28:方便 詭弁 基礎連
部活開始早々。
何の前触れもなく、守口センパイが唐突に「新入部員のみんなには、グラウンドをランニングしてもらうわね」と、ぶち上げた。
曰く「体力作りの一環」だそうだけど、本当にそれだけなんだろうか?
このヒトのキャラだと、そこはかとなく陰謀の香りがするんだよなあ。
*
「新入部員のみんなには体力作りをしてもらいたいから、先ずはグラウンドをランニングしてもらうわね」
守口の唐突なランニング命令に、1年生の連中から「横暴だ!」とブーイングが飛ぶ。
運動部がする基礎練習のような展開は、どうやら守口が独断で企画した模様。
それが証拠に部長の瑞稀が「知らなかった」とばかりに目を大きく見開いて驚いているし、同じ3年生の土居にしても「しょうがないなぁ」とでも言いたそうに苦笑しながら肩を竦めている。
実際に走る羽目に陥る1年生の心証がどうかは推して知るべし。
「え~っ!」
ブーイングなど序の口。
「冗談だろう」「文化部なのにどうして?」「勘弁しろよ」etc、etc
出るわ、出るわ。不満たらたら、愚痴もたらたら。罵詈雑言はさすがにないが、不平不満の語彙ってこんなにあるんだと言うほどに。
当然のことながら、守口への印象は、これ以上ない程すこぶる悪い。
そんな中。空気を読まない、お調子者が約1名。
「質問~ん! ハイ、ハイ、ハイ!」
ただひとり滝井だけが、右手を高々と掲げると、守口へ猛烈なアピールを開始したのであった。
「えっと。滝井クン……だったよね?」
「ハイ! 覚えていてくれて光栄です!」
記憶に残してくれていて嬉しいと、狂喜乱舞する滝井に少し引きながらも「それで質問て、何かな?」と守口が質問の内容を訊く。
「ランニングですけど。距離はどのくらい走るんです?」
滝井の前向き発言に、典弘を除く新入部員たちが一斉に「おい!」と滝井を睨みつける。
目力強く「余計なことを言うんじゃない!」と、言葉にこそ出していないが、怨嗟に満ちた視線からも恨みを買っていることは間違いない。
無理もない。どいつもこいつもスポーツとは縁遠そうな雰囲気からも一目瞭然。目の前に瑞稀や守口がいなかったら、確実に闇討ちで報復に遭っていたであろう。
そして空気を読まない御仁がもうひとり。言わずと知れた生徒会長の守口である。
「運動部の邪魔は出来ないから、流すような感じでグラウンドの隅をぐるりと10周。ってところ?」
可愛らしく「う~ん、そうね」なんて小首を傾げるが、見た目が悪の女幹部。ムダに敷地の広い三条学園でグラウンドの隅ともなると、10周も走ればその距離はクオーターマラソンにも匹敵する。
当然ながら「えー!」と再度盛大なブーイングが沸き起こる。
さもありなん。
新入部員の大半は脂肪に恵まれ過ぎてふくよかであるか、逆に筋肉が些少ゆえに過剰にスリムであるかの両極端。
はっきりといえば典弘と滝井を除いたら、走りとは無縁な如何にもインドアライフとお友達な、デブとガリばかりの集団なのだ。
そんな連中を相手に「あら。走る距離が短かったかしら?」と守口が挑発的に訊くのだから、軋轢が起こらない訳がない。
案の定「んな訳ねーだろ!」と、新入部員の1人がキレた。
「グラウンドの隅を10周なんて横暴だし、ムチャクチャだ!」
確か橋本と名乗っていただろうか? 新入部員の中でも最もふくよかな体型をしたヤツが、顔を真っ赤に染めながら真っ先に抗議してきた。
「運動部ならいざ知らず、ここは演劇部だろう? 芝居をするのにランニングが必要な理由がどこにある!」
拳を握り締め憤怒の形相で訴えると、典弘と滝井を除く新入部員たちも釣られるように「そうだ、そうだ!」と同調する。
「俺たちは芝居をするために演劇部に入ったのであって、断じて走ったりするようなスポーツをするためじゃない!」
声高に主張する橋本の姿を横目に見ながら、滝井が「見苦しいね」とボソッと呟いた。
「たかだか10キロちょっと走るだけじゃないか。それも軽く流すって言っているんだから、鼻歌交じりで楽勝だろう」
「いや、ふつうはシンドイだろう」
「そこ、静かにしようね」
土居の注意が入ったのでヒソヒソ話は中断。
その間も睨み合いは続いていたようで「言いたいことは、それだけ?」と守口が最後通牒のように橋本に訊き返す。
「私は何をするにしても、先ずは体力があってこそと言ったんだけどな?」
挑発的な突き付け方が癇に障ったのか橋本も「だ~か~ら~」と半ばケンカ腰。
「何故、演劇部に体力づくりが必要なんだよ? 運動部じゃあるまいし、グラウンドの隅を10周も回るバカが何処にいる! そもそも、ランニングをする必然性が、全くもって理解できないんだけど」
敬語も何もかなぐり捨てて、頑なに「演劇部でランニングはおかしい」を主張して、断固として走ることを拒否する。
ここまでくると主張というより難癖。正直見ていて美しくないし鬱陶しい。
「ランニングくらいで意固地にならなくても良いじゃんか」
不毛な押し問答はゴメンだ割って入る典弘を、お気に召さない橋本が言葉荒げに「黙れ!」と拒絶。
「10キロものランニングを〝くらい〟とは何だ! オレたちが入ったのは陸上部でもサッカー部でもなく演劇部だ。違うか?」
口汚くケンカ腰で訊くので、憮然としつつも「そうだ」と答える。
「ならオマエでも、守口センパイが生徒会長の立場を笠に着て、無理難題を要求していることくらい分かるだろう」
「芝居と運動の因果関係はオレにも良く分からないけど、ゆっくりで良いのなら、走る距離はそれほど無茶苦茶でもないと思うけどな」
「そんな訳があるか!」
顔を真っ赤に紅潮させてなおも反論しようとする橋本にしびれを切らせたのか、守口が選手交代とばかりに典弘の肩を叩くと「代弁してくれてありがとう。後は任せて」と後ろに下がらせる。
「何故ランニングなのか? それを今から教えてあげるわ」
ずいっと1歩、前に出ながら守口が小さく牙を剥いたのであった。
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