22:セカンドコンタクト B面

 それは、予想すらしていなかった突然の乱入劇。

 の、もうひとつの面。

 というか、森小路センパイの言い分だったりする。



   *



 迎えた翌日。


「い~い。新入部員の千林典弘クンは1年2組に所属しているわ。今日はクラブ活動をしない日だから、会おうと思ったらこちらから向かうしか手はないわね」


 3限と4限との間の休憩時間。

 いつの間に調べた、というか入部申請用紙を読んだのか? 未だどうしようかとグズグズしている瑞稀になり替わって、守口が当人の知らぬ間に早々にお礼を言う段取りを整えていたのだった。


「そ、そうなの?」


 手回しの良さに戸惑う瑞稀に守口が「そうよ」と断言。


「だからお昼休みになったら、さっさとお礼を言いに行ってきなさい。というかケジメをキッチリつけないと、先輩後輩の間柄がギクシャクしてしまうわよ」


 腰に手をかけた仁王立ちのポーズで、守口が「面倒ごとは早く終わらせろ」と瑞稀に命じるが、いざ行く段になっても用意が今ひとつで「それはそうだろうけど」と歯切れが悪い。


「けじめを付けるだけだったら、明日の部活の時間にお礼を言っても変わらなくない?」


 対人スキルの欠如から早々に日和ろうとする瑞稀を、守口が「お詫びも兼ねるのだから、それはダメよ」と一喝して退路を塞ぐ。


「どうしても?」


 一縷の望みを託して訊いてみるが、無論回答は「当然よ」と取り付く島もない。


「親しき仲にも礼儀あり。明日の部活までお礼を待っていたら、後輩だから軽んじなんて根も葉もないことを言う不届きモノがでるかも知れない」


 上級生としてそういう噂は看破できないと正論を説かれると瑞稀とて否とは言えない。


「浩子ちゃんがそこまで言うなら……行ってくる」


 耐え難きを堪え忍び難きを忍ぶと、悲壮な決意を秘めて瑞稀は答える。

 だから、せめて一緒に付いてきて。

 一縷の望みで縋るように目で追うが、そこは守口のほうが世慣れているというか一枚上手。


「迷惑をかけた後輩にお詫びとお礼の挨拶へ伺うのに、3年生にもなった生徒が「ひとりで行けない」なんて情けないことは言わないよね?」


 言葉ひとつで瑞稀ひとりで行かざる得ない状況にもっていったのである。

 退路を断たれ今度こそ覚悟を決めて瑞稀は典弘がいる1年2組に赴くと、教室に一歩足を踏み入れた途端、奥から「えええー!」の大音響。

 小声でガヤガヤと囁いている1年生を尻目に左右を見回すと「僕ーっ!」と焦ったように自分自身を指さす典弘の姿を見つけた。

 ここにきて会わないなどあり得ず典弘の許に近づくと、隣にいた滝井との肘を小突いての押し問答から一転、直立不動で「きょ、今日はどのようなご用件で?」尋ねてきた。


「昨日のお礼とお詫びに言いに」


 ひと言それだけ口にして、ささやかなお礼を渡せばミッションコンプリートなのだが、半ばコミュ障な瑞稀にはハードルが高すぎた。

 典弘の前に立ったまでは良いが、緊張するあまり見事に硬直してしまい、言葉どころか指ひとつ動かせずにいた。


「あのー、森小路センパイ?」


 沈黙が長すぎたのか、心配するように典弘がのぞき込みながら用向きを尋ねるてくると、瑞稀は脊椎反射するようにビクンと肩を揺らした。


「えっと……そっと……」


 慌てて喋ろうとするが、見事なまでの空回りで何ひとつセリフにならない。終いには横にいた滝井が「オレ、飯食って良いかな?」と弁当を食べだす始末。


 喋らなきゃ! 喋らなきゃ! 喋らなきゃ! 


 意を決すること約3分。

 カップ麺ならお湯を注いで食べごろになる時間が経過して「き、昨日は、その、どうも、ありがとう」と、たどたどしい口調ながらも本題に触れ始めることができた。

 気持ちが通じたのか、典弘からも「ど、どういたしまして」との返事。

 そのぎこちない受け答えが、瑞稀の緊張をほぐしてくれた。

 

「そ、それで。わた、わたしの所為で、千林、クンに、あらぬ疑いをかけられて、不快な気分に、させて、しまったんじゃないかと。し、心配して……」


 誠心誠意に詫びの言葉を口にして「ゴメンナサイ」と頭を下げる。

 すると典弘が「森小路センパイが謝る必要なんてないですよ」と謝罪不要と言うではないか。

 

「謝ったらダメって、ゴメンナサイじゃなかったら……その時はどうしたら良いんだろう?」


 嬉しい反面どうしたら良いのかが分からず頭の中がフリーズする。思わず「ど、ど、ど、ど、どうしよう」なんて呂律の回らない悲鳴まで起こすと、典弘が「謝る必要なんてないですよ」とキッパリ。


「森小路センパイは僕がチカンにカン違いされたことを気にしてくれたんですよね?」


 もちろんだ。

 あらぬ疑いで迷惑をかけたか心配で訪れたのだから、一も二もなくその通りだと首を縦に振る。


「じゃあ、それはもう目的は達成ですね。僕は一切気にしていないませんから」


 キッパリと断言してくれた典弘に感謝を込めて「ありがとう……」と礼をする。素直ないい後輩で良かった。

 イロイロあったが、あとはお礼の品を渡してミッションコンプリートだ。


『後輩クンへのお礼の品はヘンに勘繰られないように、お菓子なんかの消えモノにしておきなさい』


 クソミソに扱き下ろしながらも、なんだかんだと世話好きな守口からのアドバイス。

 曰く「カン違いを起こさせたらイケナイ」とのこと。ついでに「安すぎてもダメ、高すぎてもダメ。あくまでも〝感謝とお礼〟だから掌に収まる程度の高級菓子をラッピングすれば良いわよ」と細かい監修があり、瑞稀の制服の左ポケットには某有名菓子店のクッキーを可愛くラッピングした小袋が入っている。

 既に予鈴も鳴っており、午後の授業開始まで2分とない。杖を突く身としては教室に戻れるギリギリの時間。用向きを終わらすためにも急いで渡さないとと「だから、これ」と〝右〟ポケットから小袋を取り出して典弘の掌に載せた。


 ヨシ!


 心の中でガッツポーズをすると「お昼休み、終わっちゃっうね」と呟き、撤収のきっかけを自ら作る。


「はい。また、次のクラブ活動で」


 典弘の言葉に見送られ「うん、またね」と手を振って1年の教室を後にすると「おかえり~。早かったわね」と口角をイヤらしく持ち上げた守口が出迎えてくれた。


「ちゃんと言われたとおりに、千林クンにお礼をしてきたわよ」


 胸を張ってと自慢をすると「エライ、エライ」と守口が頭を撫でてくる。


「ポンコツ扱いしないでよ」


 ちょっと不快気味に払い除けると「ちゃんとお礼の品は渡してきた?」と子供のお使い結果を訊く母親のような物言い。


「もちろんよ!」


 ガキの使いじゃないんだからと左ポケットに手を伸ばすと、何も入っていない筈なのにリボンと袋の感触が……

 瑞稀の背中からサーっと冷や汗が。


「……間違えて右ポケットに入れていた、飴ちゃんの袋を渡しちゃった……」


「大阪のオバちゃんか!」


 ハリセンが無かったのが唯一の救い。

 あまりにもお粗末な失策に、守口の罵声が教室内にこだました。

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