51:テスト勉強……だけ。……本当に?

 さすがは元天才子役とでもいうべきか、突然の代役要請にもかかわらず森小路センパイは〝司会のお姉さん〟役をカンペキに演じきった。

 それはもう普段の人見知りがウソのような堂々とした振る舞いで、プロの劇団主催である木幡さんまで舌を巻いたほど。

 けど何と言っても森小路センパイの演技に喜んだのは、幼なじみで親友でもある守口センパイだ。


「これで瑞稀のコミュ……人見知りも少しは改善できるかもね」


 嬉し涙でも流そうかというくらいに感動しきり。

 元々人見知りがちだった森小路センパイが症状を拗らせた理由を知っており、改善の兆しが見えたことに殊の外喜んでいた。

 の、だが……


「あわ、あわ、あわわわわ…………」


 そうは問屋がおろさない、と。

 ゴールデンウイークが明けて初登校した途端、しっかり元に戻っていたのであった。


 

   *



 そんなイベントというかアクシデントがありつつも、学生の本分は勉強であり、ましてや三条学園は県下有数の進学校。そしてゴールデンウイークが終わればやって来るのは中間考査。

 各部活も試験前の休止期間に入り、課目によっては試験の出題範囲が発表されるなどして、徐々に臨戦態勢が高まってきたある日。


「千林クン。ヘルプ!」


 隣の席に座る牧野アンナが教室に入った典弘の顔を見るなり、両手を合わせてながら机から飛び出てきたのである。


「マジでお願い。助けて!」


「待て待て。その前に落ち着こう!」


 放っておけば土下座でもするかのような勢いの牧野に、典弘は「ストップ!」と冷静になるように要請。


「男を襲ったって楽しくないぞ。先ずは深呼吸をして心を落ち着かせろ」


 なんだか毎回こんなことをしているなーとか思いながら、必死になって深呼吸をしている牧野がクールダウンするのを待つ。


「で、何をヘルプしろと?」


「勉強!」


 最後まで問うよりも早く、牧野が声も高らかに宣言する。


「このままだと中間テストがヤバいのよ!」


 身も蓋もないぶっちゃけに典弘も「もうちょっとオブラートに包んだら?」と少々引き気味。しかし当の牧野は切羽詰まっているのか「体裁なんかに構っている余裕はないの」となりふり構わぬご様子。

 セリフや態度からも切迫しているのは分かるけど……


「だからって、いきなり勉強を教えろとか。何をそんなに焦ってるんだよ?」


 事情が分からぬことには話にもならない。テストに焦っている理由を聞くと「それがねー」と意外なことを口にする。


「わたし、バレー部に入部したんだけど、顧問の先生が入試担当のヒトだったの」


「ええと、大谷先生だったっけ?」


 オリエンテーションのどこかで聞いたかな? と、記憶を手繰り寄せて訊き返すと「そうよ」の答え。


「で、そういう先生だから、テストの成績にことのほか厳しいの。この間のミーティングで中間テストの順位が学年で200位以下だったら、部活動の参加禁止って通達されたのよ」


 プレッシャーをかけられたのか、渋い顔をしながら吐露する。1年生の生徒数がおおよそ500人なので、200位以内なら上の下あたりの成績を収める必要があり、極端ではないが課せられたハードルはけっこう高く、勝手知ったる上級生はともかく1年生部員は戦々恐々としているそうな。


「なるほどねぇ。で、テスト勉強に必死だと」


 典弘の問いに「そりゃそうよ」と至極もっともな返事。


「連休前にあった実力テストの成績が205位だったから、ボーダーラインぎりぎりなの。足切りを食らったら次の定期考査で結果を出すまでクラブ活動が出来ないのよ」


 つまり期末考査の結果が出るまで部活参加禁止。早い話が1学期の間はクラブ活動が出来なくなるのだ。

 文武両道がウリとはいえ基本的に三条学園は進学校であり、スポーツ特待などの推薦枠で入学した生徒を除けば、学業優先なのは言うまでもない。足切り基準が200位が適正かは議論の余地があるにせよ、成績不振を理由に部活の参加制限は異を唱えるのが難しい。

