48:抜擢! 司会のお姉さん
ヒーローショーの要ともいえる〝司会のお姉さん〟がまさかのドタキャン。理由を訊いたら急病なのでしかたがないとはいえ、被った僕らは絶体絶命の大ピンーチ!
しかも公演までに残された時間は3時間もないという、まさに絶体絶命な展開!
マジでコレ、どうするね?
*
事ここに及んでなお木幡が〝司会の代演〟がムリだと言い張る。
「その芸能事務所のタレントが全員出払っているってことですか?」
典弘の素朴な疑問に劇団主催の木幡が「それはない」と掌を左右に振る。
「個人事務所じゃないからな。声をかけたのは所属しているタレントが数十人いる中堅どころだし、さすがに全員が出払うなんてことはないさ」
「なら、誰か……」
「だから、それはムリなんだって」
皆まで言うよりも早く、木幡がムリなものはムリだと言い切る。
「ヒーローショーの司会はある意味専門職みたいなモノなんだ。タレントだから女優だからって括りだけで、誰でも彼でもできるもんじゃないんだ」
のっけから専門職だと言い張ると、代演が頼めない理由を「そもそも」と説明する。
「何せ相手は就学年齢前の幼児だろう?」
典弘をはじめとする演劇部の面々が「はい」と頷くと「先ず言葉使いからして大変だ」とかまされる。
「平易な言葉使いだけど上から目線でなく、ハキハキと喋りながら開演前の場を盛り上げるんだ。キミに出来るか?」
一にも二もなく首を横に振ると、追い打ちをかけるように「それだけじゃない」木幡がと畳みかける。
「何せ相手は飽きやすく集中力に乏しい児童ばかり、生半可なことでは舞台を見てはくれない。始まったら始まったで、テンションが下がらないよう応援の合いの手を入れたり、逆にヒートアップし過ぎないようにさりげなく注意を入れるなどの俯瞰力も要る。さらには悪役に攫われたりと芝居に組み込まれることすらあるんだ」
「すげぇ……」
担う項目の多さに唸る典弘を、木幡が「だろう」と後追いする。
「これだけのことをこなせるタレントを急には用意できない」
説得力のある説明に、特撮フリークな守口が「そうなのよね」と重々しく頷く。
「一見カンタンそうに見えるけど、ぽっと出のタレントができる仕事じゃないわ」
何度も観劇しているだけあって、子細も熟知していて内容に重みがある。
「誰にでもできる役でない上に、専属さんは他の現場に赴いていて、代演できるタレントさんは急病でリタイヤって……詰んでるじゃん」
不安材料しかない状況に滝井が万歳のポーズをすると、普段そんなことを言わない土居までもが「だよねぇ」と口をそろえる。
実際、聞けば聞くほど出てくるのはマイナス要因ばかり。
さすがにこれではもうダメだろう。
「つまり、万事休す?」
打つ手なしなのかと典弘は問うと、木幡の返事は意外にもノー。
「万策尽きていたらさっさと遊園地に詫びを入れて、ショーを中止する旨の告知と、契約不履行による諸々の交渉に当たっているさ」
「でも、それをしないってことは?」
何かを察したのか、守口がニヤリと笑って尋ねると、木幡もまるでこうなることを予想していたかのように「ああ」と頷く。
「司会のお姉さんの〝アテ〟なら、もう一つあるからな」
言うや否や流れる動作で右向け右をおこなうと、一人蚊帳の外にいた瑞稀に直立不動で頭を下げて「お願いします!」ときっちり90度傾けての最敬礼。
「守口さんから話は聞いている。ウチの劇団を助けると思って、どうか司会のお姉さん役を引き受けてはくれないか?」
「えっ? え、え、え、えーっ!」
自分がコミュ障だってことも忘れて、瑞稀が大声をあげて盛大に驚く。
いや。典弘も含めたここにいる面子は守口以外、誰ひとりとしてこの展開は予想だにしなかっただろう。
「ムリ! ムリ! ムリ! ムリ! ムリ! ……」
