29:ドロップアウトボーイ

 たかだか10キロのランニング。てか、軽く流す程度だからジョギングだよな。

 体力づくりだからふつうだと思うのだけど、文句を付ける輩がイロイロおりまして。

 その中にさらに急先鋒なヤツが……困ったね。



   *



 顔を真っ赤にしてヒステリックにギャンギャン喚く橋本に業を煮やしたのか、守口が「理由を教えてあげる」と小さく牙を剥きながら1歩ずいっと前に出る。

 直後。


「私から質問~ん」


 茶目っ気たっぷりに人差し指を差し出して全員をずっこけさせたのは、やはり伝統芸というかお約束なのだろう。


「改めて確認をするけど。アンタたちは全員、演劇未経験者。それで間違いないわね?」


 気を取り直すべく、咳払いをして訊いた質問は先日と同じなので、橋本も含めて全員が異を唱えずに素直に頷く。

 予想通りの返事に守口も「OK。OK」と昭和世代のオッサンのようにベタに頷くと「で、ここからが本題」とまたもや咳払い。


「では、再度改めて訊くわよ。この中で演劇部が文科系クラブだと思っている者は挙手してくれるかな?」


 意外な質問に守口の真意が読めず、典弘と滝井はお互いの顔を見合わすが、他の連中は迷うことなく一斉に手を挙げる。


「……なるほど」


 挙手の結果を見て、守口が得心するように頷くと「どうやらアンタたちは、重大なカン違いをしているようね」と、爆弾とも思えるような発言を投下した。


「私は特撮ヒーローが好きで、デパートの屋上などで催しているヒーローショーをよく観に行くのだけれど。ヒーローいわずもがな、怪人や戦闘員たちもショーの最中、舞台を所狭しと走り回っているわよ」


 更には、まさかのカミングアウト。

 この大きなお姉さんはチビっ子たちに交じって、正義のヒーローに向かって声の限りに声援を送っているのだと堂々と公言した。

 そっち系だと思われる新入部員が驚く中、滝井が「素晴らしい!」て何が? という意味不明なことを口走っていたが、それはさておき。


「デパートで演っているヒーローショーが、お芝居でないとキミは断じれるの?」


 自信満々に尋ねるられると「いや……それは……違うとは、言いませんけど……」とさっきまでの高圧的な口調は鳴りを潜め、橋本の口調が一気にしどろもどろになった。

 それを聞いた守口が「そうよね」と満足げに頷くと、こめかみに指を当てながらニヤリと不敵に嗤う。


「私がこの種のショーをよく観ているのはダテではないわよ。それが証拠に、橋本クン。キミは先々週の日曜日、駅前プラザでやっていた『超人戦隊ミラクル5VSキャッチミハート・キュアヒロインズ』を最前列で観ていたでしょう」


 疑問形ではなく断言。同じヒーローショーを観ていたと指摘されて、橋本が明らかに動揺する。

 のみならず、他の連中の顔色もみるみる悪化していく。


「趣味にケチをつけるつもりはないけど……ステレオタイプ過ぎるだろう」


見た目で判断すべてではないだろうが、新入部員の半分は、いかにもといった雰囲気を醸している。

小柄で脚にハンディのある瑞稀をフィギュアか何かだと思ったのか、動機は他人ことを言えないが、考えが甘いというか幼稚過ぎる。


「キミの名誉もあるだろうから、それ以上のことは口にしないわ」


「そうか……守口センパイ、特撮に興味あるのか……」


顔を見合わせたけど、滝井の思考は全然別。


「いや、意外な趣味だとは思うけど、今その話じゃないよな」


 話題が脱線したことを指摘すると、何故か心底残念そうな顔をする。


「で、でも。それは一部の話だけで、大部分の芝居は駆け回ったりしないはず。それとも、この演劇部はヒーローショーを演ずるとでも?」


 ヒーローショーで言質を取ったとばかりに、橋本がことさらに強調して問い返す。


「まさか」


 瑞稀が即座に否定するが、唯我独尊の守口の返事は「それも有りか」と肯定的かつ前向き。


「あるんだ」


「話がややこしくなるから、滝井はツッコむな」


 滝井が絡むと話の論点がどんどんずれていく。

 典弘が釘を際しいる間にも、守口が橋本をどんどんと追い詰める。 


「ま。演し物を何にするかは別として、キミはちゃんと声を出せるの?」


 平静を装いつつも侮蔑を込めたような口調で問いかけと、流れをぶった切るような守口の質問に、さっきまでケンカ腰だった橋本が素に戻って「へっ?」と訝った。


「何を訊くかと思ったら……今もずっと大声で喋っているだろう? それで答えになっているじゃねーのか!」


 つまらないことを訊くな! と荒ぶる橋本に守口が「なってないから訊いてるのに……」と呆れながら首を横に振る。


「口が悪いのはよーく分かったけど、それは普通の喋り言葉よね。演劇……中でも舞台の発声ってのは、ふつうの喋りとは全くの別物よ。果たしてアナタに、それが出来るのかしら?」


 挑発的に守口が尋ねると、上辺だけは知っているのか「デカい声で大仰に喋るだけだろうが!」との反論。


「そうかな?」


「違うと思うけど」


 野次馬よろしく小声で否定する典弘と滝井を余所に、守口が「なるほどねぇ」と口角を上げながら剥いた牙を輝かす。


「そこまで言うのなら、実際に声を出してみてよ」

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