 当事者にすれば、だ。


「はーっ、なかなか厳しいルールだねー」


 単なる傍観者の典弘は当然のように他人事な感想を示すと、どこか癇に障ったのか当事者の牧野が「厳しいなんてモノじゃないわよ!」と胸ぐらでも掴もうかという勢いで食ってかかる。


「何が怖いってこのルール、バレー部員全員に適用されるのだから」


「つまり。レギュラー選手でもテストの成績不振なら、容赦なく引きずりおろされるってこと?」


「そうよ」


「マジかよ……」


 インハイの常連ではないが、三条学園の女子バレー部は地元ではそこそこ名が知れている。そこに選手で名を連ねている生徒でも、成績不振ならあっさり降格されるのだ。学業優先といえばそれまでだが、顧問の圧がスゴイというか怖い。


「マジだから困っているの。わたし、これでもそこそこバレーが出来て、控えとはいえ選手枠に抜擢されたのに、よ。そんな理由で降格だなんて、絶対にイヤよ!」


 実力不足が理由なら納得も出来ようが、テストの点がホンの少し悪いでは納得もいくまい。


「なるほど、中間テストに必死になる理由は分かったけど、それとオレがどういう関係になっているの?」


 牧野がテス勉に必死になる理由は解かったが、それで典弘に縋りつく理由はさっぱり。教室の席が隣同士だからふつうに喋りはするが、いわば〝ご近所さん〟的な関係で特別親しい訳では無い。

 ところが理由を尋ねた途端「それよ!」と凄い勢いで食い付いてくる。


「千林クン。この間やった実力テストで、学年20位の好成績だったじゃない」


「なぜ、それを知っている?」


「成績上位者は職員室前に貼り出されるんだから、そんなこと知っていて当然でしょう」


 バカじゃないの? というニュアンスに少しムッとするが、牧野の本題はそこではなく「だから勉強のコツとポイントを教えてもらおうと思って」と典弘に頼み込む理由を口にする。

 しかし、だ。


「だったら滝井に頼み込んだら? アイツあれでも学年2位だぜ」


 成績上位者に勉強を教えて欲しいのであれば、典弘よりも上位に鎮座する滝井に頼み込むのが自然な流れ。事実、中学時代はそういうシチュも多々あった。

 席が近いことも有って今の会話は当然筒抜け。性格がチャラいだけあって、既にポーズを決めて「お願い」をされる準備に余念がない。

 が……


「イヤよ」


 即答で拒否。


「また、どうして?」


「だって滝井クンて、チャラそうなんだもん」


 至極もっともな見た目の判断。そして返す刀のごとく「その点、千林クンは人畜無害って雰囲気があるから」とこれまた即答。

 それはそれでどうなんだ? 

 舐められているみたいでイロイロ思うところがないでもないが、噛みつくのも大人気ないので「そりゃ、どうも」と返しておく。


「頼ってもらって言うのもなんだけど、牧野の成績だったら出題範囲の復習をキッチリやって、本番でケアレスミスさえしなければ200位内に入るのは楽勝だろう?」


 おそらく今の正解数に数問上積みすることが出来れば目的は達成可能、わざわざ自分を頼る必要などこれっぽっちも無いだろう。

 だが牧野の口から出た言葉は「それが出来たら苦労しないわよ」という魂の叫び。


「自慢じゃないけど、誰かが監視していないと勉強机に30分と座っていられないの」


「確かに自慢にもならないな」


「だから人畜無害で勉強のできる千林クンに、少しの間だけ勉強相手になって貰いたいの」


「それだった、クラスの女友達に……」


 皆まで言うより早く「ダメよ」とピシャリ。


「そんなことしたって、お喋りに興じる未来が見えるだけだもの」


「いや、それは、意志が弱すぎるというか……」


「ファミレスで好きなスイーツ。ドリンクバーのオマケ付き!」


 意志が弱いのは果たしてどっちだか……

 報酬につられて、典弘は前言撤回「お受けいたします」と承ったのである。


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