23:暗躍する生徒会長(笑)

 キャンディー事件(苦笑)なんて恥ずかしい出来事もあったけど、それは森小路センパイがピュアな心を持っているからこそ起きた微笑ましい出来事。


 多少のギクシャクはあるけど、表側は青春しているんだよ。

 でも世の中は綺麗事だけじゃない。


 部活動が本格始動をする裏側で、守口センパイが悪の女幹部ヨロシク、演劇部の運営についての画策というか暗躍をしていたのだった。



  *



 カビ臭く湿気と埃が漂う演劇部の部室とは異なり、生徒会の役員室は空調も整っており、パイプ椅子に長机など実用一点張りながらも居心地は悪くない。

 とはいえ夕方の6時半も過ぎれば、薄暮に染まった周囲と相まって寒々しい印象を与えるのも確か。

 ふつうなら施錠をして帰る時間であるにもかかわらず、逆にこの時間に入室をして明かりを灯す3人連れがいた。

 言わずと知れた『演劇部』の上級生部員である。

 正確には生徒会長と副会長が、演劇部の部活動をするために放置していた仕事を片付けるための〝居残り残業〟に瑞稀も同行している格好であった。


「生徒会の役員でもない瑞稀がわざわざ残る必要なんかこれっぽっちもないのに。アンタもモノ好きよね」


 部屋に入って早々。

 備え付けのパソコンを起動させながら、守口が脚の不自由な瑞稀を気遣うが、額面通り受け取って先に帰れるほど瑞稀は厚顔ではない。


「大したお手伝いはできないけど、コピーとお茶くみくらいなら、わたしでもできるから」


 恐縮しながら言葉通りにお茶を入れるべく、瑞稀はサイドテーブルにある電動ケトルの電源を入れる。

 なにせ守口と土居は生徒会の執務時間を後回しにしてまで、演劇部の活動時間を捻出してくれているのである。それくらいの手伝いはしないとバチが当たる。


「そんなこと。気にしなくても良いのに」


 土居が自分たちに甘えろとばかりに手を振るが、瑞稀は「そうは、いかないから」と、さらに大きく両手を振る。


「わたしのワガママで、ふたりに迷惑をかけているんだから、是非にでも手伝わさせて」


 ペコリと頭を下げて礼を述べる瑞稀に、土居が「ボクたちが好きでやっているんだから、本当に気にする必要はないって」と改めて気遣い無用と答える。


「これはこれで、けっこう楽しいんだよ」


「そうよ。私たちだって児童劇団出身なことくらい、瑞稀も知っているでしょう?」


「知っているも何も。わたしたちが仲良くなったきっかけって、同じ児童劇団にいたからじゃない」


「ま。瑞稀はスターで、私たちはその他大勢なんだけど」


「だよね。親しくしてくれたけど、子供心に雲の上の存在に思えたから」


「結局1年くらいしか所属していなかったから、演技は素人レベルのダイコンだったし」


 まるで同窓会でもしているかのように、思い出話に花を咲かす。

 その中には瑞稀に関するネタも数多くあり、第三者の視点で語られる思い出話は、懐かしい反面顔から火が出るほど恥ずかしくもある。

 だが、それはそれ。思い出話では終ぞ語られないが、守口と土居が劇団からドロップアウトしたのには理由がある。


「ふたりが1年で劇団を辞めたのは、わたしが怪我をして……」


 原因を作ったようなもの。そう言いかけた瑞稀の口を、守口が摘まむようにムギュっと塞ぐ。


「児童劇団に入ったのは私たちの意思、辞めたのも私たちが考えた末の結果。演劇部に入ったのだって同じこと。それとも瑞稀は、私や土居クンがそこまで優柔不断な人間だと思うの?」


 突きつけられてフルフルと首を振る。守口は言うに及ばず、土居も相応に我が強い。一度決めたことは瑞稀以上にてこでも動かない。


「ま、そういう訳だから。これ以上心配されても困るし、30分で片付けるわよ。瑞稀はさっさとお茶を淹れる」


 この話は終わったとばかりに守口が指をポキポキ鳴らすと、キーボードに向かい溜まっている案件をテキパキと処理する。向かいに座る土居も上がってきた書類に不備がないかをチェックすると、集まってきた案件を事案ごとに整理分類していく。

 傍目に見ていても、感心するばかりの手際の良さだ。

 この優秀過ぎるふたりを見るにつけ、同じ学年のクラスメイトなのに、この差はなんなんだろうと瑞稀はつくづく思う。

 時折交わすやり取りを聞いていると、彼らなら今すぐ企業の事務でも出来るんじゃないか? それに比べて自分は何もできないという劣等感さえ抱いてしまう。


「得手不得手は人それぞれ」


 計ったようなタイミングでくる守口の返しに「エスパーですか?」とツッコミを入れてしまう。


「瑞稀が分かり易す過ぎるのよ」


「うぐっ」


 内臓を抉るような守口の指摘に落ち込みそうなところに、土居が「まあまあ」と割って入る。


「素直なところが森小路さんの美点なんだから、あまり気にしちゃダメだよ」


 気配りの出来るイケメンらしい、さり気ないフォローが心に沁みる。


「土居クン、ありがとう」


「そうやって甘やかすと、この娘はまたコケるわよ」


「浩子ちゃんは、やっぱりイジワルだ」


 守口の態度に拗ねつつも急須に湯を注いでお茶を淹れる辺り、根は単純というかお人好しの塊。なんだかんだでこの3人、腐れ縁でツーカーの関係だったりする。


「欲しいと思ったときにお茶が来る。淹れてくれるのがホント、絶妙なタイミングよね」


「気を遣ってくれて、ありがとう」


「ひゃい。どういらしまして」


 素直に感謝されるとは思っておらず、思わず声が裏返る。

 もっともそれは次の話題への前振りだったようで、お茶を啜りながら守口が「それは、そうとして」とのほほんとした口調で瑞稀に問いかけてくる。


「あのボロボロなガイダンスで、よくもまあ新入部員が12人も入部したものね。瑞稀のへっぽこな勧誘としたら大成果じゃない?」


 セリフは褒めているが、表情はまったく褒めていない、まったくもって器用な生徒会長であった。

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