53:テスト勉強……だけ。……本当に本当に本当?
取引(買収?)の結果とはいえ僕が牧野アンナのテス勉をサポートすることとなり、報酬の授受と契約遂行のために駅近くのファミレスに立ち寄っていたその裏側。
健気な森小路センパイと、人畜無害な土居センパイと、悪辣な守口センパイのお話。
あ、名前の前に付いているのは、あくまでも個人の感想です。
*
典弘が牧野のテス勉を引き受けるとか受けないとかしていたその頃、瑞稀は生徒会室で守口と土居の手伝い……ではなく、お茶くみをしていた。
「試験前なんだから、生徒会の仕事ったって急ぐ用件はないのに……律儀よねぇ」
半分労い半分呆れ交じりで、瑞稀に淹れてもらったお茶を啜りながら、守口が机から椅子をくるりと180度回転させる。
「そういう浩子ちゃんだって、急がなくてもいいのに生徒会の仕事しているじゃない」
湯飲みを前に差し出すタイミングを見計らうように、瑞稀は守口にお代わりのお茶を注ぐ。腐れ縁もここまでくれば、もはや夫婦か? というような阿吽の呼吸。しかもついでとばかりに「ちょっと当分は摂ったほうが良いよ」と個包装の羊羹まで差し出すあたり、もはやお茶くみのプロといっても良い気配りの良さ。
「ホント、アンタ。良い嫁になるわよ」
「見ていて妬けるね」
とか言いながら、しっかりご相伴に預かっている土居も大したタマである。
「試験前だから部活動は休止期間に入ったけど、招集をかけていないだけで生徒会の運営自体にに制限はないからね。今のうちに出来る仕事は終わらせたら、演劇部に割く時間も増えるでしょう」
淹れてもらったお茶をグイっと飲み干し、守口が再びパソコンに向き合う。
……と思いきや、またまた椅子を180度回転させると「そういや瑞稀、テス勉は……は必要ないか」と訊くだけ野暮だったと頭を小突く。
「体育以外は学年ベストテンに入っているんだものね」
「まあ……そうだけど……」
足の事情で見学ばかりの体育だけは出席点しか貰えていないが、その他の科目は守口が指摘するようにトップグループに位置している。ただその理由がコミュ障ゆえに、暇つぶしの方法が勉強だけだったというのが地味に悲しい。
それに、だ。
「学年トップの生徒会長に褒められても、ちっとも嬉しくないんだけれど」
守口は学年首位のタイトルホルダー、土居にしてもトップ3に常時名を連ねているのだ。称賛されても素直には喜べない。
そんな気持ちを知ってか知らずか、言った守口も「別に褒めてないわよ」とあっさりしたもの。
「だって瑞稀ってば、せっかく良い成績を取っても宝の持ち腐れじゃない」
「はい~っ?」
何をどうやったらそんな結論に達するのだ?
呆気にとられる瑞稀のことなどお構いなしに、守口が「それが証拠に、さあ……」と論う。
「センパイの利点を生かして、後輩クンの勉強を見てあげたりとかさ。せっかくの優位な状況なのに、その手のアタックを全然しようとしてないもの」
いやらしくニヤリと哂う守口に「な、な、な、な、な、なによ、それーっ!」と瑞稀が狼狽える。
「どこをどうしたら、わたしが千林クンの勉強を見てあげる話になるのよ!」
ロクでもない揶揄いを否定するべく、早口で捲くし立てながら言い返すと、秒で跳ね返されて「あれー」とわざとらしい合の手。
「私は「後輩クンの勉強を見てあげたら?」と言っただけで、〝千林クン〟のだなんて、ひと言も口にしていないけど?」
ニヤニヤしながら指摘する守口のセリフに、遅れ馳せながら瑞稀は誘導させられたことに気が付いて「あわわ!」と慌てる。
「べ、べ、べ、べ、別に〝千林クン〟と言ったのは単なる偶然であって、そ、そ、そ、その滝井クンでも良かったんだし、2人同時に言うのは語呂が悪いというか、活舌に問題があるというか、そ、そ、そ、そ、そういうことで!」