当事者である瑞稀もまたその中のひとりで、左右に首を盛大に振りながら「ムリ!」を連呼する。
「見知らぬ人前だと緊張して喋れないのだから、森小路センパイには荷が重すぎるっしょ」
「そーだなー」
滝井も「コミュ障には不可能だ」とばかりに斬って捨てるし、瑞稀と付き合いの長い土居ですら「う~ん」と考え込むのだから当然と言えば当然。しかし典弘は「難しいだろうな」とは認めつつも、心の隅で「森小路センパイのお姉さん役……アリかも」と微かな期待も芽生えていた。
だって。
「森小路センパイ。今、ちゃんと喋ってますよね?」
当人は驚いたようね「へ?」って顔をしているが、大きな声で明瞭に「ムリ」と連呼していたではないか。
「だったらショーの〝台本〟もあることだし、森小路センパイが〝司会のお姉さん役〟を演ずれば万事解決しませんか?」
絶対的な声量があって演技はピカイチ。
人見知りというかコミュ障が祟って他人の前ではオドオドしてまともに喋ることが出来ないが、それさえ払拭できれば司会役など瑞稀ならば余裕でこなせるはず。
ならばと提案してみると、滝井も土居もその事実に気付いたのか「なるほど」と2人同時に頷く。
「役を演じるのであれば、千林クンの言うように森小路さんが適任かも」
土居が「その手があったか」とポンと手を叩くと、呼応するように滝井も「盲点だった」と得心。
「そうね、瑞稀なら難なく演じれるわね」
さらには援護射撃のような守口の断言に木幡も「おおっ」と前のめり。己が目に狂いは無かったとばかりに何度も首を縦に振る。
「だから森小路センパイ。司会役をやりましょう」
改めて瑞稀に提案してみるが、長年にわたって染みついた消極性は頑なで「で、で、で、でも……」と躊躇ったまま。
「ほ、ほら。脚が悪くて杖ついているから、動き回ることもできないし……」
自らのハンデを前面に押し出して「代役は難しい」と言い募るが、聞いた典弘は「そうかなあ……」と首を捻る。
「段取りを覚えるのに台本は全部読んだけど、司会役の人って動き回るようなところは無さそうでしたけど?」
動きといえばショーの開始にステージ中央まで歩いていくことくらい。杖をつく身では大変だが、そこさえクリアすれば障害はないともいえる。
「客席全体に声が通れば、司会のお姉さんがステージ中央に立つ必要はないですよね?」
実際、木幡に確認してみると「マイク通して話すから、そこは問題ない」とのこと。
「着ぐるみ演者たちはテレビに出演する役者の声に合わせるために芝居がきっちり決められているけど、司会進行役はその限りじゃない。いちおう台本に模範的なセリフや立ち位置は記されているけど、現場の〝裁量〟である程度の自由演出が認められている。だから舞台袖で進行をしてもらえれば足の不自由は心配はない」
「だ、そうよ」
一緒になって話を聴いていた守口が締めると、改めて瑞稀に向き直る。
「これだけみんなが期待しているんだもの。覚悟を決めてここはもう、引き受けるしかないんじゃない?」
「で、でも……」
なおも固辞する瑞稀に守口が「そうか……残念だなぁ」と悲し気に呟く。
「ここで瑞稀が引き受けてくれないと、この公演は中止にするしかなくなるのよね。そうなったらバイト代も出なくなるし、演劇部の活動もここまでかなぁ……」
さも瑞稀のワガママが理由で演劇部の活動を停止するような風に呟くと「しょうがないわねえ」と何かを諦めたようにため息をつく。
この無言の重圧に瑞稀が耐えられなかったのだろう、半泣きな声で「やります」と答えると守口が木幡に向かって「ですってー!」と大きく叫ぶ。
秒と待たずに返る「OK」の返事に典弘は悟った。
これは出来芝居の茶番なんだと。
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