37:出羽亀になる5秒前

 美人なのに、とても美人なのに、ものすごい美人なのに、どうしてだろう? とてもとても残念臭が漂う、生徒会長にして演劇部副部長の守口センパイ。

 何を企てたのか僕に対して「瑞稀をちゃんとエスコートして、家まで送り届けなさい」と森小路センパイの同行役を命じてきた。

 当の本人は言うだけ言うと滝井を引き連れて雲隠れしちまったが、都合よすぎて逆に怪しい。

 というか、ゼーッタイに裏がある!

 いや、無ければおかしい。それこそ天変地異モノだ。


 だって、このひと、あからさまに享楽主義者なんだもの!



   *



 何というか、もどかしくて、じれったい! 

 瑞稀が極度の人見知りでコミュ障気味なのは分かっていたが、ここまでバッチリお膳立てをしたのにこの体たらくか?

 守口は親友の見事なまでのポンコツぶりに歯噛みした。

 いや別に、瑞稀がこの後輩クンと恋仲になるとなんか思っていない。というか、まともに話ができないのに、異性との恋愛なんてハードルが高すぎる、精々がふつうに会話のできる相手を作るってところだろう。

 見た目が可もなく不可もなくのフツメンで思慮ができそうな子だから、リハビリがてらの話し相手には良さそうだと思ったのだが、当の瑞稀がフリーズしてしまい会話どころか歩くことすらできていない。

 これでは練習台に残した意味がないではないか! 


「ていうか。声をかけられただけで、あそこまでパニくる?」


「ごく普通に話しかけただけなのに。さすがにアレだと、会話が成立する余地がないですよね」


「そうなのよ。こんな状態だと覗き見をしても、ちっとも楽しくないわ」


「ですよねーっ。デバガメの醍醐味は、見ていて恥ずかしくなりそうなラブコメを、お腹いっぱいに堪能するところですから」


 守口のボヤキに絶妙な合の手。

 ついつい「そうなのよ、そうなのよ! よーく分かっているじゃない」と返してから、声の主が襟首を摘まんだ後輩の滝井だと気付く。


「あら、ゴメンね。野暮天はダメだと思って、引っ張ってきたままだったわ」


「襟首掴まれなくても、場の空気くらいは読めますけど」


「だから、ホントにゴメンね」


 口先で謝罪の言葉を述べながら、守口は襟首から手を放して滝井を開放してやる。

 首根っこを掴まれていたのをアピールするように苦し気に肩を激しく上下するが、目元はだらしなくやに下がり口角が上がっているので、先刻のクレームは自己アピールのポーズだと分かる。


「なるほど。ホントに空気が読める子ね」


「お褒めに預かり光栄です」


「空気が読める子なのに、激昂して襟首なんか掴んで悪かったわ」


「いやー。アレはアレでご褒美なので」


「前言撤回。そこで大人しくしてなさい!」


 いい加減にしろとデコピンをかました。

 調子にのるとつけあがる。

 しかしこのレスポンス、嫌いではないわ。守口は打てば響く滝井との丁々発止を楽しんでいた。


「ところで、アレは何をしているの?」


 見れば典弘が両手を広げて肩を大きく上下させている。

 どう見ても駅の構内でやるような仕草ではなく、訝りながら首を傾げる守口に「ありゃ、深呼吸ですよね」と滝井が耳打ち。


「恐らく、テンパっているのを落ち着かせようとしているのでしょう。スマートじゃないけど、精神安定に効果があるから」


 滝井の説明に守口も「確かにね」と答える。

 大きくゆっくり深呼吸をして息を整えるのが、パニくった精神の安定にはいちばん手っ取り早いし効果的だろう。

 ただ……


「ヒーリング効果があるのは理解するけど、正直アレはないわね」


 思わず「ラジオ体操か!」とツッコミを入れたくなる。

 1回2回するのならユーモラスで微笑ましいと好意的な解釈もしてあげれるが、5回6回も続けられると「ちょっと、これは……」となってしまう。律儀に付き合う瑞稀も「なんだかなー」と思うが、もう少しスマートなヒーリング方法を採ることができないのか?

 

「確かにスマートじゃないですね」


 隣の滝井も典弘の深呼吸を低評価。当然よねと頷いたらさに非ず。


「いっそのことラジオ体操でもすればいいのに」


「何故そこでボケに突っ走る!」


 この、ドアホが!

 おバカな発言をする滝井に拳骨を落とすが、当の本人はめげる気配が微塵もない。


「いや、だって。さすがにラジオ体操でもしたら異様さに気付くだろうけど、深呼吸程度じゃテンパって周りが見えない森小路センパイだと気付かないでしょう?」


 意外にキッチリした考えに「なるほど」と頷く。

 確かにアワアワした状態の瑞稀に周りを見渡すことなど不可能で、典弘に言われるがままにヒーリング行為を行っているに過ぎない。


「瑞稀はスレてないし素直だからね。だから年下の意見にでも素直に従う、それこそ何の疑念も持たずにね」


 世間的には〝天然〟という評価になるのだろう、良く言えば恐ろしいほどに純真で素直なのだ。


「だからもう少し気配りしてもらわないと困るのよね」

 

 いささか理不尽な注文を付けると、滝井が「千林は〝気配りをし過ぎ〟なんですよ」と意味不明なことを言う。


「どういうこと?」


 訊くと「アイツ、森小路センパイに一目ぼれしてますからね」と不格好にウインク。


「瑞稀に下心あるのは他の新入部員も一緒でしょう?」


 滝井も反論する気はないようで「もちろん、そうですけどね」と言ったうえで「ただね」と話を続ける。


「千林が中途半端に常識的だから、あんな真似しかできないんですよ」


「???」


 ますますもって訳が分からない。守口はひたすら首を傾げるだけだった。

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