42:リハビリ特訓?

 まともに話が出来ないと、ちゃんとしたお芝居なんてできやしない!


 という守口センパイの危機感から始まった、森小路センパイのリハビリ特訓。

 いったい何をするのかと言うと? まあ見れば分かると思うよ「何だコレ?」って思うから。

 そしてやらされる側からの感想は、兎にも角にも大変なんだから。



   *



「こんにちは」


「ちぃーす」


 指示されたセリフを言いながら部室のドアを開けると、パイプ椅子から半身を浮かした瑞稀が満面の笑みで「こんにちは。千林クン、滝井クン」と軽く手を振りながら応える。

 途端。殺風景な部室に花が舞い暖かな気分になった刹那、空気をぶち壊すような「ウソーっ!」という無粋な声が部室内に響き渡る。


 直後!


「カーット!」


 空気を割くような鋭い声。

 間髪入れず「ゴン」と鈍い音とともに、守口のゲンコツが滝井の頭に振り落とされる。


「余計なセリフを言わない」


 守口が滝井のアドリブを咎めると「いや、だって」と痛む頭を押さえながら滝井が口ごたえ。


「いつもキョドってる森小路センパイが、あんな可愛く微笑むだなんて。こんなの反則ですよ!」


 ちょっと待て。言っていいことと悪いことがあるぞ。


「森小路センパイは〝美少女〟なんだから、微笑んだら可愛いに決まっているだろう!」


 聞き捨てならないセリフだと食って掛かる典弘に滝井が「そういう意味じゃなくてだな」とこめかみを押さえる。


「視線だけでプチパニック起こす人見知りな森小路センパイが、素人が書いた〝台本〟を読むだけであそこまで変わるだなんて。そんなモン、誰が想像できる?」


 半ば半ギレな愚痴だが「それが出来るから瑞稀はスゴイのよ」と守口が答える。


「あの娘は〝お芝居〟のセリフだったら、あれだけ堂々と喋れるのよ。いえ、本気を出せばあんなものじゃないわ!」


 あからさまともいえるヨイショの攻勢に瑞稀が「あう~っ」と唸るが、いったん火が付いた守口の瑞稀称賛は止まらない。


「昨日見ているでしょう、瑞稀の演技力の一端を?」


 いきなり手渡されたライトノベルの一節を、あたかも朗読劇のように感情豊かに読み上げた昨日の一件を微に入り細を穿つように語り瑞稀を完全に茹で上がらせる。


「それだけじゃないわよ」


 熱くなる場の空気を察した土居が「はい、はい。そこまで」と手を叩いて暴走にブレーキをかける。


「ドンドン話が関係ない方向にズレていってるよ。これは森小路さんの〝特訓〟とキミたちへの〝演技練習〟を兼ねているのだから、趣旨を忘れなように」


 そう言って皆を諭すと「もう一度、最初からやり直そう」と、ドラマのADよろしく典弘と滝井をもう一度外に連れ出すが、この茶番はいったいナニ?

 もう訳が分からないと、典弘は「あのう」と手を挙げる。


「センパイたちの言われたまんまにやってますけど、この〝挨拶〟のどこが特訓なんです?」 


 素人目にもコント以下の三文芝居、これが演劇部の練習だと言ったら呆れを超えて失笑ものだろう。

 しかし仕切る守口と土居の目は真剣そのもの。場の空気に圧されて「あわわ」とキョドりだした瑞稀を「ホラ。もう、パニクリだしたでしょう」指差しながら、代表するように守口が説明の口火を切る。


「瑞希が私達以外だと、緊張でロクに話もできないポンコツなのは分かっているわね?」

 

 直球ど真ん中な酷い質問に、横で瑞稀が「む~!」と抗議しているが正直否定は難しい。

 暫し考えて「はい」と返事をする。

 聞いた瑞稀が「ヒドイ」と不満を顕にするが、守口はガン無視。


「だよねー」


 心底大変そうに息を吐いた後「でも」と、前言撤回の如く揶揄う口調が影を潜める。


「こんな風に〝台本のセリフ〟ならばちゃんと喋ることが出来るでしょう。だから先ずは〝クラブ活動をする先輩後輩〟という役を演じてもらうの」


「それは分かりますけど、何故オレたちまでもが〝芝居に参加〟なんですか?」


 もうひとつの疑問を投げかけると「そりゃ、一石二鳥だからね」と、今度は土居が説明を買って出る。


「森小路さんに〝台本のセリフ〟を喋ってもらうには掛け合いの相手が必要なのがまず理由。2人とも演技素人だから、台本のセリフを喋って練習してもらうのが理由その2。森小路さんと積極的に話をすることで、キミら相手の人見知りを少しでも軽減してもらうのが理由その3だね」


