26:演劇部 始動!

 野球やサッカーみたいな運動部だと、最初は「基礎連」と称して走り込みやったり柔軟運動をしたりするよね? 

 文科系でも吹奏楽部なんかも体力勝負だから、最初は運動部まがいなことするって聞いたことがある。真偽のほどは不明だけど。

 それはそれとして……

 演劇部は芝居の稽古以外では、いったい何をするのだろう?



   *  



 午後の陽ざしに新緑が眩しい、放課後のグラウンド。

 運動部がそれぞれの練習で汗を流す隅っこを、周囲から明らかに浮いた存在を放ちながら、ぞろぞろと歩く体操着姿の集団があった。

 デブだったり痩せぎすだったりと、およそ健康から見放された面々。さらには見るからにインドア志向で、スポーツのスの字も似合わない面々。

 中には例外もいるにはいるが、集団の多くがそんな雰囲気を纏う陰キャの集まり。

 言わずと知れた演劇部の新入部員たちである。


「部活2回目にして体操着を着用のうえグラウンドに集合って、いったい何をやらすんだろうね?」


 行列の先頭。

 面々の中では少数派に属す〝ふつう枠〟の典弘が戸惑いを口にする。

 建前だけは積極さを見せつつも、歩みはむしろドナドナ。何せ体操服着用の理由すら知らされていないのだ。

 ただ昨夜。演劇部のグループチャットに、守口から部活の開始と服装指定のメッセージが書き込まれたのである。

 曰く『明日から演劇部は本格始動開始! 手始めにチョットしたイベントをするから、乞うご期待!』という人を食ったような書き方と内容。

 煽るような文章は目的というか趣旨が分からず、いたずらに不安を駆り立てる。 


「こちとら演劇素人なんだから、せめて「何をするのか?」くらいは教えろよ!」


 何をさせたいのか意図が分からず戸惑いを隠せない典弘に、滝井も同じなのか「さあ?」と言って肩を竦める。


「グラウンド集合だからな。演技の指導とかでないことだけは確かだよな」


「だよな」


 運動部が所狭しと動き回るグラウンドの中で、演技の練習ができるとは思えない。それだったら空き教室とかを借りるなりして、練習をしたほうがよほど現実的だ。

 だとしたら、何だろう?

 典弘は訝るが、滝井は至って楽観的。


「まあ行きゃぁ、分かるっしょ」


 お気楽に答えると、後頭部で両の手を組みながら、鼻歌交じりにグラウンドを闊歩する。

 のみならず。

 杖を突きながらひょこひょこ歩く瑞稀を目ざとく見つけると「森小路センパイは今日の部活の内容、何かご存知ですか?」とさっそく質問を飛ばす。

 先輩後輩の間でよくある、当りまえなやり取り。ふつうなら「ああ、それね」とから始まって〝知っている〟か〝知らない〟のどちらかで終わるだろう。

 しかし問われた瑞稀はコミュ障寸前な筋金入りの人見知り。当然そのようなことはなく、背中越しでも分かるほどビクつかせながら「ヒッ!」と頓狂な声をあげた。


「え。ええと、その……わ、わたしは……」


 その後の返答もしどろもどろで、有体にいえば日本語にすらなっていない。

 滝井が「何を言っているのか、分からないんですけど」と言うのもさもありなん。とはいえ、それは更なる悪循環。


「その、えっと、あの、その、だから……あわ、あわわわわっ!」


 焦りからかパニくる寸前。呂律が回っていないのに早口という、壊れたドライブレコーダーのようになっていた。

 さすがにこの状態を、典弘としては看過できない。


「森小路センパイ!」


 大声を出して彼女の注意を滝井から移すと「慌てなくても大丈夫だから」と焦るなと厳命。


「先ずは気持ちを落ち着かせましょう。ゆっくり深呼吸をして息を整えてください」


 過呼吸気味の状況を対処すべく、瑞稀と一緒になって「すーはー」と深呼吸すること数回。呼吸が整ったところで「イエス・ノーだけで答えてくれたら良いですから」と回答を簡略化して緊張のハードルを下げると、瑞稀が理解したようでコクンと小さく頷いた。


「今日の部活。何をやるのか知っていますか?」


 フルフルと首を左右に2回振る。


「じゃあ、企画したのは守口センパイですか?」


 今度はコクンと縦に1回。

 これでもう、黒幕は確定したようなもの。


「だとよ」


 皆まで語らず滝井に告げると「なるほど、納得だ」と悟ったようにお手上げポーズで両手を挙げる。


「守口センパイが今日の部活を仕切っているのなら、間違いなくロクでもない企てだろうな」


「だよなー」


 避けられない未来を想像してガックリと肩を落としたら、瑞稀が何故か「ゴメン、なさい」と頭を下げて謝罪をする。


「……その、何も、知らなくて……」


 申し訳なさそうにカミングアウトするが、瑞稀は押しに弱いし、隠してもすぐ顔に出そうなタイプだからなぁ。ヘンに教えてるよりも、ハブったほうが良いと判断したのだろう。


「相手が守口センパイだもんなあ」


 典弘の中では守口のポジションは黒幕の親分に固定されているのであった。

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