44:オペレーション・タ〇チ…って、何ソレ?


 SMSに書き込まれた悪意ある噂。

 無視すればよいのかも知れないが、そうも言っていられない状況になりつつある。

 そんな理由もあってか、守口センパイが演劇部員を緊急招集。


「オペレーション「タ〇チ」を実行するわ」


 って、なんだそりゃ!



   *



「蔓延した悪評を払拭するのに、もっとも効果的な方法って何だと思う?」


 例の如く、悪の女幹部の雰囲気を漂わせながら守口センパイが尋ねてくる。


「正しい情報の拡散?」


 典弘の正攻法な回答を、けんもほろろに「違う!」と一蹴。


「書き込みを、消してもらう。かな?」


 腕を組みながら答える土居にも「惜しい!」と指を鳴らした。


「それじゃ、何なんです?」


 お手上げとばかりな滝井の問いに「ふふふ」と艶然とした表情で含み笑いを浮かべながら、守口が部員みんなに視線でマウントを取る。


「それは、ね」


 さらに焦らして勿体付けると、豊かな胸をこれでもかと張って、守口が高らかに宣言する。


「正解は「もっとインパクトのある情報で上書きする」ことよ!」


「って、どういう。こと?」


 そこはかとなく不安を覗かせながら瑞稀が尋ねる。

 当然だ。

 〝悪の女幹部〟が立案する計画なのだ。誰がどう考えても、おどろおどろしいに決まっている。もちろん一緒に聴いた典弘だって不安を隠せない。


「ちゃんと説明してください」


「オレも聴きたいです」


 滝井も加わっての質問要請。皆から注目を浴びたからか、守口が満足げに「良いわよ」と答えると、彼女の独演会が始まった。


「さっきも言った通り、あんなものは根も葉もない噂、負け犬どもが流した誹謗中傷と言っても過言ではないわ。でもね、残念ながらね、相手の声が大きいと例え嘘であっても、流布された噂は信ぴょう性を持って受け入れられてしまう。

 そんな噂を払しょくするにはいくつか方法が有るけれど、いちばん効果的で確実なのが〝もっとインパクトのある噂で上書きをすること〟それは理解できるわね?」


 今まで言ったことの繰り返しだし、これだけ噛んで含められたらサルでも理解できるというもの。典弘たちはいっせいに首を縦に振る。


「で、ここからが本題。

 インパクトのある噂とは何ぞや? それは追い追い話すとして、確実なのは向こうの噂話を真っ向否定するのは悪手だということ。厄介なことに噂を否定すればするほど、向こうのデタラメが本当っぽく聞こえてくるのよ」


「ああ、それはよくあるね」


 経験があるのか、土居が苦々しく吐き捨てる。


「だから連中の噂話には我関することなく、もっとインパクトのある噂を流して連中の噂話を霞ませてしまうの。その流布する噂が、今から行う〝オペレーション・タ〇チ〟よ!」


「ますます、よく分からない」


 何ですか! その、昭和時代のマンガのタイトルは? 

 意味不明なワードに首を傾げる典弘に守口が「ったく、歴史を全然勉強していないわね」と理不尽な叱責。


「タ〇チを知らないなんて、ク〇ープを入れないコーヒーみたいなものよ!」


「ゴメンなさい。もっと分かりません」


 さらに例題を交えながら勉強不足と典弘を詰るが、ネタが古すぎて最早や未知の領域。両手を挙げてギブアップすると「しょうがないわね」とため息をつきながら守口が詳細を説明してくれた。

 訊けば本当に下らなくもバカバカしいのだが、生徒会長が話すと不思議と説得力がある。

 そして。ここが重要なポイントなのだが、守口の「作戦の詳細説明」というのは、ブリーフィングでもへったくれでもなく〝決定事項の伝達〟なのである。

 抗議や討議? 言い負かされる相手にするだけムダ。何せ相手は悪の組織の女幹部なのだから。

 さすがは


 かくして〝オペレーション・タ〇チ〟は発動されたのであった。

 


