52:テスト勉強……だけ。……本当に本当?


 どうしてこうなったのやら?

 隣の席に座る女生徒、牧野アンナに「ヘルプ!」とせがまれて、僕は中間考査のテス勉に付き合わされることになった。


「ファミレスで好きなスイーツ。ドリンクバーのオマケ付き!」


 決してこの言葉で懐柔されたわけじゃないぞ、自分にとっても復習になると思ったから引き受けたんだ。

 多分……おそらく……きっと……


 

   *



 駅前ロータリーを出てすぐの幹線道路沿いにあるファミリーレストラン。

 買い物帰りの主婦たちがちょっとリッチな井戸端会議を繰りひろげている横で、年頃男女のカップルでありながら甘酸っぱい雰囲気のの欠片もない高校生の2人組。

 報酬につられて中間テスト対策の勉強会をすることとなった教官役の典弘と、コーチ役を雇ってでもテスト順位の底上げが必要なスポンサーである牧野の2人である。

 

「それじゃあ、先ずこの間の実力テストの答案を見せてもらおうか?」


 テーブル席に陣取って典弘がまず最初にしたのは、牧野にテストの答案用紙を持ってこさせての、いわゆる〝答え合わせ〟であった。

 とはいえ……


「ねえ、本当にココで見せるの?」


 周りの目を気にしてか牧野の歯切れは悪く、なかなかカバンから答案用紙を取り出そうとはしない。


「どこを間違えたかを知らないと復習にもならないし、テス勉するにも非効率すぎるだろう?」


 何せ中間考査まで残り1週間を切っているのだ。

 牧野が何を苦手にしているのかを掌握してからテス勉に取りかからないと、時間なんか簡単にオーバーしてしまう。

 しかし答案を観られるのが恥ずかしいのか、カバンに手をかけたまま「うぅ~っ」と唸っているだけ。

 もじもじした態度をとる牧野に典弘は「早くしようよ」とテーブルをトントンと叩きながら催促するが、進展する様子はまるでなく涙目になりながら恨みがましい視線を送るのみ。


「分かってはいるんだけどさあ。それでも公衆の面前でいまひとつな出来の答案用紙を公開されるってのは、端も恥じらう乙女にしてみたらチョットしたした拷問だよ」


 理性では勉強のために必要だと理解していても感情が白日に晒すのを嫌がっていると「うー」と唸りながら打ち明けて、心の中で葛藤しているのだと盛んにアピールをしてくるが、典弘にとってはどうでもいい話。

 というか、やることをやらないとケーキセットが〝報酬〟にならないではないか!


「だったら答案用紙の〝氏名〟と〝点数〟のところを裏返しに折ったら? 覗き込んだりでもしなければ、何をしているかなんて分からないと思うけど」


 ほとんど小学生相手の詐欺のような提案をしてみたら、牧野が「なるほど!」と手を叩いてはちきれんばかりの笑顔を見せる。 


「名前と点数が解らなかったら、こんなモノはただのテスト答案。誰に見られたって気にする必要はないわね」


 懸念事項が払しょくされて気が楽になったのか、カバンから解答用紙をいそいそと取りだすと、アドバイス通りに名前と点数の箇所を折り畳んで「どうぞ」典弘に見せる。

 あまりのチョロさに内心「これで良いのか?」と思いつつも、気にするところはそこじゃないと牧野の答案を確認する。


 と……


 牧野の答案用紙を見ていたら、あれこれイロイロと分かってきた。

 学年で中間グループにいるだけあって、どの教科も概ね平均点近くをキープしている。

 しかし国語や英語が比較的高得点なのに対して、数学や化学の点数はそれとは対照的にやや低め。

 単純に点数を見る限りにおいては文系が得意で理系が少し苦手という結果になるが、回答結果をつぶさに見るとどうやらそうではないみたい。


「……ああ、なるほど。そういうこと、ね……」


「そういうことって、どういうことよ?」


 ひとり得心するように頷く典弘が苛立つのか、牧野が「自分だけ頷かないで、ちゃんと説明しなさいよ」と問い詰めてくる。

 隠し立てをしている訳ではないので「今から説明するから」と言うと、英語と国語を脇に置いくと〝これだ〟とばかりに理数科目の回答用紙を指でトントンと弾いた。


「牧野はケアレスミスが多すぎなんだよ」


 間違い箇所を見返すと、とにもかくにも計算間違いなどの単純ミスがやたら目立つ。


「これは計算ミス、こいつも単位を間違えている単純ミス。これなんか、回答場所を書き違えてるトンデモミスだ」


 どれもこれもつまらない凡ミスばかり。間違い箇所を指摘をすると、牧野が悔しそうに「うぐぐっ」と呻く。


「多分だけど落ち着いて対応していたら、化学も数学も各々10~15点くらいは点数の上乗せが出来たんじゃないか?」


「マジかー。勿体ないーっ!」


 落とした点数がよほど堪えたのだろう、牧野がファミレスの店内だというのをすっかり忘れて、眉間に皺を寄せながら天を仰いで怨嗟の呻き声をあげる。

 可愛いらしいなど遥か彼方の向こう岸、オッサンもかくやという仕草に典弘も「あのさあ」と口を開かずにはいられない。


「点数を逃して悔しい気持ちは分かるけど、もう少し女の子らしいリアクションをしたら?」


 見るからに残念な仕草が女子高生的にどうなの? と問うたが、盛大に肩を落とした牧野曰く「ショックが大きすぎて、周りの目なんか気にもならないわよ」とのこと。

 これをツッコむのは傷口に塩を塗るようなモノ。それに済んだことを言ってみても詮がない。


「中間テストはそうならないように、落ち着いて臨むしかないな」


 どのみちケアレスミスの対策は、設問をよく読むのと記述した回答の見直しをするしかないのだ。


「やっぱ、そうなるわね」

 

 ケアレスミスの原因が性格上の問題点だからなのか、ある程度の予想ができていたのだろう。

 典弘の指摘に牧野があっさりと納得。


「わたし、好きなことだったら熱中できるんだけど、それ以外だと注意力が散漫だってよく怒られるのよね」


 あっけらかんに「アハハ」と笑う牧野に「それが原因だよ」と典弘は諫言。


「問題に取りかかる前に設問を熟読するのと、回答後の見直しを実践すれば、絶対に効果があがる」


「それ、ホント?」


「もちろん」


 凡ミスの失点がありながらも、先の実力テストでは学年中位の成績を叩きだしたのだ。そう考えると牧野の地頭は決して悪くはない。

 しかし牧野が示したノルマを達成するには、ケアレスミスの見直しだけだと、今ひとつ決定打にかける。

 とはいえ、全部の教科を底上げするには圧倒的に時間が足りない。


「それはそれとして。どの教科のテス勉を重点的にやる?」


 ならここは、勝負に出るべきだろう。


「つまんない凡ミスさえしなければ、牧野の実力なら平均点以上は獲れるし、中位グループのトップあたりの順位は確実に狙える」


「でも、それじゃ」


「ノルマ達成の決定打にかけるからね。時間がないから科目を絞って、試験範囲にヤマを張って予習を徹底的にやり込むんだ」


 プラスαの加点を狙っているので、ヤマが外れても大崩れすることはない。


「数学か科学、残りの時間をどちらかに絞って試験勉強をしよう」


「分かった」


 典弘の分析で勝機が見えたのか、牧野が魅力的な笑顔を見せる。


 しかし……

 その笑顔をガラス1枚隔てた歩道から複雑な表情で見る右手に杖を持った美少女の姿があったなど、店内の2人には想像すらつかなかった。

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