38:帰り道の野次馬
このバカ滝井! 何勝手にヒトのことを評しているんだ!
腐れ縁だけあって付き合いは確かに長いが、それが人物像を語る理由になんかならないってのに。
しかも野次馬根性を発揮して、なんてことをしやがる。
*
駅前でテンパっている瑞稀相手に、典弘がラマーズ法まがいの方法で落ち着かせている。
ハチャメチャだが相応に効果はあるようで、過呼吸状態が徐々に収まるのはさすがだが、問題はその方法というか受けるイメージ。
この男にはレディーに対する配慮とか、周りの目というものを気にしないのだろうか?
「女の子相手なんだから、もう少し気配りをして欲しいよね」
いささか理不尽な注文を付ける守口を、滝井が「千林は〝気配りをし過ぎ〟なんですよ」と意味不明な解説をする。
「どういうこと?」
意味が分からずに首を傾げていると、続けざまに「抱きしめるなりして落ち着かせりゃ良いのに、根が真面目ちゃんだから周囲の反応とか道徳心とかで自制しちゃうんですよね」と千載一遇のチャンスなのにと親友を扱き下ろし。の注釈。
「ふ~ん。要するにヘタレなんだ」
紳士的と言えば聞こえが良いが、つまるところはビビりの根性無し。ダメダメだとばかりにバッサリと斬ると、滝井が「まあね」と肩を竦める。
「そのせめぎあいの結果が、あの中途半端なヒーリング誘導ですよ」
言外に「バカでしょう?」という呆れが見え隠れするが、滝井に「おバカ」と言われたら典弘も立つ瀬がないだろう。
「まあ努力は認められるし、姿勢も好ましいとは言えるわね」
スマートなやり方ではないが、テンパっていた瑞稀を落ち着かせたのは紛れもない事実。見え透いた下心を感じさせないのもポイント高いし、愚直ゆえに信頼を得ていっている面もあるのだろう。
見た目おバカなポーズで目立ったのは乙女的には減点モノだが、おかげで駅のホームまで尾行することもできたのだから、結果オーライというべきだろうか。
「私的にも楽しませてもらったし」
他人の何とやらは蜜の味というか、当事者になるのは勘弁だが、見ている分には不謹慎だが面白い。
隣の滝井にも「だよね」と同意を求めたら、なぜか「う~ん」と思案顔。
「見ようによっちゃイチャついているみたいで、中指立てて「爆ぜろ!」って、感じですけど……」
「心根、小っちゃ! 了見は広く持ちなさいよ!」
おバカな介抱をする友達に嫉妬してどうするの! 「良いものを見せてもらった」とか「笑わせてもらった」くらいの感想を持ちなさいと小声で滝井を注意すると、なぜか嬉しそうな表情を見せる。
ひょっとしてアブナイ後輩だった?
*
駅で待つこと暫くして、案内板のLEDが〝到着します〟点滅し、ホームに電車が滑り込んできた。
瑞稀と典弘が乗り込んだのを見届けると、滝井の腕を掴んで「ホラ、私たちも乗るわよ」と隣の車両に乗り込むと、滝井が怪訝な表情で「えっ。オレも?」と問い返す。
「いちおうオレが帰るのは、方向が逆なんですけど……」
妙に殊勝なことをほざくので「キミはバカなの?」と言ってやる。
「目の前に出羽亀のし甲斐がある美味しそうな物件があるのに、覗き見もせずにみすみす帰っちゃうの?」
「しかし……」
電車が走り出したのに妙な道徳心を持ち出して、尚も葛藤する滝井を陥落させるべく、守口は「それに……」と彼の耳元で悪魔の誘惑を囁いた。
「こういうのって、1人よりも2人でコソコソしたほうが楽しいと思わない?」
「私と瑞稀は小学校からの腐れ縁。帰る電車だって当然同じ方向なのに、敢えて違う車両に乗った理由が分かる?」
守口の投げた質問に
「
「えっ? 一緒の電車に乗るの?」
から「逆方向の電車に乗るのでは?」と怪訝な声が聞こえたが、そんな訳があるか!
「よ」
「だったら、どうして同じ車両に乗り込まないんですか?」
「決まっているでしょう」
バカなことを訊く。
「覗き見をするのが面白いからよ!」
断言する守口に合点したのか、滝井が「なるほど」とポンと手を叩く。
「ならばこっち」
滝井が引っ張ってきたのは連結部分の貫通扉前。なるほどガラス越しにふたりの様子がバッチリ見てとれる。
「いい場所ね。褒めてつかわすわ」
「過分なるお言葉」
滝井が恭しく礼をしているのをスルーして隣の車両をガン見すると、周囲の目を気にするだけあってか電車内であの恥ずかしい深呼吸をすることはなかった。
「というか、無言みたいね」
「ヘタなことを言って過呼吸もどきになるのを恐れてるんでしょう」
「消極的だけどベターな判断ね」
ヘタに騒がれて瑞稀が好奇の目に晒されるのも困りもの、とりあえずは合格としておこうか。
そうこうしてる間に電車は目的地に。駅から出てもふたりの会話が盛り上がることはない。
「あっち、こっちって。今どきスマホのナビ音声でももう少し喋るのに」
滝井が瑞稀の語彙の少なさに呆れているが、腐れ縁の守口には分かる。
「瑞稀はわりと機嫌良いわよ」
人見知りが酷くなる前だって積極的に喋るタイプではなかった。というか見目が良いから、何かにつけてウザい連中が良く絡んできていたからね。
「それが証拠に。あの子、自分の家まで連れて行ってるわよ」
「ウソっ!」
滝井が驚くのも無理もない。
いくら暴漢除けの相手とはいえ、ふつうは自宅近くの大通り辺りでエスコートを断るもの。ロクに親交がない男に自宅まで案内させるなど、年頃の女子が安易にする行為ではない。
だが瑞稀に躊躇う様子はなく、むしろ率先して案内をしているように見える。
「どうやら相当気に入ったようね」
守口の言葉を証明するかのように、一戸建て住宅の前で瑞稀が典弘に「ここ。わたしの、家だから」と告げる。
「家まで付いてきても良かったの?」
予想外の展開に驚く典弘に「大丈夫だと思った」とまで言わしめる。
これを気に入らずして何と言うか、隅から様子を伺っている滝井が「ヒュー」と口笛を鳴らす仕草をする。
「また部活で」
言いながら玄関扉に手をかける瑞稀に「はい。森小路センパイ!」と、後輩らしく元気よく後輩らしく典弘が返事をする。
「今日は送ってくれて、ありがとう」
はにかみながら家に入る瑞稀を満足そうに見送る典弘。てか、これ以上の展開はないのか?
「何、アレ? 今どき小学生でも、あんなヘタレな応対はしないわよ」
「どっちもどっちでしょう。ある意味お似合いな気がするけど?」
砂糖ぶち撒いたような甘い展開に、守口と滝井は胸焼け半分、欲求不満半分なモヤモヤした気持ちだった。
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