43:悪評だと?
ことわざに〝悪事千里を走る〟なんてのがあるが、SMSの発達した現在だと千里どころじゃないよな。
誰かがカキコしてポチッと押したら1秒後には地球を7周半もしているんだぜ、怖いったらありゃしない。
その悪評のターゲットが、僕らだって言うんだから……
*
「演劇部って文化部だよな?」
朝登校して教室の机にカバンを置いた直後。
典弘は後ろの席に座るクラスメイトA(仮名)から、朝の挨拶代わりに妙なことを言われたのだった。
「演目によってアクションシーンとかはあるだろうけど、カテゴリー的に運動部ではないと思うぞ」
「だよな。オレも〝戦闘演劇〟とか〝格闘演劇〟なんて言葉を聞いたことないからな」
「どこの頭の悪い少年マンガだよ」
どこかの投稿マンガならあり得るのかも知れないが、現実問題として演劇部を運動系に選り分けている学校は恐らくないだろう。少なくても三条学園における演劇部のポジションは文化部一択だ。
そこで話が終わるかと思いきや、さに非ず。
「学校の連絡掲示板に『演劇部は新人部員に〝しごき〟を強要している』なんて記載があったからな。コンプライアンス的に運動部だってしちゃダメだけど、文化部ならしたくてもふつうはできないからな」
ホレとばかりにスマホの画面を突き出して、クラスメイトA(仮名)が学校の連絡掲示板に記された文面を典弘に見せる。
「……ホントだ」
まさか本当に書き込みがあろうとは。
カキコしてったるのは連絡掲示板の中にあるクラブ活動用の板。即削除を食らわないよう個人攻撃を避けつつ若干オブラートに包んだ表現にはなっているが、部内に〝しごき〟が存在する陰湿なクラブだと扱き下ろしている。
「よくもまあ、こんな嘘っぱちなデタラメを書き並べたもんだ」
噓八百だらけのカキコに呆れる典弘を、クラスメイトA(仮名)が「え、そうなのか?」と目をパチクリさせながら訊き返す。
「当然だろう」
そんな訳あるものかと即答する。
「理不尽に毎日グラウンドを走らされたなんて書いてあるけど、グラウンドの使用許可も貰っていないのに、ランニングなんかできる訳もない」
例えクラブ活動とはいえ、三条学園でグラウンドを使うには使用許可が必要。ほぼ毎日我が物顔でグラウンドを使っている野球部やサッカー部なども、年初に1年分をまとめて申請しているのであり、好き勝手に使用している訳ではない。
その点を理解したのか、クラスメイトA(仮名)が「なるほど」と頷くが、今度はクラスメイトB(仮名)が「じゃあ、さ」と話に加わり訊いてくる。
「この「公衆の面前で恥ずかしいことを言わされた」というのもウソなのか?」
「恥ずかしいと思うか否かは当人次第」
「意味が分からん」
首を傾げるクラスメイトB(仮名)に向かって「あのな…」と説明を始めると「ふ~ん、なるほど」と僅か30秒で納得。
さもありなん。
何せ真実は単なる発声練習であり、舞台で演技するための必須条件でもある、ふつうの会話を大きな声で違和感なく喋るための練習。初期段階はセリフではなく単語の羅列なので、傍から見ている分には直立不動で奇声を発しているようにしか見えない。
しかも三条学園の演劇部は稽古場に使える空き教室や部室を充てられていないので、いきおい練習は体育館の舞台上やら校庭の隅っこになってしまう。
「つまり、第三者から見たら「公衆の面前で恥ずかしいことを言わされた」になる訳だ」
「単なる発声練習が、しごきねえ……」
「本人が楽しくなければ、そうなるんだ」
クラスメイトA(仮名)もB(同じく仮名)も腑に落ちたように大きく頷く。
「これがしごき認定されたら、ウチだけじゃなくて放送部や応援部からもクレームが続出するぞ」
「そりゃそうだ」
どうにか納得してくれたようで一安心だが、こんなのをいちいち相手をしていたら休み時間が潰れてしまう。そんなことを考えた矢先、教室のスピーカーから『あーあー』と聞き慣れた声。
『演劇部部員の千林典弘君と滝井修二君は、昼休みに生徒会室へ来るように』
