50:推参! 司会のお姉さん

 色々あって、ホント色々あって、ヒーローショーの司会のお姉さん役を森小路センパイが担うこととなったのは前回話をした通り。

 演技力や表現力はピカイチだけれど、いかんせんコミュ障寸前で人見知りの権化と、森小路センパイにはポンコツ要素が満載。

 果たして無事に司会の大役を全うすることできるのだろうか…………心配だ。



   *



 ショーの開始2分前。

 劇団主催の木幡がキャスト・スタッフの全員を集めると「ショーの成功を祈って、エイ、エイ、オー!」とシュプレヒコールを挙げる。

 景気付けの意味を理解しているので当然ながら典弘も声をあげたが、たまたま隣にいた瑞稀に視線がいくと、怒涛のような急展開に流れるまま呆然としていることに気が付いた。

 というか、緊張の度合いが高すぎてパニックすら起こせないでいるみたい?


「森小路センパイ、フリーズしてない?」


 スタンバる位置に移動する最中、横目に様子が見えたのだろう。滝井が「う~ん」と唸りながらボソッと呟いた。

 呼応するように守口からも「これは……マジでヤバいかも」と危機感を訴える。


「あの娘、根が素直だからパニクっていたらストレートに「あわ、あわ」やっているのよ。それが顔面蒼白で能面みたいに表情が死んでいるとなると、そんな状態を通り過ぎたと考えるべきかも」


 時間がひっ迫して打つ手が思い付かないのか、守口が親指を噛みながら「マズイわね」と思案する。


「フリーズなんてレベルじゃないわね。ヘタしたら立ったまま気絶しちゃうかも?」


 さらっと言ってのけるけど、気絶なんかしたら転落事故だって十分にあり得る。


「それは「マズイ」じゃなくて「危険」では?」


 典弘が訂正をしたら「そんなことはどうでも良いわ」とお叱りの声。


「転落するほどギリギリの場所には立たせていないから心配は無用。それよりも瑞稀がフリーズして黙っちゃったら、進行役不在でショーが始まらないのよ!」


 ヒーローショーにおいて司会のお姉さんは語り部でもある。つまるところ瑞稀が第一声を発しなければ、物語りが動かずショーが始まらない。ヒーローショーをこよなく愛する守口が焦るのはごもっとも。


「だから、千林クン。この状況を何とかしなさい」


 だが窮地の解決を典弘に丸投げするのはどういう了見か?

 守口からの理不尽な命令に唖然とする間も時は過ぎていき、追い立てるようにスピーカーから『お待たせしました『超人戦隊ミラクル5』のヒーローショーを開演いたします』とショーの開演が告知される。

 そして恐れていたことが現実になる!


「森小路センパイがフリーズした!」


 言われて舞台袖からステージを覗き込むと、滝井が言う通りの光景が視界に飛び込む。

 本来であればこのタイミングで「みなさーん、こんにちわー!」などと、客席の子供たちに話しかけるところなのだが、観客の圧に圧されたのか、瑞稀は幕の開いたステージで固まったまま。胸元で両手を重ねた状態で機能停止していて「あー」とも「うー」とも語ろうとしない。

 人見知り体質な瑞稀のこと、おそらくは不特定多数の視線に晒されて機能不全になっているのだろう。ちょっと背中を押してあげれば直ぐに動きだせるのだろうけど、いかんせん彼女が立っているのは舞台の上。そんなところにのこのこ出て行っては、それこそショーを台無しにしてしまう。

 気持ちだけが焦る中、典弘の耳にザーザーとノイズそのものなハム音が流れる。


「ああっ、もう! インカムがウザい!」


 不快なノイズに苛立った典弘だったが、瑞稀の耳元にも通信用インカムが装着されているのを見て「そうだ!」と閃くと、とにもかくにも通信機の通話ボタンをオンにする。


「森小路センパイ。聞こえますか?」


 ゆっくり、はっきりと。一字一句に力を込めて言葉を送ると、瑞稀の背中がビクッと震えた。

 大丈夫。届いている!

