19:災難明けの朝


 僕の自宅から三条高校までは最寄駅から電車に乗って約15分。

 これを近いと取るか遠いと取るかは意見の分かれるところだけど、僕の場合はもっぱら滝井との雑談タイムになっている。


 雑談だよ。雑談だよな。雑談をするんだよな。

 滝井ー!



   *


 雑談てのは親友をディスることなのか?


「ぶひゃひゃっ、ぶわははははーっ!」


 そんな僕の疑問などお構いなしに、滝井が目から涙を流しながら豪快に笑う。ご丁寧に肩を震わし腰を折って、膝を叩きながら全身で爆笑してやがる。


「死ぬ。面白過ぎて、死ぬ!」


 酸欠の鯉みたいに口をパクパクさせながらヒーヒー言ってやがる。

 オマエなー、いいかげんにしろよ。

 バカ笑いする滝井を睨みつけて黙らせようとしたけど、何せヤツのメンタルが超合金なだけに欠片ほどの効果もない。


「棚の上にある商品を取ってあげたら、他の買い物客にチカンと間違えられて、事務所に連行されたって? 典弘。オマエ、オレを殺しに来てるだろう?」


 故にバカ笑いを止めないし、腹を折って膝を叩くのも絶賛継続中。

 だがしかし親友よ。物にはやって良い事と悪いこと、時と場合という大事な約束があるんだぞ。


「周りに迷惑だから。オマエ、少し黙れ」


 バカにも分かるように、もう一度強い口調で警告する。

 だって、ねぇ。

 ここが満員の電車内だということを忘れるな! 

 だから滝井はバカだって言うんだよ!



   *



 いちおうTPOは弁えたようだが、我慢できたのは駅の改札を出るところまで。


「それで。肝心な森小路センパイは、典弘のことをストーカーだと思っていたのか?」


 改札ゲート通過が解禁の合図なのか。

 他人の不幸は蜜の味なのか、もはやこれ以上の我慢はできないとばかりに、滝井がスーパーでの顛末の続きを「洗いざらい吐け」とばかりに訊いてくる。


「それを聞いてどうする?」


 森小路センパイはオマエの推しじゃないだろう? 

 不機嫌に答えた典弘に「もちろん」と滝井が即答。


「オレの操は、敬愛する守口センパイに捧げるのだ!」


 左手を胸に当て、右手を天に挙げながら頭の痛いことをのたまう。


「その妄想は僕の居ないところでやってくれ」


「ハイハイ、そうするよ。で、肝心の森小路センパイは?」


「まだ訊くのか?」


 ウンザリする典弘に滝井が「そりゃ、もう」とニタリと歯を魅せる。


「他人事だけに、めっちゃ楽しい」


 臆面もなく言い募ると「で、どうなんだ?」と執拗に訊いてくる。


「このヤロウ……本当に楽しんでやがるな」


 典弘の嫌味にも、面の皮の厚みがメートル単位もある滝井には、これぽっちも効果なし。欠片も動じることなく「うん」と破顔一笑で応える始末。

 のみならず「いや、だってさ」と、生来の好奇心と厚顔さを遺憾なく発揮するのであった。


「痴漢に間違われたのは如何かも知れないが、思わぬハプニングがあったおかげでインパクトは十分以上。典弘の顔は確実に森小路センパイに売れたと思うけどな」


 違うか? とでも言いたげに、顔を覗き込みながら滝井が尋ねてくるが、現実はそれほど甘くない。


「何も起きやしねーよ」


 幸いにしてチカンやストーカの誤解はされずに済んだが、何せ相手はコミュ障寸前なほど人見知りな瑞稀である。事務所での事情聴取でも案の定まともに受け答えができず、電話で守口に仲をもって貰ってやっとコミュニケーションが確立できたのだ。


『キミも災難だったねー』


 電話越しに守口に言われた、労い半分同情半分のセリフが全てを物語っていた。


「だから何にもなし。幸いにして森小路センパイが誤解をしなかったのと、スーパー側が「騒がせたお詫び」だと言って商品券をくれたのが収穫くらいだ」

 

 事務所で事情聴取されまくった代償が千円の商品券では到底割に合わないが。


「そりゃ、何ともまあ。くたびれ損だったな」


「まったくだ」


 典弘のボヤキに滝井が胸に手を当てながら哀悼の意を示す。もっとも聞くことを訊いたら、5秒と経たずに「じゃあ、学校に行こうか」とあっさり話を切り上げる現金さ。

 お調子者が服を着て歩いているようなヤツだけに、軽薄さもまたユニクロームメッキ張りの薄さなので、興味を失えば海馬の皺ごと記憶から削除されるのであった。


「あいよ」


 典弘にしても出来ることなら黒歴史として闇に葬りたい内容、敢えて話を広げたり蒸し返すようなマネはしない。

 だから学校に着いてもその事には触れずに、昨日のテレビやネットで話題になったことや授業中の出来事など、悪く言えば箸にも棒にも引っかからない雑談を休み時間の度にだらだらと続けていた。


 早い話がふつうだ。


 入学して半月も経てばクラス内で何となくグルーブ分けも出来てくる。席が近かったり出身中学が同じなど概ね接点が近いところから始まるもので、典弘も例に漏れず、同郷の滝井とその周辺に座る男子生徒が最初の知り合いである。

 休み時間ごとにバカな話をして、昼休みは一緒に食べる緩い間柄。


 4限の終礼が鳴り、いざ昼休みというところで、それは起きたのである。

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