47:ヒーローショーはトラブルでショー

 前回までのお話!


 突如資金難に陥った我らが三条学園高校演劇部。

 部活としての実績がないために活動資金が無いところに、部員勧誘のための資金流出が祟ったのだという。

 この窮地を脱するために生徒会長でもある守口浩子が出したアイデアが「みんなでアルバイトをする」という正攻法であった。

 ただそのアルバイトの内容が「着ぐるみを着てヒーローショーに出演する」という奇想天外なモノだったのである!


 てなことで始まった今回のミッション。

 要はダブルブッキングでキャスト不足に陥った劇団の助っ人に入るのだが、演劇経験のある守口センパイや土居センパイはともかく、ずぶの素人な僕と滝井まで入ってもホント良いのかね?

 いくら緊急事態とはいえ、チャレンジャーだよなー。



   *



 市の外れにあるこども遊園地。

 スリリングな絶叫系マシーンなど姿どころかか影すらなく、いわゆる〝テーマパーク〟なるエンターテインメント施設とも異なる、小学生以下の児童とその家族に特化した由緒正しき遊戯施設である。

 正門をくぐって真っ先に目に入る観覧車を筆頭に、スリリングさを抑えたジェットコースターといった子供向け遊具が並ぶが、この遊園地の集客の目玉は物販スペースの奥に据えてあるイベント広場。休日ごとに行われる「着ぐるみショー」をはじめとする幼児を対象としたステージ興行がココの売りなのだ。


「子供がいっぱい集まれば、親がお金を落としてくれるからね」


 守口が指摘する通りイベント広場の周囲には、たこ焼きなど子供が好きそうなおやつを売る売店がぎっしり。子供がキャッキャと喜ぶ陰では、両親が血の涙を流しているのを目の当たりにした感じ。

 それだけの売り上げが見込めることからも、休日ともなると相応の子供たちで賑わっているのが容易に見てとれる。

 とはいえ今は未だ開園前の朝8時。

 当然ながら園内に客はおらず、遊具のチェックや売店へ商品の搬入など〝裏方〟が忙しくしている時間である。

 イベント広場では典弘たちが演じるヒーローショーの公演に向けて、最終チェックに余念がなかった。


「えっと。赤のバミ線で一旦止まって、青のところでパンチを受ける。よろけながら右側の舞台袖に退場して、今度は左側の舞台袖から別の戦闘員役としてキックを受ける。か」


「黄色のバミ線でチョップを受けたら素早く退場。2階に上がって今度はパンチ、裏手に設置したマットのところに落っこちる……」


 典弘も滝井も台本片手に立ち位置の確認に余念がない。

 モブ役の戦闘員とはいえ数を揃える必要から、戦闘員A・BCで倒されたら直ぐさま戦闘員D・E・Fを演じないといけないのだ。その際〝さも新しい戦闘員〟として舞台に登場しなければならず、賑やかしといえども仇や疎かにはできないのだ。


「そんなに気張らなくても、少々の位置ズレくらいオレたちがフォローするぞ」


「それよりもキビキビ元気よく動いてくれ。動きが小さいと嘘っぽくなって、子供たちがソッポを向いて舞台を観なくなるんだ」


 緊張をほぐすようにヒーロー役の劇団員からアドバイスや檄が飛ぶ。彼らも典弘と滝井がズブの素人だと分かっているので、過大な要求をせず少々の失態ならフォローするから大きく演じろとアドバイスしてくれる。

