35:罠に嵌った典弘


 守口センパイの口角が持ち上がり「ふふ」と意味深な笑みを浮かべる。

 その横には悪徳商人ヨロシク越後屋ならぬおバカの滝井が、耳打ちしながら意見具申というか悪だくみの吹き込み。


「なるほどね。それは面白そうだわ」


 ややあってニンマリとした笑みを浮かべる守口センパイのイイ顔を見て僕は確信する。

 これはゼッタイにロクなことを吹き込んでいないなと。

 そして滝井。

 守口センパイにロクでもないことを吹き込みやがって、オマエはくたばっちまえ!



   *



 滝井の意見具申というかロクでもない提案に興味を示したようで、耳打ちが進むにつれて守口の口角がどんどんと上がっていく。


「イイわね。それはグッドアイデアよ」


 どんどん好笑を崩して破顔となっていく守口に「それ。絶対にダメな奴だろう!」と心の中で典弘はダメ出しをするが、哀しいかな生徒会長も務める才女を相手に1年坊主が意見などできるはずもない。

 そんな葛藤を知ってか知らずか「ふふふ」と滝井からロクでもないことを吹き込まれ、見るからに悪人顔で笑みを浮かべる守口に、典弘のみならず瑞稀までもが得も言われぬ恐怖を感じて1歩後ずさる。

 当然だ。

 トラブルメーカーが最凶の相手に入れ知恵をしたのだ。

 できることなら尻尾を撒いて逃げ出したいと思うのは、真っ当な人間なら当然ある危機管理意識と生存本能。

 それをビビっていると受け取ったのだろう。


「もう、やーねー」


 あからさまな警戒を大げさだとばかりに、守口が掌をひらひら泳がせながら「別に取って食う訳じゃないのに」と唇を尖らせるが、それで安心できるほど典弘も瑞稀も純朴ではいられない。当然さらに1歩後ずさりながら守口の出かたを伺う。


「もう。それだと、まるで私が悪者じゃない」


 唇を尖らせて抗議するが、瑞稀は躊躇い無しに「うん」と頷く。


「浩子ちゃんがニタニタするときはゼッタイに悪いことを企んでいる」


 付き合いの長い瑞稀が決めつけると「その短慮は止めなさい」と守口が窘める。


「瑞稀にも関わる大事なことなんだから」


「だから、怖い」


「そんなことないわよ」


「その話、本当ですか?」


「もちろん」


 即答した上、なおも猜疑心が拭えない典弘に「むしろキミにとってご褒美かもよ」と守口がウインクするが、なぜかスピーカーから〝ばさあー〟と音が出てくるようなあざとさ感が満載。


「う、胡散くさい」


 訝る典弘に不満なのか「えーっ。むしろキューピットなのにー」と守口が拗ねる。

 ますます胡散くさいと穿っていると「千林クンにお願いがあります」と、急に真顔になって頼みごとをしてくる。


「瑞稀を紳士的にエスコートして、彼女をちゃんと家まで送り届けなさいね」


「はいーっ?」


 なんと〝ナイト宜しく瑞稀の自宅まで同行せよ〟という、とてつもない爆弾を落としてきたのだ。 

 斜め上なムチャ振りに驚かずにはいられないが、それよりも何よりも一瞬呆けた典弘より先、半ばコミュ障である瑞稀が人見知りも何のその「えええっっ!」と盛大に大声をあげたのである。

 当然、見逃すような守口じゃない。


「なーに、瑞稀。そんな大声を出すほど嬉しかった?」


 引きつった表情が面白いのか、ニマニマしながら瑞稀に訊いてくる。

 恋愛トークにもならないレベルの、ちょっとしてからかいネタ。ふつうならこの手の冗談に対して「バカなこと言って」と撥ね退けるか「そうよ」と居直って適当に躱すのがセオリ-だろう。

 しかし瑞稀は恋愛ビッチどころか対人ビッチ。


「そ、そ、そ、そ、そ、そ……」


 またもやデーターの壊れたMP3プレーヤーのように、バグっているのか同じセリフを繰り返すのみ。顔が赤くなる以前に守口の放ったエスコートのセリフに反応してテンパってしまい、その場で固まっていたのであった。


「瑞稀、おーい?」


 眼前で手を振っても反応なし。

 心ここに非ずではなく、心がストライキを起こして行動をサポタージュしているような雰囲気。有体にいえばフリーズしているのと何ら変わりがない。


「ダメだ、こりゃ」


 コミュ障の取り扱いを早々に諦めると、典弘に「そんな訳で!」と、どんな訳なのか明かさぬまま指をピシリと突き付ける。


「こんな風にすぐ固まっちゃう危険物だから、千林クンは細心の注意を払ってコレを取り扱うように。以上!」


 親友をディスり、言いたい放題まくし立てると「それじゃ、また明日」と、守口が滝井の首根っこを摘まんで立ち去ろうとする。


「えっ。ちょっと!」


 慌てて呼び止めると、守口が振り返り「ガンバ」とⅤサイン。ついでに襟首を守口に捕まれている滝井も「ガンバ」とⅤサイン。


「オマエに勇気づけられる謂われはねー!」


 滝井に向かって怒鳴っていると「じゃーねー」と守口が長い髪を翻して反対側のホームに消えていった。

 なお滝井の描写は見苦しいので省略する。


「投げっぱかよ」


 残ったのはフリーズしたコミュ障センパイと己のみ。

 となると、やることはひとつしかない。

 典弘は瑞稀がフリーズから解凍するのを待つことにした。


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