必死になって弁明をするが、何を言っているのか支離滅裂なうえに、喋る度につっかえまくって活舌もボロボロ。隣にいた土居から「瑞稀さん、落ち着いて!」と促されるが、頭の先まで真っ赤にのぼせ上った瑞稀には、糠に釘どころか声が届いてすらいない。
どうにかこうにか静かになったのは凡そ2分と15秒後。それも落ち着いたというよりも弁明に喚いた結果、喋りっぱなしで酸欠に陥ってしまったというのが本当のところ。
瀕死の金魚ヨロシク酸素を求めて口をパクパクしているところに「浩子ちゃんの挑発に乗っちゃダメだよ」とありがたい忠告をいただいた。
「分かっていると思うけど、浩子ちゃんは瑞稀さんがアタフタするのを面白がっているだけなんだから」
「それは、分かっているんだけど……」
無視を決め込んで大人の対応をしようと固く誓っても、おちょくりの役者は守口のほうが1枚も2枚も上手。ついつい反応してしまい、良いように揶揄われてしまう。
事務仕事をしながらニシシと笑う守口を土居が「性格悪いよ」と窘めつつ、瑞稀に向かって「そもそも、なんだけど」と指を立てて話を続ける。
「1年生のあの2人は、僕たちが勉強を教えてあげる必要なんて、これっぽっちも必要無いから」
「そ、そうなの?」
意外な情報に驚いて、ついつい訊き返した瑞稀に、土居が「今から理由を、ちゃんと説明するから」と言ってゴホンと咳払い。
「4月に実施した、実力テストの成績なんだけれど。なんと千林クンが学年20位、滝井クンに至っては学年3位を叩きだしているんだ」
「えええっ!」
予想以上の高順位に驚く瑞稀に生徒会権限で入手したのだろう、土居が「職員室に掲示していたんだから間違いないよ」と言って順位表の写しを見せくれた。
「ホントだ。載っている」
掲載されているのは上位順位20傑だけだが、指摘された通りに3位と20位に2人の名前が記されているではないか!
「滝井クンなんて、そんな感じには見えないんだけどなあ」
パッと見印象が薄いが、ごくふつうな風貌の典弘が20位と高位なのも驚きだが、軽薄・チャラいを絵に描いたような滝井が学年3位とトップクラスなのにはもっとビックリだ。
「ああ見えてってのは失礼だけど、2人とも成績優秀者なんだ」
「ほへーっ」
何とも間抜けな声だが、そんなセリフしか出てこない。確かにそれだけの好成績ならば、瑞稀が勉強を教える必要などなかろう。
もっとも、そんな考えなどしたこともなかったのだが、他人どうこう言われるのは別の話。
「千林クンに勉強を教えたら? なんて言ったけど、成績優秀者だから必要なかったね」
結果を知っていながら話を振った守口が「いやはや、失敗。失敗」とアハハと笑う。
見事なまでのマッチポンプぶりに瑞稀は「ホントだよう」と恨みっぽく返すが、守口の煽りはまだ終わっておらず「そもそもだけど」と言いながら人差し指を額に突き付けてくる。
「蚤の心臓な瑞稀に、勉強を教えるだなんて、積極的なアタックができる訳がないものね」
見事なまでの掌返し。
土居が「あちゃー」と顔を覆い、爆弾を落とした守口がニヤニヤする中、瑞稀の琴線はプルプルと震えまくる。
「浩子ちゃんが酷い! 悪辣! いじわる過ぎ!」
毒舌な守口に立ち向かうが「事実でしょう」のひと言で見事玉砕。それどころか「これだけ成績優秀なら、ひょっとして彼らがクラスの女の子に勉強を教えているかもね」のダメ押し。
「そんな、マンガみたいな展開が……」
「あったら面白いのにね」
好き放題からかわれて下校時間と相成り、家路に就くこととなったのだが。
まさか瓢箪から駒、事実は小説より奇なのか?
何気に振り向いた駅前通りに面するファミレスの店内。
そこには活発な印象を抱かせる女生徒と、親し気な雰囲気でテス勉をする典弘の姿があった。
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