「せめて声を掛けられたくらいでビックリするのは克服してもらわないと」


 守口のボヤキに「善処する」と瑞希が答えたが、その答えが出るのはもう少し後。


「時間がないからサッサと続きを始めるわよ」



   *



 そして始まるテイク2。


「こんにちは」


「ちぃーす」


 〝台本〟に書かれてあるセリフを言いながら2人が改めてドアを開けると、瑞稀が可憐な微笑みを浮かべながら「こんにちは。千林クン、滝井クン」と挨拶をする。

 

 と、1度ならず2度までも滝井が「ぐはっ!」と叫んで呆然となり、またまた会話の進行がストップ。

 再開を促すように典弘は背中を叩くが、ギャップにやられた滝井の呆け具合は高く、なかなか原状復帰できそうにない。

 ヤレヤレ仕方が無いなと首を振ると、手元の〝カンペ〟に目を落とし「あれ、他の新入部員は?」と、滝井に振られたセリフを読み上げる。


「え?」


 予定外の典弘の行動に瑞稀が怪訝な表情を浮かべるが、すぐに事情を察すると「部活が厳しかったのかな? みんな辞めちゃったのよ」と少し憂いを秘めた表情で寂しげに語る。


「でも、それは辞めた連中が根性無しだっただけですよ」


 落ち込んでしまいそうな瑞稀を典弘は励ますように「僕たちがいるじゃないですか」と盛りあげる。

 横から「何、この失笑しちゃうセリフは」なんて呟きが聞こえるがスルーを決め込む。

 瑞稀もスルーを決め込んだのか、滝井のセリフを待たずに「そうね」と言うと顔を上げて笑みを浮かべた。


「新入部員もアナタたち2人だけになっちゃったけど、今日も部活ガンバろうね」


 両手の拳を固めると、瑞稀が語尾にハートマークでも付きそうな可愛らしさで典弘たちを鼓舞する。

 可愛い。メチャクチャ可愛い。

 演技だと分かっていても、ときめいてしまう可愛らしさ。守口推しだと公言する滝井ですら「ほー」と見惚れしまっている。


「えっ、ええ。辞めていった連中を、見返してやりますよ」


 続けて喋る典弘のセリフは見事な棒読み。しかも終始つっかえつっかえで、教科書の朗読よりも酷いありさま。続けて喋った滝井もまた五十歩百歩、噛み噛みで〝用意されたセリフ〟を読み上げるのが精いっぱいだった。


「はい、ストップ」


 カンペのセリフが尽きたところで守口が芝居を止める。


「う~ん。2人ともセリフが固いなあ」


 長机の対面で演出者よろしく、典弘と滝井の喋りにダメ出しをする。


「瑞稀が「ガンバろう」って言っているんだから、もっと「ヨシ、やるぞ!」っていう気持ちを込めて喋りなさいよ」


 イメージを沸かすように細かな演技指導が入るのだが、演技未経験者の典弘にとっては「何? ソレ?」の世界。


「イヤイヤ。そんなこと言われてもピンときませんよ」


 万歳のポーズでムリと宣言。もちろん滝井も右に倣え。


「そもそもオレたち、芝居の初心者ですから」


 揃って言い訳すると「そうだねー」と、同じく長机の対面に座る土居も納得。


「初心者がいきなり瑞稀ちゃんと丁々発止なんて、ムチャを通り越して無謀も良いところだよね」


「実力差は如何ともしがたいわね」


 守口が両手を広げて雲泥の差を表す。


「こっちも直ぐにどうにかなるもんじゃないね」と土居がフォローしたことで、セリフ棒読みは一旦ペンディングに。


「千林クンと滝井クンは、先ずはセリフを噛まずに喋ることに心砕いて頂戴。セリフのキャッチボールが出来ないと瑞稀が喋り難いからね」


 現実に引き戻されオドオドする瑞稀が「うん、うん」と何度も首を縦に振る。そっちの改善もまた千里の道のようであった。




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