49:爆誕! 司会のお姉さん
嵌められたのか? 見込まれていたのか? そこは意見の分かれるところだけど、ヒーローショーの司会のお姉さん役を紆余曲折の末、森小路センパイが担うこととなった。
演技力・表現力では全く心配していないけど、コミュ力がさっぱりで足が不自由なところは如何ともしがたい。
果たしてこの難局を無事に乗り切ることが出来るのだろうか?
*
ムリ! ムリ! ムリ! 絶対にムリ!
心の中で瑞稀は同じ言葉を3度も4度も絶叫する。
ゲネプロすらできないほど(客入りする開園時間以降はステージが使えないし、全身タイツ姿の戦闘員はともかく着ぐるみは衣装の装着に時間がかかる)時間が押している中、木幡から「流れを覚えてね」と手渡された〝台本〟を読んで絶望に打ちひしがられていた。
なんとなれば司会のお姉さん役について、台本には殆ど何も書かれていなかったのである。
いや、正確にはセリフを言うタイミングなど指定はされているのだが、その内容は至って大雑把で、ショーの冒頭ちびっ子と交わす観劇に際しての注意事項とラストの締め言葉を除けば、あとは「ここで盛り上げる」とか「声援を煽るように」などといったアジテーションを挿すタイミングの指示のみで内容はほぼ現場任せ。
早い話が司会のトークは定型文以外すべてアドリブという、瑞稀の最も苦手とするスタイル。というか、極度の人見知りな瑞稀にフリーなトークや舞台進行など、無謀を通り越して不可能な芸当であろう。
しかし〝声に出して〟言わなきゃ、想いは相手には伝わらない。
「本番では幕の代わりに『ミラクル5』の書き割りを守口さんの前に立てるから歩かなくても大丈夫。その代わり申し訳ないけど、杖は舞台袖に置いていてくれるかな? あと、書き割りの裏に進行表を貼り付けておくから、セリフのタイミングはそれを参考にして……」
奈落の底でもがき苦しむような瑞稀の絶望感とは裏腹に、張り切った感満載の木幡がショーの段取りを矢継ぎ早に語っていく。その中身たるや明らかに足が不自由な瑞稀の具合を気遣った対応で、急な登板に対処というレベルを超えたものまで散見している。
だけど、そうじゃない!
当人からすれば「本当に気を遣ってくれるのなら、お姉さん役をわたしじゃなくて浩子ちゃんに代えて」と願うのみ。
生徒会長を務めている守口ならば大人数を相手のトークも場数を踏んでいるし、アジテーションだってお手のもの。子供相手だと見目が整い過ぎて冷たい印象なのが難点だが、グラビアモデルかと見紛うスタイルは引率のお父さんたちを悩殺すること間違いなし。
ゆえに瑞稀からしたら今回の起用は完全にミスキャスト。認めるのはちょっと……少々……まあまあ剛腹だが、人見知りを拗らせてロクに喋れない自分よりも、世話好きで社交性の高い守口こそが司会のお姉さん役に相応しい。
だから間違いは是正しなければならない。
そのためには、ひと言。たったひと言「ゴメンなさい」と木幡に詫びを入れて、司会役を守口に代わってもらえれば万事解決。ステージの成功と自信の心の安寧のため、瑞稀はなけなしの勇気を振り絞って「あのっ!」と木幡に声をかけた。
「何かな?」
瑞稀の声掛けに〝すわ質問か?〟と、木幡が聞き漏してはなるまいとばかりにギロリと鋭い視線を遣る。
ところが人見知りを拗らせた瑞稀にしてみたら、この射抜くような視線が怖い。
「ひっ!」
ビクンと縮こまると、小さく悲鳴をあげる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あの、あの、あの……」
「はい?」
「あわわ! わわわ!」
プチパニックを起こした瑞稀に木幡が真摯に寄り添うが、それすら混乱する彼女にとってはプレッシャー。自分の意見を通すなど夢のまた夢。
「そ、そ、そ、その。し、し、し、司会……頑張りましゅ!」
言いたいことの真逆のセリフを、しかも噛んで答えるという体たらくな有さま。
コミュ障寸前の瑞稀にとっては、断りのお願いをするほうがハードルが高かったのである。
結果……
「こちらでもできる限りのサポートをするから、ガンバってショーを成功させよう!」
ガッツポーズを決める木幡に励まされ、完全に退路を断たれたのであった。
「もうじき本番だから、ステージ衣装に着替えてスタンバってくれるかな」
肩をポンポンと叩くと、女性用の控室を指差す。
盛大な自爆……とも言えるが。
*
『11時半よりイベント広場において『超人戦隊ミラクル5』のヒーローショーを公演します』
園内放送がヒーローショー公演の告知を流すと、それに釣られてという訳ではないだろうが、多くの親子連れがイベントステージに集まってきた。
ざっと見積もって観客席は7割程度の客の入り具合。満席でキャパが300ほどと聞いているから、概算で200人強の親子連れが詰めかけた格好だ。
ステージ前や周囲に据えられたスピーカーからは場の空気を温めるべく『超人戦隊ミラクル5』の主題歌が流れ、煽られた気の早い一部の子供は一緒になって競うように主題歌を歌う。
既にヒーローショーへの期待度はマックスなのだろう。変身のポーズや決め技を真似てみたり、さらには奇声交じりで決めセリフを叫んだりと、期待に満ちた目でショーの開始を今か今かと待ちわびている。
そんな幼児たちの期待と呼応するかのように、瑞稀の不安と緊張もずんずんと高まっていた。
〝元気よく挨拶をして会場を盛り上げる〟って、ショーが始まって「こんにちわ」の次に何を話せばいいの?
