36:謀略でエスコート
まさか守口センパイから、ストーカーの公認発言が出ようとは!
森小路センパイをエスコートして家まで送り届ける。つまりは、堂々とストーカーをしろだよ!
えっ、違うの?
でも森小路センパイも〝同じように受け取った〟ようですよ。問題発言にココロの許容量をオーバーしたのか、しっかりフリーズしちゃってるけど?
*
JPEG写真のように固まった状態から待つこと約3分。カップ麺が出来あがる頃になって、ようやく瑞稀がフリーズから再起動した。
とはいえ、守口の提案が意表を衝くどころか、キャパを超えるほど衝撃的過ぎたようであり。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
再起動はするにはしたが、相変わらず意味不明の奇声を発しており、脳の処理が再開していないのか動きはぎこちない。
「わ、わ、わ、わ、わ……」
〝あああ〟の次は〝わわわ〟の奇声。しかもこうカクカク動いているのでは、ふつうに話をすることもままならない。
「ありゃりゃ。この箱入りには刺激が強すぎたかしら?」
元凶の守口が肩を竦めて〝ダメだ、こりゃ〟のポーズを取るが、典弘にしたら〝イヤイヤ、お前が言うな〟と抗議したいところだが相手が悪すぎる。
こうなってはしかたがない。
「とりあえずセンパイ、落ち着いてください。まずはゆっくりと深呼吸でもしましょう」
典弘は瑞稀に向かい合うと、肩を上下させて「スーハー、スーハー」と、ラマーズ法でも実践するかのように深呼吸を促した。
「こ、こう? スーハー、スーハー」
根が素直なのか瑞稀も典弘に倣って、ぎこちないながらも深呼吸を始める。
「そうです。大きく息を吸って、ゆっくりと吐く」
「スーハー、スーハー」
「もう一度スーハー、スーハー」
「スーハー、スーハー」
何度か繰り返していると、過呼吸のような症状が消え瑞稀の呼吸が安定してきた。
「落ち着きましたか?」
様子を尋ねるとコクンと頷いたので、これでやっとスタートラインに立った辺り。
「守口センパ……」
振り向いた先はもぬけの殻。守口だけでなく滝井までもが立ち去っており、駅前にいるのは典弘と瑞稀の二人きり。
やられた……
まんまと策に嵌められた格好だが、これを瑞稀に知られたら、せっかく落ち着いたところなのに、またパニックに陥るやも知れない。
とにかく怖がらせてはダメだと、飼ったばかりのウサギを世話するように「それじゃあ」と慎重に声をかける。
「守口センパイの言う通りにするのは癪だけど、駅でボケっとするのもなんだから帰りましょうか?」
「は、はい」
必死の形相で答えたので、了承と捉えて付かず離れずの距離を保ちつつホームに向かう。
……のは、良いのだが……
「き、気まずい!」
歩き始めて3分と経たず、誰に聞かせることなく心の中で典弘は天を仰いだ。
何せ会話ができないのだ。
瑞稀は極度の人見知りゆえに、自身から話しかけることなどまず不可能。
つまるところ典弘から話しかけねばならないのだが、これが意外にハードルが高い。
「あの……」
「ひゃ、ひゃい!」
といった具合に、ひと言声をかけただけで瑞稀がテンパって過呼吸もどきに陥ってしまうのだ。
その度に「深呼吸しましょう。スーハー、スーハー」などとやっていては会話など成立しよう筈もない。
そうこうする間に電車がやってきて車内に乗り込んでしまうと、密集度が高まりますます会話がし辛くなった。
迂闊に話しかけてテンパられたら目も当てられない。
ヘタすりゃチカンの容疑をかけられて、国家権力のお世話になる可能性まで出てくるのだ。躊躇もしようというものだ。
きっかけを摑めぬまま5分、10分。自宅近傍の駅で下車しても未だ会話らしい会話がなし。出来たのは「家の方向ってどっちですか?」という家に送る目的上必要な会話だけ。これではコミュニケーションが取れたとは言い難い。
「あっち」
「こっち」
言われるままに付いていくこと15分。閑静な住宅街の一角、そのに建つ一戸建て住宅の前に着いたところで瑞稀の足が止まった。
「ここ。わたしの、家だから」
「なるほど、って! 家まで付いてきても良かったの?」
個人情報的にすぐ近くまで送ったら退散するつもりだったのに、喜んでいいのか悪いのか瑞稀に「大丈夫だと思った」とまで言われてしまった。
信用されたのは素直に喜ばしいのだが、人畜無害と思われるのは果たして良いことなのだろうか? 微妙に引っ掛かる疑問に思案するより早く「また、部活で」と言って瑞希が玄関扉に手をかける。
「はい。森小路センパイ!」
後輩らしく典弘が返事をすると「今日は送ってくれて、ありがとう」と瑞稀がペコリと頭を下げて玄関の扉を閉めた。
*
その路地の奥で。
「何、アレ? 今どき小学生でも、あんなヘタレな応対はしないわよ」
「どっちもどっちでしょう。ある意味お似合いな気がするけど?」
という呆れ声を交わす野次馬の影があった。
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