典弘が実行に移すより先に、守口からの召集令状が来たのであった。
*
昼休みに訪れた生徒会室には既に3年生トリオが詰めていた。
「わたしと土居クンは生徒会の仕事も兼ねて、ここでお昼ご飯を食べているからね。今日は特別に瑞稀にも来てもらっただけよ」
ノートパソコンと睨めっこしながらお握りを頬張る守口と土居の傍には、小さなお弁当箱を開けたままいそいそとお茶を給仕する瑞稀の姿があった。
「掲示板の文面は見た?」
で、一切の前置きなしに守口が言い放つ。
部室のある体育館倉庫だと脚の不自由な瑞稀には往復が大変だからと、守口が生徒会室を強権行使で徴発して臨時の緊急会議を始めたのであった。
「誹謗中傷のとんだ言いがかりですよね」
脊髄反射的に滝井が返答すると、それが聞きたかった答えのようで「まあね」と守口が頷く。
「やることが幼稚臭いのよね。自分たちの力不足を認めずに、勝手にしごき認定してSMSに拡散する。ホント傍迷惑な存在だわ」
顔をしかめる守口に完全同意な典弘も「そう思います」と首を縦に振る。
「発信源はどうせアレでしょ? ランニングについて行けずに早々とリタイヤしたヤツの誰か。自分にとってキツかったから、しごきだって勝手にほざいているだけだろう」
「うん。その通り」
ビンゴとばかりに守口が手を叩く横で、瑞稀が「でも……」と不安顔。
「演劇部のことで、イロイロと悪い噂が、広がっているみたい」
「それは、僕も聞いたことがある」
オドオドしながら瑞稀が喋ると、ふだんあまり前に出ることがない土居までもが、演劇部の風評を不安視する。
「根も葉もない噂と言えばその通りなんだけど、演劇部なんてマイナー過ぎるから、誰も本当の姿を知らないんだよね」
「つまり判断基準がないから、フェイクかどうか分かるヤツがいないと?」
滝井の問いに「有り体にいうと、そういうことになるのかな」と困った風な顔つきを見せる。
「結果的に〝火のないところに煙が立っちゃった〟ってことですか?」
典弘の追随に守口が「そういうこと」と断言。
「パンピーが裏も取らずにネット記事を鵜呑みにするから、勝手に尾ひれが付いちゃったのよね」
これだから一般大衆はとでも言いたげに誹謗中傷をぶった切ると「と、それがみんなに知ってもらいたい共通認識よ」と言って表情を引き締めると、会話のトーンを何故か講義調に改めた。
「根も葉もない噂とはいえ、放置するとどうなるのかな? ハイ、瑞稀!」
そしていきなり瑞稀を指名すると、将来予想を答えろとムチャ振りをする。
「えええええっ!」
「ダメだなあ、もう」
話の急展開に付いてこれない瑞稀に勝手に匙を投げ、守口がため息交じりに「ここまで拡散すると、噂が真実となって独り歩きしちゃうのよ」と最悪の展開を言ってのける。
「そうなると学校が黙っていない。最終的に身の潔白は証明できるでしょうけど、演劇部の心証は非情に悪くなるわね」
「困る」
蒼い顔で困惑する瑞稀の頭上に守口が「この、タコ!」とチョップ。
「イタイ」
鈍い音がして涙目なところへ追い打ちをかけるように「本当に困るのは、学校への心証なんかより、周りの噂よ」と瑞稀の思い違いを窘めた。
「噂って怖いのよ。声がデカいと真実なんか容易に捻じ曲げられるし、クラブ活動から何から後ろ指を指されるようになるわ」
チッチッチッと指を振って未来予想図を知らしめる。
確かにその通りになるんだろうけど、それを瑞稀に言ったところでどうなる?
「事情は分かりました。それで守口センパイは、この件をどうしようと考えているのですか?」
典弘が訊きたいのはむしろソッチ、悪くなりそうな風評をどう解消するかだ。
どうやら守口には腹案があるようで「集まってもらったのは、他でもないこの対策よ」と言って真顔で皆を見渡した。
「題して〝オペレーション・タ〇チ〟を実行するわ」
表情ひとつ変えることなく、真顔でトンデモ案を披露した。
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