 正直。その一言を貰うだけで、精神的にすごく助かる。


「ありがとうございます!」


 礼を述べると「いやいや。助かっているのはコッチだからな」と逆に頭を下げられる。


「事務方がダブルブッキングをかまして「マジで、ヤバい!」と頭を抱えてたところを助けて貰ってるのだから」


「そうそう。最初聞いたときは「おいおい、大丈夫かいな?」と思ったけど、一緒に芝居したら全然そんなことないし、見つけてくれた木幡さんにも感謝だな」


「つまり、紹介をした私に感謝ってことよね」


「このことで守口センパイを敬うことはないと思いますけど?」


 などと、謙遜やら自慢やらが入り乱れて緊張の中にも和気あいあいとした空気が流れる中、予想すらしなかった〝アクシデント〟が発生したのである。


「マジでヤバい! えらいこっちゃ!」


 そろそろ最終確認のゲネプロを遣ろうかといった矢先、劇団主催の木幡が顔面蒼白に「ヤバいよ! ヤバいよ!」と叫びながら駆け込んできたのだった。


「どうしたんですか、代表? 血相なんか変えて」


 焦り性がデフォルトなのか、劇団員のひとりが「まあまあ、落ち着いて」とお茶のペットボトルを木幡に差し出すと、一気に飲み干したおかげで更に咽るという悪循環。

 それでもどうにか立て直すと「頼んでいた司会の「お姉さん」が急遽来れなくなった」と爆弾発言を落としたのだった。


「ええーっ!」


 予期せぬアクシデントに典弘はおろか一同全員が驚く中、ひとり守口だけが「ちゃんと説明してよ!」と木幡に食ってかかったのである。


「どうして? どういうこと? 何があったの? 司会のお姉さんがいなかったら、ステージが始まらないじゃない!」


 どこかの新喜劇だったら「奥歯ガタガタ言わせたるぞ!」のような勢い。

 目つきが三角に吊り上がるやヒートアップも甚だしく、勢いに任せての聞き取りが襟口を掴んでのまるで圧迫尋問。力の加減も忘れたようで、締め上げられた木幡が「アガ、アガ!」と口元から泡を吹いて、呼吸困難に陥る寸前まで追い込まれるありさま。


「守口さん、やり過ぎ!」


 さすがにコレは拙いと感じたのか、普段は控えめな土居が前に出て暴走気味の守口にストップをかける。


「先ずは落ち着こう。そんな矢継ぎ早に早口で訊いても、木幡さんだって一度に全部は答えられない」


「う、うん」


「分かったら木幡さんに水を持ってきて。一息ついたら順を追って説明してもらおう」


「そ、そうね」


 好きが昂じて短慮に走った守口を宥めすかしながら必要な情報を引き出そうとするのはさすが。守口を売店の給水スタンドまで水を汲みに走らせると、典弘と滝井に「駆け足」と声を張ると人数分のパイプ椅子を持ってくるよう命じる。ふだんは控えめに一歩引いた位置にいるが、ここぞという時にはいぶし銀の活躍をする、ありがたいイケメンであった。

 おかげで皆が椅子に座る頃には守口も幾分クールダウンできたのか、木幡の話しが聞ける状態にまで落ち着きを取り戻していた。


「もともと例の〝ダブルブッキング〟の関係で、ウチの専属がヒロインショーの司会に行くことになったんだな」


 滴る汗を拭きつつ木幡が話す経緯に、典弘は「それは昨日聞きました」と注釈。


「確かこっちは、他所から助っ人を呼ぶって言ってましたよね?」


 時間も時間なので順を追ってと言えども、本当にイチから説明されても困る。共通認識のところはササっとスルーさせて、早く本題に移行するよう合いの手を入れると、なぜか守口が「そうそう」とポーチボレーをしてくる。


「あっちは盛り上げ難易度が高いから熟練のお姉さんを派遣して、こっちは木幡さんと付き合いがある芸能事務所から斡旋して貰うって言ってたわよね?」


 セリフをひったくられた木幡が「あうぅ」と呻きながら首を縦に振って肯定。それでもここからが本題だとばかりに「それが今朝になって」と目を剥くのは役者の性か。


「今朝になって?」


 また、つられる劇団員も何だかなー。


「頼んでいたタレントさんが急性盲腸炎になって、今朝がた病院に救急搬送されたそうだ」


 スマホを持ったまま天を仰ぐように木幡が呻き「即入院で緊急オペをするんだって」とダメ押しの付け加え。

 話を聴いて守口が「あらら」と肩を竦め、滝井が「そりゃ、出演なんてムリだわ」と天を仰ぐ。


「で、今しがた事務所から出演キャンセルの連絡があったところだ」


「誰か、他のタレントさんを回してもらうとかは?」


 事情は理解したけど、問題は現在進行形。現実的な代案を訊く典弘に、木幡が「ムリだ」と即答。


「代わりができるタレントがいれば、事務所からキャンセルなんて言ってこない」


 違約金が絡むから、可能なら代演者を用意するとかの対応をとるとのこと。

 そうこうしている間に時計の針は9時を示し、11時半の開演まで残り3時間を切っていた。

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