 フリーズ中でも耳を傾けてくれたことに確信した典弘は、彼女に一歩を踏み出させるべくメッセージを送った。


「落ち着いてください。観客なんか関係ないんです」


 時間はない、だから送る言葉はひとつだけ。

 そしてその想いが届いたのか、瑞稀が脚を引き摺りながらステージの中央に立つと、両手を握り締めて祈るようなポーズを取る。

 誰もが固唾を飲んで見守る中で、観客と対峙する格好となった瑞稀が、大きく息を吸って声を出した。


「みんな聞いて!」


 挨拶でもなければシュプレヒコールでもない、訴えかけるようなセリフをひと言だけ。だがそのひと言だけで喧しかった子供たちが黙りこくり、付き添いの保護者たちまでもがステージに釘付けとなる。


「わたしたちの地球は今、異次元からの侵略者『アクドモヤン』に狙われているの」


 台本のト書きに記載されていない『超人戦隊ミラクル5』の粗筋を、危機感と劣勢を煽りながら瑞稀が語る。ステージを観に来る子供たちなら〝常識〟として知っている設定であるにもかかわらず、説得力のある瑞稀の訴えかけに皆が引きずり込まれていく。

 そして、いつもなら「さあ、始まるわよ」と明確に〝作り物のお芝居〟だと判るところが、まるで吟遊詩人が語るサーガのように、夢とも現実とも区別のつかない世界に引きずり込まれるように芝居が始まったのであった。



   *



『ワッハッハー。オレたちは……』


 スピーカーから流れる〝音声〟に合わせて、典弘たちは戦闘員の芝居をする。演技経験のある守口と土居はまあそれなりだが、未経験者の滝井と典弘はひいき目に見ても〝大根役者〟以下。マスクを被って表情が無く、声がアフレコなので〝賑やかし要員〟だったらどうにかなるといったところ。

 だからこそ守口がバイトとしてねじ込むことが出来て、木幡も猫の手でもな苦肉の策として採用したのだが、それはさておき。


「がんばれー!」「がんばれー!」「負けるなー!」


 ステージが佳境になるや否や、観客の圧が凄い。

 客席にいる子供たちが声を嗄らしながらミラクル5の面々を応援するのみならず、随伴する保護者たちまでもが(控えめながらも)一緒になってエールを贈っている。

 その歓声たるや、演者たちがスピーカーからの〝音声〟を聴くことが出来なくなるほど。


「ヒーローショーの上演中って、こんなに喧しいものなのか?」


 思わず出てしまった典弘の独り言を守口が「まさか」と一蹴。


『そりゃ盛り上がりもするし声援も飛び交うけど、今日の子供たちの熱狂度合いはそんなレベルじゃないわ』


 守口曰く、いつもだったら応援する子供はせいぜい半分くらいとのこと。


『何せ子供だからね。ショーの最中でも集中力が途切れて飽きてステージを観なくなったり、年長組や小学生辺りだと「フィクションだから」と醒めている子もけっこういるわ』


 身も蓋もないがそういう事らしい。

 ところが今日のステージでは、そういう〝脱落組〟がほぼ皆無。誰も彼もがミラクル5の面々に向かって応援を続ける。


『ショーには結構通い詰めているけど、こんな経験は初めてよ』


 驚きを隠せずにいる守口の声に被せるように『スゴイぞ!』と興奮する木幡の絶叫がインカム内に響き渡る。


『これだけ観客が湧くステージは初めてだ。司会のアジテーションがハンパない!』


 煽るというより観客と一緒になってヒーローを応援する。

 押し付けではなく感情移入する瑞稀のスタンスに感化されるように観客の子供たちが声の限りに応援をし、一緒に観ている保護者もつられるようにエールを贈っているのである。

 そのエールが糧となりヒーローを演じるスーツアクターにキレッキレの芝居をさせ、演技に不慣れな典弘と滝井をフォローするような結末に、30分余りのヒーローショーは大盛況で幕を閉じたのであった。

 舞台終了後に行われた握手会とサイン会はとてつもない行列だったそうだが、それはまた別の話。遊園地サイドからの高評価に木幡は鼻高々、演劇部の面々に「是非またバイトで」と持ちかけたほどであった。



   *



 さすがは元天才子役の面目躍如。

 子供向けヒーローショーの司会代演とはいえ、堂々とした立ち振る舞いで観にきた観客全てを魅了の渦に引きずり込んだのはさすがと言うべき。


「やっぱり瑞稀はスゴイよ」


 瑞稀を良く知る守口が大絶賛をし、それを目の当たりにした典弘や滝井も「ですね」と首を縦に振って激しく同意。


「む、無我夢中でしただけ……だから」


 部員全員から称賛の嵐を受け、瑞稀が恥ずかしそうに身をくねらせる。

 その日の夜。

 遊園地近くのファミレスで行った慰労会でのひとコマ。

 たどたどしいながらも、みんなの会話にきっちりと受け答えする瑞稀の姿があったのに……


「あわ、あわ、あわわわわ…………」


 ゴールデンウイークが明けて初登校した途端、しっかり元に戻っていたのであった。

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