33:部活終って…

どうにかこうにか、初日の部活が終了した。

 活動内容はグラウンドを走っただけ、文面だけだと体育会系の部活動そのものだよな。

 でも実際にはガチな走り込みなど全くない緩々のランニングで、僕や滝井からしたらウォーキングをホンのちょっとハードにしたようなモノ。

 それすらも嫌がって部活ボイコットをする橋本なんて奴が出たんだから、どんだけなんだよって呆れること呆れること。

 

 はてさて。この先どうなることやら。

 


   *



「慣れないランニングをして疲れているのかも知れないけど、いつまでも門の前でへたばって潰れていたら体裁が悪いからね。帰り支度のできた者から順次帰宅をして頂戴」


 校門前で疲労困憊で屍となっている新入部員たちに、守口が帰宅時間が過ぎているので早く帰れと煽り立てる。

 しかし発破をかけても脚どころか全身にまで根が生えてしまったのか、その場でへたり込んだまま誰も彼もが動こうとしない。

 もはや喋る気力もないのか、しゃがみ込んだまま「うー」と唸るだけ。彼らの回復を待っていたら下校時間が何時になるのか分かりそうにないというあり様であった。

 この惨状が当分続きそうだと感じたのか、守口が眉間に拳を当てながら「しかたないわね」とため息をつく。


「瑞稀をこのままにはしておけないから、悪いけど先に連れて帰るわ」


 脚の悪い瑞稀の体調を慮ると、一足先に帰宅すると宣言。


「土居クン。悪いけれど1年連中が無事に帰るまで、ここに残ってくれない?」


 上級生全員が先に帰るのはマズイと判断したのか、土居に全員が帰宅の途につくまで居残って欲しいと要請。


「えーっ!」


 寝耳に水なのか、土居がブーイング。しかし、それも一瞬の事。


「ヤダとと言いたいところだけど、この状態だとしかたがないか」


 死屍累々な新入部員を前にすると、居残りもやむ得ないと肩を竦めたのである。なんだかんだ言ってもこのイケメン、マメで面倒見が良いのだ。

 護役を引き受けたうえで「女の子ふたりだけで帰宅するのも、それはそれで物騒じゃない?」と、女子ふたりの安全も危惧するが「それなら大丈夫」と守口が自信満々に答える。


「ここに足腰のちゃんとしたヤツがいるから」


 そう言ってヒョイと襟を引っ張ったのは、10キロ走って息ひとつ乱れてない滝井と典弘。

 体力バカの滝井はさも当然と言った面持ちだったが、守口に首根っこを掴まれた典弘は不覚にも「僕ーっ!」と素っ頓狂な声をあげてしまった。


「他に誰がいるのよ? みんな、へたり込んでいるじゃない」


 さも当然と言った論理に、典弘もぐるりと辺りを見回して「そう言われたら」と納得すると、守口が「結構」と鷹揚に頷く。


「だからキミたちは、私と瑞稀のボディーガードに駅まで同道するの」


 上から目線の命令に真っ先に食い付いたのは、守口がタイプと言って憚らない滝井。


「その大役。謹んでお受けいたします」


 胸に手を当てて滝井が恭しくお辞儀をするが、18金メッキより薄いチャラ男が礼をしても重みが欠片もない。それどころか守口の横にいた瑞稀が「ひっ!」と小さく悲鳴をあげて、表情筋が一瞬ビクついたのである。


「もう。滝井クンのリアクションに瑞稀が怖がっちゃったじゃない」


「ええーっ! 何故に?」


 何もしていないのにとボヤく滝井に、守口が「そんなスグ傍でヘンなポーズをとるからよ」と指摘。


「それだけあのコが繊細なのよ。だからそこのキミ、瑞稀のガードをキッチリするのよ」


「指名されてキミ扱い?」


 名前すら呼ばれぬことに不満を漏らす典弘に、守口が意味深にニタリと笑みを浮かべ「名前を覚えてもらいたのはアッチの方でしょう?」と顎で瑞稀を指す。


「いえ、僕は……」


「瑞稀に興味あるわよね?」


 当人の前での羞恥プレーはどうかと思うが、ここで躊躇っても意味はない。オウム返しの速さで「はい」と答える。


 素直な典弘の答えに満足したのか「OK。素直な子は得よ」と言うと守口が瑞希の先導兼護り役に典弘を指名した。


 もちろん典弘にはこれ以上ないご褒美、否などあろう筈はない。


「分かりました!」


 間髪入れずにふたつ返事で引き受けると、そのまま瑞稀のほうに向き直り「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 と、返事する声に勢いがあり過ぎたのか、それとも正面を向いたことで威圧感があったのか、瑞稀がまたもや驚きのあまり「ヒッ!」と声を裏返してビクついた。


「ひゃ、ひゃい。こ、こひらこそ」


 アワアワしているので声が上擦り、呂律が回らぬままに返事するも、何を言っているのかさっぱり。

 呆れた守口から「瑞稀アンタ、ビビり過ぎよ」と窘められるのも当然か。

 しかし瑞稀の人見知りは筋金入り。


「そんなこと言っても、男の人と一緒だと緊張するし……」


 反論ですら蚊の鳴くような小声であり、あまりのチキンぶりに業を煮やした守口が「ハリーアップ! つべこべ言わずに帰るわよ!」と帰宅を促すべく、モタモタする瑞稀を煽るのであった。


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