32:RUN FOR KILL?
生徒会長(←敢えてこう言おう)の理不尽かつ強引な命令で、ただ今絶賛ランニング中の僕たち演劇部1年生。
といいつつ、実際にはジョギングよりちょっと早い程度で、馬術で言えば速足と駈足の間くらい。10周のノルマなら1時間ちょっとも走れば十分に達成できるだろう。
準備運動としては「そんなものかな」と思うけど……えっ、違うの?
*
「おーい、典弘」
緩めのクオーターマラソンみたいな感じでグラウンドの隅を走っていると、同じピッチで真横を走る滝井が能天気な口調で声をかけてきた。
「眠いぞ」
「いや、寝るなよ!」
走りながら寝るなんてバカの所業だ。いや、コイツはバカだから、あるいは本当にやりかねない。
「緊迫感の欠片もない緩い走りなうえ、距離が中途半端で景色は単調なのは分かるけど、ここで寝たら守口センパイから軽蔑されるぞ」
典弘の指摘に「それは困る!」と急に真顔。真剣な面持ちで「顔はキリリ、ペースはダラダラ」とかほざいて、訳が分からない走りを実践する。
間違った方向に才能を遺憾なく発揮しながら「それはそうと、ちょっと訊きたいのだけれど?」と今度は後ろのほうに視線を遣る。
誘われるように典弘も後方に目をやると、2人と同じく新入部員の皆さまがグラウンドを駆けている。の、だが……
「後ろの連中の走り。アレって、演技なのか?」
これまた走りながら、滝井が器用に首を傾げるに「違うだろう」と即答。見れば分かる、アレが連中の精一杯だ。
とはいえ滝井がそう思うのも無理もない。
まだ2周目に入ったばかりだというのに、後方のみなさんは既に疲労困憊で青色吐息なご様子。走りのピッチが遅くなるのは当然だとばかりに、顎が上がって「ヒーヒー」の悲鳴とともに足がもつれて右に左にヨロヨロと、普段どれだけ運動不足なんだ? とツッコミたいほど。
ラスト1~2周ならばともかく走り出し早々からこれでは、完走どころか次の周からリタイヤするメンツがいるかも知れない。
「そっち系の人間だからと色眼鏡で語る気はないけどさ。少なくともアイツ等は、もっと外に出て身体を動かすべきだろうな」
運動神経のあまりの低さに「いかにもなステレオタイプだな」と滝井が呆れる。
とはいえ見た目の特徴であるとか、走るのが遅いとか苦手なことをネタにを揶揄するのは良くないだろう。
「人には得手不得手があるからな」
欠点をあげつらうなよと窘めると「色眼鏡はかけていないぞ」とディスっていないと断言。
「苦手なものに果敢に挑む、その意気や良し! と言いたいところだけど、下衆な下心だけで突っ走っているから、これっぽっちの試練で心が折れかけいるんだよな」
そのうえで1周走っただけで目が虚ろになって死んでいると指摘をするが、それはそれで滝井には特大ブーメラン。
「守口センパイとお近づきになりたい動機で入部した、滝井がどの口で言うか?」
典弘に動機を晒されて、滝井が「この口」と開き直る。
「というか、千林も五十歩百歩だろう?」
「違いない」
入部の動機は瑞稀とお近づきになりたいから。動機だけなら他の部員と同じ、下心満載な理由である。
違いがあるとすれば、滝井ほどではないにせよ、典弘もそれなりには体を鍛えてあったこと。ジョギングレベルの流す程度の速さだから、滝井に置いて行かれることもなく駄弁りながらも順調に周回を重ねていく。
一方。残りの連中はというと、ふたりに引き離されること甚だしく、3周を待たずして周回遅れが発生するありさま。
というか、典弘と滝井が完走した時点で半分消化したものがひとりもいない体たらく。
「もっとピッチを上げないと、下校時間までに走り切れないわよ」
下校時間まで15分を切ったからと守口が発破をかけるが、いかんせん亀より遅い歩みはどう足掻いてもウサギにはなりはしない。
どうにかこうにかラストの部員がグラウンド五周を走り切った時には、まさかの下校時間を20分の超過。
部室に戻れば守衛にセキュリティーをかけるから早々に退去してくれと要請されるありさまだった。
「これで分かったでしょう」
結局、ディブリーフィングは校門の外で行うという間抜けさ。それでも守衛さんの温情で、5分間ほど施錠を待ったもらえたおかげで、どうにか体操着から着替えれただけマシなのかも知れない。
「完走したふたりは別として、この体たらくでは基礎体力もままならない。これから、もっと鍛えてもらわないとダメね」
腰に手を当てて生ける屍と化した新入部員に容赦ないダメだしを浴びせかける。
守口の煽りで刺すような視線を向けられるが事実は強し。
典弘はグラウンド10周を完走して除外だし、体力バカの滝井も楽勝で完走。付き合いで一緒に走った土居も完走しているので、誰も言い返せないでいる。
「演劇部といえども最低限の体力は必要なんだから、当分は基礎体力作りだと覚悟してなさい」
地べたに死屍累々と横たわる新入部員たちに向かって、守口が毅然と言い放ったのであった。
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