20:セカンドコンタクト?


 それは、予想すらしていなかった突然の乱入劇。



   *



 4限終了のチャイムが鳴り、前半戦が終了してのハーフタイム。早い話が昼休みが始まった。


「千林。昼メシ、どうするんだ?」


「今日は弁当」


「滝井は?」


「オレも弁当。食堂行くなら、早くしたほうが良いぞ」


「忠告、サンキュ」


 チャイムと同時に食堂組が教室を後にし、典弘たち弁当組が前後の机をくっ付けている真っ最中に、想像もしなかった出来事が発生した。

 教室内が急に騒めいたかと思うと、まるでモーゼの十戒のようにクラスメイトが左右に割れ、その中を瑞稀が典弘めがけてゆっくりと歩いて来たのだ。


「えええー!」


 突然の来訪にビックリする典弘だが、驚いたのは典弘だけではない。 

 滝井を始めとするクラスの全員が、片杖を突く美少女上級生の登場に言葉を失っていた。

そりゃそうだ。

 新学期早々に先触れも無しに上級生が来ることがそもそも異常だし、しかもやって来たのが超の付く美少女ときた。そんな美少女が口を真一文字に結んだ悲壮な表情で、左手で杖を突きながら下級生の教室に乗り込んできたのだから驚くのはむしろ当然。教室のあちらこちらから小さなざわめきが聞こえてきた。


「今日は、部活あったっけ?」


「いや、無いけど。あったところで、森小路センパイがココに来る理由にはならんぞ」


「急なお知らせとか?」


「あったとしてもグループチャットに流すだろう。脚の悪い森小路センパイが連絡に来る理由にならん」


「だよなー」


 典弘と滝井もクラスメイトの例に漏れず、机を囲む連中と瑞稀の来訪に首を捻る。

 そして当の瑞稀が……


「!」


 教室内をキョロキョロと見渡しながら目的の何かを見つけたようで、急に方向を変えて歩き出すって「僕ーっ!」と驚いたのは典弘の方。


「どうして僕のところに森小路センパイがやって来るんだ?」


「オレに訊くな!」


 驚いて滝井に理由を訊くが、ものの見事に拒否される。


「部活紹介で見たのと、部室で一度会っただけだぞ。初対面じゃないにしても、わざわざ教室まで来るような間柄じゃないだろう?」


「それは僕も同じ」


「典弘はチカンに間違われただろう?」


「通りすがりのお節介が勝手に解釈しただけの冤罪! 森小路センパイも理解しているわ!」


「じゃあ、何で1年の教室にやって来るんだ?」


「だから。そんなこと、僕が知るか!」


 小声で肘を突きながらバトルをしていた2人だったが、瑞稀が目の前に来るとさすがに口論などできない。なぜか直立不動になり「きょ、今日はどのようなご用件で?」などと意味不明な挨拶を交わすのだから、この2人も大概ポンコツである。

 そして用向きを訊かれた瑞稀に至っては、彼らにも増してさらにポンコツであった。誰かに入れ知恵されたのかロクに考えもせず典弘たちの教室に訪問したようで、典弘に「用件は?」と尋ねられた途端に石化されたのごとくカチコチに固まっていたのだ。

 その状態で1分、2分……


「あのー、森小路センパイ?」


 沈黙に耐え切れず、ふたたび典弘は用向きを尋ねると、瑞稀が脊椎反射するようにビクンと肩を揺らして目をパチクリさせる。


「えっと……そっと……」


 口の中でもごもごさせているだけで言葉になっていない。見事なまでの堂々巡りに横にいた滝井が「オレ、飯食って良いかな?」と弁当を食べだす始末。

 残りの弁当組の面々は早々に席を離れたお陰で、難? を逃れて高みの見物。ひとり取り残された典弘は美少女に睨まれるオブジェと化していた。

 そしてカップ麺ならお湯を注いで食べごろになる時間が経過して。


「き、昨日は、その、どうも、ありがとう」


 たどたどしい口調ながらも、やっとのことで瑞稀が本題に触れ始めるが、そのぎこちなさたるや幼稚園の年少組でももっと流ちょうに喋るだろうといったレベル。つられて典弘までもが「ど、どういたしまして」とぎこちない喋りになっている。


「そ、それで。わた、わたしの所為で、千林、クンに、あらぬ疑いをかけられて、不快な気分に、させて、しまったんじゃないかと。し、心配して……」


 どうやらチカンに間違われたことを気に病んでいるようで、ペコリと頭を下げて「ゴメンナサイ」と詫びの言葉を口にする。

 だが典弘にしてみれば、瑞稀が疑っていないのなら謝罪の言葉など欠片も不要。


「森小路センパイが謝る必要なんてないですよ」


 首を大きく左右に振って要らないとアピールする。

 が、言われた瑞稀が謝罪不要と聞いた途端「えっ?」と驚いた表情のまま、またもやフリーズする。


「謝ったらダメって、ゴメンナサイじゃなかったら……その時はどうしたら良いんだろう?」


 どうやら典弘の答えが想定外だったようで、頭の中でシュミレートした問答と違ったために、軽くパニックをひき起こしたようである。

 そうこうしていると予冷が鳴り、昼休み終了のカウントダウンが始まる。

 滝井が「早くしないと、もうじき昼休みが終わっちまうぞ」なんて言ったものだから、瑞稀のパニックに拍車がかかり「ど、ど、ど、ど、どうしよう」なんて呂律の回らない悲鳴までする始末。

 どうしよう? って、逆にこっちが訊きたいくらい。

 と。惚れた弱みか男のプライドか、憧れの瑞稀にそんなことは訊けないので「森小路センパイは僕がチカンにカン違いされたことを気にしてくれたんですよね?」と誘導して尋ねる。


 コクン。


 言葉こそなかったが、肯定するように瑞稀が首を縦に振る。


「じゃあ、それはもう目的は達成ですね。僕は一切気にしていないませんから」


 典弘はきっぱりと断言した。瑞稀が自分を信じてくれていたら、他人さまからどう見えようかなど些細なことでしかない。しかも、たったそれだけのことを言うために、不自由な脚で1年生の教室まで来てくれたのだ。


「ありがとう……」


 お礼まで言われたらそれこそご褒美だ。

 ただ……


「だから、これ」


 小さな包みを典弘の掌に載せると「お昼休み、終わっちゃっうね」と瑞稀が呟く。予鈴も鳴っているので、午後の授業開始まで2分とないだろう、脚に障害が残る瑞稀が自分のクラスに戻るには厳しい時間だ。


「はい。また、次のクラブ活動で」


 典弘の返事が合図のように「うん、またね」と瑞稀が手を振って1年の教室を後にした。

 そして直後に始まる質問攻め。


「キョどってた彼女、3年生だったよな?」


「演劇部だっけ、確か?」


「杖を突いた美少女だったから、オレも覚えている」


「そうそう。口下手で脚が不自由っぽいけど、ダントツの美形なんだよな」


「それが何故、冴えない千林のところに尋ねてくるんだ?」


 怒涛の質問に「冴えないは余計だ」と毒を吐くと、群がる野郎どもに「僕が演劇部に入ったからだろう」と理由を説いたら皆一様に納得。

 何故か微妙に気に入らない。


「昨夜の顛末は……言えんわな。面白過ぎて」


 真相を知る滝井が笑いをかみ殺しながら傍に寄ると「で、何を貰ったんだ?」と掌の包みに視線を向ける。


「ええと……飴玉?」


 瑞稀が典弘にくれたのは、キャンディーの小袋。


「大阪のオバちゃんかいな」


 滝井の感想はまさに典弘の感想でもあった。

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