは典弘も同じ。


「やべっ。晩メシに間に合わなくなる!」


 千林家の夕食時間はおおむね夜の7時半、駅前からだと急いで帰宅しないと間に合わない。あの母親のことだ、事前申請もなしに勝手にぶっちすれば、報復に当分の間晩メシ抜きの制裁を食らうのは火を見るより明らか。

 それもさることながら、テス勉という理由があったにせよ、牧野の帰宅が遅くなるのはもっと問題。さすがにこれ以上遅くなると、女の子の一人歩きはイロイロとマズイと想像だに難くない。


「帰ろう」「帰りましょう」


 ふたり顔を見合わせて頷くと、慌ててバタバタと後片付けをする。

 そうして牧野と揃ってファミレスを出たところ、店前にまるでアイドルの出待ちをしているファンのような格好で、学校帰りの瑞稀が立っていたのだった。


「……どうして?」


 そんな声が聞こえた気がした。

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