10:これは、何だか

 ドアを開けた瞬間から分かっていたことだけど、部室のキャパに対して野郎が多過ぎ。

 何、このむさ苦しい集団は!

 倉庫の一角に折り畳み式の長机と数脚のパイプ椅子。おそらくそこが部室スペースなのだろうが、守口の指摘通り数少ないパイプ椅子は他の新入部員によって全て使用中。

 蜜に群がる蟻のように森小路センパイを中心に固まっているって、どんだけ盛っているんだよ!



   *

 


「ヒトが多すぎ」


 それが部室の第一印象。

 いったいどれだけの入部希望者がいるのだろうか? ざっと数えただけでも十数人。部室のキャパに対して許容オーバーなのは明白で、狭い空間を押し合いへし合いしている。


「この部室の広さだと、人数はいいところ5~6人じゃないですか?」


 それなら倉庫の空きスペースとはいえ快適に過ごせるだろう。それが証拠に「そうなのよね」とバツが悪そうに守口が弁明。


「昨日までは部員が3人しかいなかったからね。それほど狭い印象はなかったのよ」


 長机に対するパイプ椅子は配置はゆったりしており、3人ならば部室の広さは十分以上だ。


「だとしたら、これだけの新入部員は集まり過ぎ?」


 キャパオーバーとしか思えない入部希望者が入ってきたにもかかわらず、守口が「いやいや、そんなことはないわよ」とかぶりを振った。


「入部希望者がいっぱい集まるというのは、貴重なアピールポイント。実績が無い弱小クラブにとって、部活存続への強力なバックアップとなるわ」


 唇に人差し指を添えて「ここだけの話よ」とここだけでない厳しい現実を暴露する。


「学校も慈善事業じゃないからね。実績や部員の少ないクラブは、不要不急ということで廃部させられたり休部になっちゃうのよ」


 でないとクラブ運営費がかさむでしょう? と今度は親指と人差し指で輪っかを作る。


「うわっ。生々しい現実」


「そこが野球部や吹奏楽部といった実績のあるクラブとの違いね」


「あっちは甲子園や全国大会出場組ですもんね」


 いくら典弘が帰宅部志望でクラブ活動に疎かったとしても、甲子園に出る学校名くらいは知っている。


「黙っていても部費と部員が集まりそう」


 横から参加してきた滝井の一言に守口が「全くね」と同意する。


「学校からの運営費の割り当ても大きいし、寄付金もそれなりだからお金の不自由は少ないわね。それに引き換え弱小クラブの運営は、しがらみは少ないけど資金繰りが大変なのよ」


「あー、何となく分かります」


 しみじみとと語る守口に向かって頷くと「しかも、よ」とさらに愚痴が追加した。


「ウチは廃部の危機にあるからな、部員確保は必須事項。だから、まず先ず必要なのは、とにもかくにも頭数。質はこの際問うまいと決めているの」


 内輪の事情を男前に堂々と述べるが、中身は当人たちにソレ言うか? というか、ぶっちゃけ過ぎ。


「オレたちは、その他大勢ですか?」


「そうなるか否かはキミらの頑張り次第かな」


 そこは生徒会長だけあって、口車は天下一品。典弘の不興を見事なまでに責任転嫁をして見せる。


「上級生は私たち3年生が3人だけ。2年生はいないから、努力すれば半年後にはキミたちが中核メンバーになれるんだ。つまり、全員が幹部候補ってことだな」


 だからガンバレよとハッパをかけるが、よくよく考えればこれもまた責任転嫁。


「モノは言いようですけど、それってやり逃げって言いません?」


 典弘の返しに虚を突かれたのか、一瞬呆けたような顔を見せた守口は、次の瞬間「オモシロいわ」と拳に顎を載せて「ぷぷぷ」と笑う。


「けっこうズバリと本音を言い当てるわね。でもキミも新入生なんだから、そこはもう少し初々しく立ち回ったほうがおトクだと思うよ」


「男前なセリフを吐く生徒会長には敵いませんよ」


「私を褒めても何もでないよ」


「いえ、褒めてませんから」


 正直に告げると「あはは」と豪快に笑う。これで女の子らしいといったら絶対にJAROに敵認定されるだろう。


「まあそれでも、いきなり瑞稀に絡まない辺りは中々に優秀かな?」


 ひとしきり笑うと一転して真顔になり、2人だけに聞こえるように声を潜めて「まあ、見ててみなさい」と他の新入部員たちを顎で示す。


「みんな露骨なまでに瑞稀狙い。ま、気持ちは分からなくもないけど、入部早々側に寄っていきなり顔を売ろうだなんて完全な悪手だね」


 金の卵というか、喉から手が出るほど欲しいであろう新入部員を「コイツら恋愛のイロハ以前に、女の子の扱いもダメダメだね」と、情け容赦ない毒舌でこき下ろす。


「オレも同じ穴の狢なんですけど」


「けど、いきなりお近づきでなく、段階を踏んで信用されていこうという熟慮はあるでしょう?」


「まあ……そう、ですね」


 単に出遅れただけだとは言い辛い。


「芯が強いというか……隠れているけれど、とてつもなく強いオーラを感じた。何をというのは分からないけど、もっと自分を磨かないと、横に並ぶ以前の問題だな。……とは、思います」


 壇上での挨拶を思い出しながら瑞稀の信用を得る手段を口にすると、守口が「ほう」と呟き顔相を崩した。


「初見で瑞稀の本質を見抜くとは。なかなか見所があるわね」


 肩に手を添えられ「スゴイわね」とまで言われる始末。なぜか気に入られたようで、隣の滝井に睨まれるおまけまで付いてきた。


「そんなキミに、耳寄りな情報を教えてあげるわ」


 ちょいちょいと手招きすると、耳を貸せと小声で呟いた。


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