   *



 そして迎えた、翌日。


 グラウンドに出てくるジャージ姿の男子生徒と制服姿の女子生徒。いかにも選手とマネージャーといういでたたたは、放課後のクラブ活動ではよくある光景である。

 ただ唯一違うとすれば、マネージャーと思しき女子生徒ふたりの美少女ぶりが尋常ではないこと。

 さらに……


「が、頑張って。み、みんな!」


 左手に杖をもちながらメガホンを片手に、グラウンド隅を走る男子生徒を鼓舞する姿だった。 


「まあ、アレだね。昔の青春マンガにあった「ワタシを甲子園に連れて行って」ってヤツ。とびきりな美少女に尻を叩かれ……じゃなくてエールを贈られたら、嬉しさに舞い上がって木にも登るよね」


 もうひとりの颯爽とした雰囲気を纏わす美少女。守口浩子がしたり顔でウンウンと頷く。

 ちなみに〝オペレーション・タ〇チ〟とは、そのマンガに出てくるヒロインが主人公に甲子園行きを懇願したら、張り切っちゃったことを再現させているとの由。

 まさに〝ブタも煽てりゃ何とやら〟を地で行くストーリー。

 しかしギャラリーの反応を見るにつけ、その分析に間違いはないだろう。

 何せ脚の不自由な美少女が、ひたむきにグラウンドを走る男子生徒を応援するのだ。

 昭和の青春モノのようなベタなシチュエーションではあるが、それだけに定番感に揺るぎなく非常に画になる。

 それが例え繰り出すセリフが棒読みであろうとも、だ。

 事実、声援の僅か3秒後には黒山の人だかりとまで言わなくとも、結構な数のギャラリーがグラウンドに集まっていたのだから、その効果は絶大と言っても過言ではない。


「ホラホラ瑞稀。もっと大きな声で応援しないと、皆に届かないわよ」


 ギャラリーの数に気をよくしたのか、守口が瑞稀の声援に注文を付ける。

 しかし当の瑞稀はメガホンで顔を隠して縮こまり、守口の注文とは真逆の様相。

 耳の先まで真っ赤に染め上がり「恥ずかしい」と消え入りそうな声で泣きを入れる。

 何せ瑞稀は素の状態でも超がつく美少女、それがこんな健気系を装っていれば注目度はとんでもない。 


「これだけ目立てば悪評なんてカンタンに上書き出来るでしょう?」


 興味津々なギャラリーの様子を見ながら、守口がしてやったりとばかりに親指を立てる。マネージャーではないが健気な美少女がグラウンドを走る部員にエールを贈っているのだ、インパクトが絶大なので悪評など簡単に払しょくされよう。


「だけど……恥ずかしい……」


 しかしながら注目度はもろ刃の剣で、刺さる視線に当のヒロインは羞恥心に陥落寸前。瑞稀が消え入りそうな声で小さく悲鳴をあげる。

 無論そんなことを悪の女幹部が許すはずもなく「やらされていると思うから恥ずかしいのよ。芝居のセリフだと思いなさい」と激励無しに叱咤する。

 さらには新たなカンペを持って寄こし「感情込めて読むのよ。愛しい彼を劇団のスター俳優に導くために」とムチャ振りまでする始末。そして何やら耳元でヒソヒソと囁く。


 と、それまで羞恥にまみれてオドオドしていた瑞稀の所作が一変。


「あと1周だから、全力で頑張って!」


 さっきまでのオドオドした羞恥心は完全に影を潜め、まさに美少女マネージャーそのものといった佇まいで、グラウンドを走る男子部員たちにエールを贈り奮い立たせたのである。

 その破壊力というかインパクトは絶大で、ギャラリーは見惚れて声を失い誰も彼もがフリーズする。さらにはグラウンドを走る他の運動部までもが感化されてペースアップ。

 当の演劇部はというと、滝井が「マジか……」と声の威力に驚愕し、土居が「さすが森小路さん」と予想された結果を満足げに頷く。

 そして典弘はというと……


「グオォォォォ!」


 声を発して典弘は全力疾走のラストスパート。恐らくこのラスト1周のタイムだけならば、本職の陸上部の連中よりも早かったのではないだろうか? 

 それほどの猛ピッチで典弘は、グラウンドを駆け抜けたのである。


「ホント。ブタも煽てりゃ木に昇るわねぇ」


 衆目の中、ハイピッチで駆け抜けたことで必要以上に目立ってしまい、いくつもの運動部からお誘いがかかることとなる。

 結果。悪評はものの見事に吹き飛んでしまい、〝オペレーション・タ〇チ〟は大成功を収めたのだが、肝心の瑞稀の人見知り改善はこれっぽっちも進んでいなかったのであった。

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