46:金策はヒーローショー

 金欠の演劇部に守口センパイの悪辣な美声が高らかに響きわたる。


「この状況を打破する、起死回生のアイデアを用意しているわ」


 スタイル抜群で見た目もキレイだし、生徒会長だけあって人を惹き付けるカリスマもあるのだけど、このヒトが笑うと悪の女幹部然としちゃうんだよな。


「然るに、その方法とは?」


 期待を込めて訊いてみると「それは明日のお楽しみ」って。

 バラエティー番組のCMまたぎじゃないんだゾ!



   *



 守口がニンマリと不敵な笑いを浮かべた翌日。

 典弘たち三条学園演劇部の面々は、市の外れにある工業団地の一角に建つ古びた貸倉庫前に来ていた。


「……ええ『劇団・着ぐるみ本舗』って……ココ、工場じゃなくて、劇団が、入居しているの?」


 入り口に掲げられた看板に驚く瑞稀に、守口が「そうよ」と答える。


「街中でスタジオを借りるよりも、貸工場のほうが広くて安い。しかも周りは町工場だらけだから、稽古で大声を出しても近所から苦情も来ない。劇団の本拠地としてもってこいなんだって」


 守口の知ったような解説を補足するように、後ろから「良い面はな」と太く良く通る声。

 振り返ると筋肉質でレスラー体型をした40歳前後のオジサンが「よう」と右手を挙げて立っていた。


「家賃は安いけど、その代わり工場地帯だから、朝晩を除けばバスはもなく足の便は悪い。近くにコンビニもないから、弁当をはじめとしうる食の確保が大変。そして何よりもスレート製の天井だから、夏はサウナ風呂で冬は冷蔵庫になるから居住性は最悪だ」


「それはそれでキツイですね」


 土居の模範的な回答に「そこが貧乏劇団の悲哀なんだな」とレスラー体型のオジサンが肩を竦め、改めて典弘たち演劇部の面々に向き直る。


「自己紹介が未だだったな、オレがこの『劇団・着ぐるみ本舗』を主宰する木幡だ。で、キミらが明日ヘルプに入ってくれるメンバーで良いのかな?」


 オジサン改め木幡の口から飛び出した〝ヘルプ〟なる珍妙な言葉に、典弘と滝井はお互いに顔を見合わせると目がテンになる。


「ヘルプって、どういうことですか?」


 意味が分からず2人そろってユニゾンで尋ねると、守口が「どうもこうも、木幡さんが言ったまんまよ」と開き直るように答える。


「枯渇した演劇部の財政を立て直すべく、明日『劇団・着ぐるみ本舗』でアルバイトをするのよ」


 どうだとばかりに両手を広げ、守口がファンファーレ代わりに「ババーン!」と効果音を口ずさむ。


「稽古場の掃除とか、お片付けでもするの?」


 アルバイトと聞いて「雑用でもするの?」と訊いた瑞稀に、守口が「何でそうなるのよ!」と声を裏返させて憤慨。


「このスットコドッコイが! そんな誰でもできるようなことに、日給1万円も出してくれると思っているの!」 


 両手を腰に当てての説教口調。

 圧の強さに当てられた瑞稀がシュンとなるのに比例して、典弘は少しお冠。確かに守口が主張する通り、雑用ごときでは1万円も日当は貰えないだろうが、後出しジャンケンで〝認識が甘いと〟怒るのは理不尽というもの。

 そういう大事なことは、ちゃんと言ってくださいよ。


「守口センパイは〝アルバイトをする〟と言っただけで〝報酬〟の話はしていませんよ」


 典弘は守口の誤りを指摘すると、聡明な彼女は即座に「ホントだ」と納得。とはいえ前言撤回はしたくないようで「日雇いのバイトで察しなさいよ」と、またもやムリのごり押し。

