12:部長の威厳は?
ある程度予想はしていたけれど、森小路センパイのポンコツは予想を3つは上を行くほどの筋金入り。
押し寄せる入部希望者たちを前にして、ものの見事にパニくってしまい「あわわ、あわわ」と意味不明な悲鳴を発したまま半ばフリーズ。固まっているのをせっつかれるモノだから、気持ちだけが余計に焦って、なおさら「あわ、あわ」となる始末。
これはマズイ、非常にマズイ。
集団を相手に手際の悪さが露呈すると、往々にして怒りの矛先が主催者側に向いてしまうもの。
事実連中が森小路センパイに向ける口調も、媚びを売ったモノから心なしか棘のあるものに変わってきている。
しかも不手際の原因が森小路センパイなだけに、お目当てが一変「可愛さ余って憎さ何とやら」になるやも知れない。
部室内に険悪な空気が漂い始めた、そんな時。
「アレはちょっとマズいわね。しかたないから、チョット助けてくるわ」
啖呵を切って守口が颯爽と部室に入っていったのが、僕たちの後ろに控える、生徒会長でもある守口浩子センパイだった。
ホント、男前だよね。
*
「コラコラ。部室内でトラブルは厳禁よ」
満を持すように守口が部室に入ってくると、今の今まで涙目だった瑞稀の表情が一転。
「浩子ちゃん!」
救いの神の降臨に、まるで正義のヒーローに出会った子供のように歓喜の声をあげると、感極まって「ヒクッ、ウグッ」と涙声で嗚咽までするほど。コミュ……極度な人見知りの瑞稀には、そうとう過酷な状況だったようだ。
「ったく、もう。泣かないの」
両手を広げて瑞稀を優しく抱き留めると、ホッとした反動か涙目で「うん」と頷く。
「カワイイ……」
尊さに思わず声が出てしまうほど。
仕草のひとつひとつが庇護欲を誘う小動物のような可愛らしさで、つい先刻まで集団が詰めかけて殺伐となりかかっていた空気がウソのよう。みるみる間に刺々しさが浄化されて、ほっこりとした癒しの空間に包まれだす。
「あのっ!」
瑞稀が状況を説明しようと試みるが、気持ちが昂るだけで言葉が出てこない。発するのは嗚咽交じりのしゃくり声と「あの」「その」の指示代名詞だけだが、付き合いの長い守口にしたら言いたいことは一目瞭然。
「ハイハイ、もう良いわよ。言わなくても何があったから、ちゃんと分かっているから」
それに対してアンタたちは!
声にこそ出さないが、そんな感じの一瞥が有象無象の男たちにくべられる。
と、さすがは有象無象なモブ連中。格の違いに圧倒される。
守口がキッと睨みを効かしただけで、瑞稀に纏わりついていた男どもは一斉に後ずさる。
「ヒュー!」
「さすが」
眼前で見せつけられる守口の凛々しさ。
生徒会長の肩書が伊達でないことがヒシヒシと伝わると、滝井が口笛を吹き典弘は処理能力の高さに感嘆する。
のみならず。
何も言わずに瑞稀の肩を抱きかかえると、泣き止まぬ駄々子をあやすように「落ち着いた?」と気遣いを見せる完璧さ。
「孤立無援の中、よく頑張ったわね……とでも言うと思った? このアンポンタン!」
優しかったのも束の間。温和な表情は一瞬にして影を潜め、般若もかくやという形相で守口が瑞稀を怒鳴りつける。
それでなくてもつり目がちでキツ目な顔立ち、しかも目鼻立ちが整った美人顔なだけに、怒った顔は恐ろしいほどに怖い。
「アンタに事務処理ができるの? できないわよね。だから私が行くまで部室は閉めておきなさいと言ってたのに、勝手に開けるからこういう目に遭うんじゃないの!」
どうやら守口の命に従わず勝手に部室を開けたことが、この惨劇の原因のようであった。
「だって……わたし……演劇部の、部長だし……」
「お黙りなさい!」
「……はい」
瑞稀の僅かな抵抗は守口によって瞬殺。
「瑞稀はそこで大人しくしている!」
さらには秒で戦力外通告を下される。
「威厳も何もあったもんじゃないな」
典弘の呟きを守口が「当然よ」と律儀に拾うと、ポンコツな瑞稀に代わって長机前のパイプ椅子に座る。
と、タイミング良く駆け付けた3年生部員の土居優が「手伝うよ」と言いながら隣に腰かける。部長の瑞稀は2人の後ろで見ているだけ。
準備万端整うと「入部希望者は並んで」と守口主導で仕切り直し。
この状況で異を唱える輩などいる訳もなく、あれ程まごついていた入部の手続きがウソのようにスムーズに流れていく。
結果。新入部員の入部手続きは駆け足で終わり、開始から僅か15分後には「とにかく時間になったし、早速部活を始めようか」と部活開催にまでこぎつけたのであった。
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