そもそも瑞稀は『超人戦隊ミラクル5』という子供向けテレビ番組があるのを知っているだけで、登場人物はおろかストーリーすらロクに知りやしない。どこかの悪の秘密結社にミラクル5と呼ばれるヒーローたちが戦うんだろうということくらいは理解しているが、そんなものは基本情報以前の当りまえな事柄。それこそ〝一度もドラマは見たことがない人でも「忠臣蔵」や「水戸黄門」の大まかな筋は知っている〟のと同じようなモノ。知っているなどということ自体がおこがましい。
「万が一のときに手が使えるように、ハンドマイクじゃなくてインカムにしよう」
何かあったときに備えて手を塞がないようにと木幡がインカムを用意してくれたが、是非ともその気遣いで代役の代役を手配して!
喉元まではそんな叫びが込み上げるのだが、口から出てくるのは相も変わらず「ありがとうございます」と正反対なセリフ。
「違う! そうじゃないの!」
これまた明瞭な言葉は声帯の手前まで、声帯を通過した途端に「あわわ! あわわ!」と意味不明なキョドリ音となる。
そんなこんなで気が付けばショーの開始の数分前。いつの間にか瑞稀の周りに着ぐるみを纏ったキャスト達がいて円陣を組んでいる。
「えっ?」
驚く暇もないままに主催の木幡が「ショーの成功を祈って」との前置きから「エイ、エイ、オー!」のシュプレヒコール。スタンバイ位置まで手を引っ張られたかと思う間もなく、手前の書き割りが舞台袖へと引っ込められたのである。
眩しい!
賑やかに流れていた番組OP曲が途切れ、スポットライトの光が容赦なく瑞稀に注がれる。同時に観客席からの視線も一斉に彼女に注がれ、蚤の心臓と化した瑞稀は内心でパニックを引き起こした。
手足は小刻みに震え、背中や首筋には冷や汗が流れる。口はカサカサに乾き、表情筋はサポタージュをする始末。
(ひ、ひ、ひ、ヒトがいっぱい、いる! み、み、み、みんなが、わたしを注目している!)
いささか自意識過剰だが、司会のお姉さん役なんだから、ショーの開演時には注目が集まり目立って当然。
子供たちはこれから始まるショーにドキドキ、保護者のお父さんたちは美貌のお姉さん役の出演に鼻の下をビローンと伸ばしているだけなのだが、瑞稀がショックを受けるには必要かつ十二分すぎるボリューム。
しかも困った事態はそれだけじゃない!
(ど、ど、ど、ど、ど、どーしよう! えと、えと、えと、セリフ! 何を言うんだっけ? )
今の今まで考えていた挨拶のためのセリフが、今のショックでキレイさっぱり吹き飛んでしまったのだ。
とはいえ幕は既に開いているのだ。瑞稀が喋らなければ舞台は進まず、公演は大失敗で幕を下ろすことになる。
(どーしよう、何か喋らないと? で、でも、何を言えばいいの?)
焦れば焦るほど頭の中が真っ白になり、パニックが助長される悪循環。もし足が健康だったならばステージから逃げ出していたかも知れないその時!
『森小路センパイ。聞こえますか?』
インカムのスピーカーから典弘の声が流れてきた。
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