 これには瑞稀も「言ってくれなきゃ分からないよ」の泣きが入る。そしてそれを看破できる典弘でもなかった。


「守口センパイ!」


「今、言ったから良いじゃない」


 これで手打ちにしろということだろう。ケンカをしたいわけではないので、典弘も「そうですね」と振り上げた拳を下ろして「ならば」とバイト内容を改めて尋ねる。


「セット組みや舞台設営とかの力仕事ですか? 僕らはともかく、森小路センパイや守口センパイにはキビシイかと」


 それなら日当1万円もあるだろうが、ガテン系の仕事を女子がするのは体力的にキツイ。しかも瑞稀は脚に障害が残っているのだから力仕事はほぼ不可能だろう。

 などと考えた典弘に「それはない」と主宰の木幡自らが否定する。


「舞台の設営って確かに力仕事だけど、専門性が要求されるから日雇いのバイトには任せられないぞ」


 どこにセットを置くかなど指示するのが大変で、だったら自分たちで設営したほうが遥かにラクだという。

 だからだろう。木幡から「依頼する仕事は」と返ってきた返事は、想像のはるか斜め上。


「明日、遊園地のイベントで着ぐるみを着てステージに出てもらう」


 まさかのスーツアクターとしての雇用であった。



   *



「お恥ずかしい話だがダブルブッキングをやってしまってな。当日出演するスーツアクターが足りなくなってしまったんだ」


 両手の人差し指を合わせ「やっちまった」と言う表情で木幡が事の次第を語ってくれた。

 なんでも同じ日にヒーローショーとヒロインショーのオファーがあり、スタッフの連絡ミスから両方とも受諾してしまったのだという。


「主役クラスは半ば専任みたいなものだから被ることはないんだが、ウチではわき役や端役をその時々にフリーな連中で宛がっているんだ」


 いまいち理解できずキョトンとしていると「つまりね」と言いながら、守口が補足説明をしてくれた。


「ヒーローショーで戦闘員をやっているのは、ヒロインショーで主役のスーツアクター。ヒロインショーだとその逆って訳」


 分かりやすい説明に典弘をはじめ全員が「なーる」と首を縦に振る。


「両方のステージにヒーローとヒロインを立たせると、戦闘員とかを演じるモブの役者が揃わないんだ!」


「ついでに言うと〝司会のお姉さん〟もね」


 切羽詰まった木幡と、どこか嬉しそうな守口が語る窮状に納得はするが、どこか腑に落ちない点が一つ。


「人出が足りないのは分かりましたけど、それなら何故〝他の劇団〟に頼まないのですか?」


 劇団なんてそれこそ星の数ほどあるのだ。手当たり次第に声をかければ、引き受けてくれるところもあるはず。当然な疑問を口にすると、木幡が「それは悪手だからな」と渋い顔。


「劇団も役者も星の数ほどあるけど、俺たちの仕事を受けてくれそうな役者の大半はバイトと掛け持ち、いや収入面ならバイトが主だな。こんなことでバイトを休んだら肝心のオーディションを受けれなくなる」


「他の劇団にヘルプも最後の手段としてアリだけど、結局木幡さんの懸念と同じことになっちゃうのよね」


 木幡と守口が代わる代わる説明し、他の役者や劇団にヘルプを要請するデメリットを皆に説く。要は役者個人に頼んでもスケジュールが折り合わない、劇団に頼んでも来てくれる役者が揃うかは博打であり、時間が押し迫った今となっては最早不可能。


「だからこそ私たちに白羽の矢が立ち、明日、ヒーローショーに出演するのよ!」 

 

 またもやどうだとばかりに両手を広げ、守口がファンファーレ代わりに「ババーン!」と効果音を口ずさむ。


「ヒーローショーに決定なんだ」


 テンションの高い守口と反比例するかのように、脱力しながら典弘が相づちを打つと「というか、決定事項の報告」と滝井が諦めの境地。土居に至っては「浩子ちゃんの暴走は誰も止めれないよ」と肩を竦めるのみ。

 瑞稀も例外ではなく「浩子ちゃんは女の子向けの「キャッチミハート・キュアヒロインズ」より男の子向けの「超人戦隊ミラクル5」のほうが好きだから」と守口の嗜好を暴露。


「間近で観れるどころか演じれるから、テンションが振り切っているのよ」


 ためらうことなく企みを言い当てる。


「そ、そーよ。趣味と実益を兼ねて何が悪いの!」


 とうとう開き直った守口の勢いに圧され、典弘たち演劇部一同は遊園地のイベントで、ヒーローショーのモブ役出演をすることとなったのであった。

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