11:さすが、生徒会長


 さすが生徒会長を務めるだけあって、守口センパイは見るからに有能。

 入学以来、学年1位の成績をずっとキープしている才媛だけでなく、スポーツでも運動部レギュラーとタメを張る記録保持者で今だに運動部から勧誘が来るとか何とか。

 見た目は……僕のタイプじゃないからな。長身で気の強そうな美人とだけ言っておこう。事実気が強いから、僕では御しきれないし。

 そんな守口センパイが僕らだけに聞こえるように声を潜めると「まあ、見てみいなさい」と、形の良い顎を逸らして他の新入部員たちを示しながら耳元で囁いたのだ。


「夏までに半分以上はリタイヤするわね。何なら賭けても良いわよ」


 見た目は格好良くてキレイだけれど、中身は清濁併せ持った上に相当に食えない人物だということが、今のひと言でよーく分かったのだった。



  *



 ニッと笑って落伍者続出の宣言する守口に、典弘は「そんなこと言って良いんですか?」と訊き返す。

 聞きように拠ろうが拠るまいが、間違いなく問題発言。


「仮にも生徒会長ともあろう人が、新入部員をそんな風に見ているなんて知れたら……」


 色々と不味いんじゃないですか?

 発言内容について別段コンプライアンスがあるではないが、立場的には中立でないと色々マズかろう。そんな風に生徒会長の体面を心配する典弘に対して「心配し過ぎよ」と、当の守口は至って涼しい顔。


「特定の個人を貶めているんじゃないからね、生徒会長だって言論の自由は持ち合わせているわよ」


 これまた男前なセリフで、典弘の懸念を一刀のもとに斬り捨てる。


「それに演劇部が緩いと思って入部したのがそもそもの間違い、下心だけで務まるようなクラブじゃないわよ。ま、彼らのおかげで廃部の危機を逃れられるのだから、それ相応に感謝はしているわ」


 要はギブ・アンド・テイクなのだと守口がこじつける。

 隣で滝井が「カッコイイ」と呟いていたのもしっかりと耳に入ってくる。というか、存外この2人は似た者同士なのかも知れない。

 それはさておき。


「その〝感謝の対象〟が、暴走しているみたいですけど?」


 放置していても良いのですか? というニュアンスで隣にいた滝井が尋ねると、守口も眉間に皺を寄せながら「同意するわ」とばかりに苦々しげに頷く。


「確かにそうね。コレはいただけないわね」


 十数人いる入部希望者に対して、部室にいる上級生は瑞稀ただひとり。一見すれば瑞稀が入部希望の新入生への受付を対応しているのだが、問題なのはその状況。

 入部希望の男たちは決して乱暴に振舞っている訳ではないが、何せ「脚にハンディの有る瑞稀ならばなんとかできるかも?」などとゲスイことを考えるような連中である。スマートなアピールなど望むべくもなく、勢い我先にとマウントの取り合いとなってしまい収拾がつかなくなっていた。


「センパイ! 入部手続きの続き、お願いします!」


「いや、オレのほうが先に言ったから!」


「そんな戯言は放っておいて、こっちを先にしましょう。必要事項は全部埋めました!」


 ここまで見事に自己中な輩が揃うのも珍しい。瑞稀への配慮どころか順番も脈絡もなく、自分の主張ばかりを次々に口にする。

 だからといって慮る必要などなく、本来であれば入部希望者を1列に並ばせて淡々と処理すればどうということはないである。ところが捌くべき瑞稀の段取りが悪いうえに上手く説明ができないのか、動作がフリーズした状態で「えっと、その」とパニックを起こしてしまい混乱に拍車をかけているのだ。

 結果、聞こえてくるのは「ゴメン、なさい」という謝罪の言葉と「あの、えっと」という焦りから出る悲鳴のみ。


「野郎相手にテンパっているというか、いっぱいいっぱいで余裕が無くなっている?」


 典弘の疑問に守口が「そうね」と肯定する。


「瑞稀はコミュ……極端な人見知りだからね。声の大きい相手ばかりに囲まれて、頭の中が真っ白になっているのよ」


「モノは言いようだなー」


 寸でで言い直したとはいえ、まさかのコミュ障発言。


「はーっ」


 驚く滝井に向かって、典弘は「言わんでいい」と窘めながら小さく小突く。


「相手が年下とはいえ、あんな風に異性にぐるりと囲まれたら、恐怖感が湧いてもおかしくないだろう」


 瑞稀は小柄なうえに椅子に座った状態、見下ろす好奇な視線に晒され続けたら対面圧力に恐怖もするというもの。

 典弘は瑞稀の状況を慮って瑞稀を擁護するが、滝井は客観的に判断したようで評価に容赦がない。

 

「だったら「先輩部員全員が揃ったら受付を始めるから、それまで待て」とでも言って、無視を決め込めばいいんだ。出来ないことをしようとしたから状況が悪化したんだろう?」


 典弘の推し相手の行動を、正論で稚拙だと非難する。

 曰く、多いといっても、たかだか十数人程度。落ち着いて対応すれば十分に捌くことができるだろう、と。


「……それは、確かに」


 なぜか悔しさが混じった返事をしてしまう。

 滝井の言っていることは正論だが、上から目線の物言いに少しムカつく。

 そんな典弘の気持ちを悟ったのかは不明だが、守口が目力を込めて「滝井クン。だったけ?」と滝井を呼びつける。

 憧れの守口に名指しされただけあって「はい」とふたつ返事で振り向くが、当の守口は「あのね」と声も低くご機嫌斜め。


「私も君の言い分は的確で正しいとは思うけど、正論が常に正しいとは限らないわよ」


 遠回しに「言い過ぎだ。ボケ」と滝井を諭す。


「今さら理想を言ったところで、すでにマズいところまで来てますものね」

  

 新入生全員が瑞稀に下心を持っているので怒号を交わすことはないが、あまりの段取りの悪さにとうとうイラついているのがヒシヒシと伝わってくる。もし誰かが暴言を吐けば、空気が一気に険悪になるのは確実。


 心配する典弘に守口が「だよね」と、ヤレヤレとでも言う風に肩を竦める。


「そんな訳でちょっと助けてくるから」


 啖呵を切って守口が颯爽と部室に入る。

 この生徒会長、食えないだけでなく口も悪そうだ。

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