9:初顔合わせ

 正直なところ、あの頃の僕は瑞稀センパイの魅力を侮っていたんだと思う、口下手だけど健気な正統派美少女キャラの潜在力を甘く考えていたと反省することしきり。

 だって……

 まさかこんなにセンパイ目当てに新入部員が詰めかけるなんて想像だにしていなかった。

 ま、寄ってきた連中が幸か不幸か、ロクでもない輩ばかりだったのだけど。



   *

 


 演劇部への入部を申請後、初めての部活動を迎えるこの日。


 部室とは名ばかりな体育館の物置部屋の扉を開けた途端。

 視界に入ってきた黒い塊の集団に、典弘は「うわーっ」と小さく呟きながらのけ反った。

 美少女のお願いは破壊力バツグンなのか、それとも下心ある勘違いヤロウが典弘たち以外にも間々いたのかは不明だが、予想に反して演劇部の新入部員は2桁に達する盛況ぶりだった。


「見事なまでに男ばっか」


 後ろにいた滝井が、自分たちのことを棚に上げて、むさ苦しい団体さんに呆れる。

 この春演劇部に入部してきたのは、全員が全員、そりゃもう見事なまでに男子生徒ばかり。チャバネゴキブリだって、ここまで黒くはない。


「この手の文化部って、女子の方が多いってイメージがあったんだけどな……」


 ぼそりと呟く典弘に滝井が「偶然だな。オレも同意見だ」と頷く。


「何故こうなったかは、何となく見当がつくけど」


 鼻で哂う滝井に「そのセリフ、絶対に口に出すなよ」と念を押す。というか、典弘も薄々気づいている。


 こいつら絶対、部長の瑞稀が目当てでやってきたんだ!


 脚が悪いハンディはあるにせよ、森小路瑞稀は文句なしの美少女である。

 お近づきになりたいと思うのは男の性というもの。

 逆にハンディキャップがあるから(告る)競争率が低そうだとか、クラブ紹介で内気そうな印象を見せたから自分にも勝機があるかも? などという甘い幻想を抱いた勘違いヤロウがこぞって入部したのだろう。

 エラそうに御託を述べるが、もちろん典弘もその中のひとり。


 例外なのは生徒会長を兼任する「守口浩子が良い」と公言して憚らない滝井くらいなものだ。


 黒比率が実に10割。

 しかも見るからに昨日まで演劇に興味なかったのがありありな顔つき。さらに言えば体育会系などアクティブな連中も皆無、女性には縁遠いが何とかお近づきになりたいという、下心が見え隠れしている輩で溢れていた。

 客観的に評価するあたり、典弘も自分のことが見えていないのは言うまでもない。

 それはさておき。


「トキメキが欠片も無いな」


「というか、部室がむさ苦しい」


「心なしか臭いも酷いよなあ~」


「かび臭いというか、埃っぽい。部室の環境が酷すぎやしないか?」


 男ばかりというのもさることながら、部室のボロさに次から次へと不満が湧いてくる。

 元は物置なのだから当然といえば当然だが、事情を知らない2人にとっては、部室とは名ばかりの劣悪な環境であることに違いない。

 彼らのボヤキが聞こえたのか、背後から「まあ、そう言ってくれないでよ」と、不満を宥めるような声がかかる。


 声のする方向にふり返ると、脇にカバンを抱えた状態の守口が苦笑いしながら立っていた。


「不満を述べるのも納得なんだけど、延々喋ったままで入り口を塞がれると困るのよね」


「失礼しました!」


 慌てて道を譲ろうとするが「いやいや。順番なんだから、キミらが先に入りってよ」と典弘たちの背中を押す。

 こうなると、もう入らない訳にはいかない。


「では、遠慮なく」


 と言いつつ、遠慮ありありで部室の隅に一歩踏み入れると「ようこそ、演劇部へ」と、両手を広げたオーバーな手招き。


「環境が劣悪なのは些か心苦しいけど、最後発のクラブだから、この部室を確保するのにも苦労したのよ。そこは察してくれると嬉しいな」


 内輪の事情を隠すことなくさらけると、滝井がブンブンと首を振る。


「いえ。質素ですが、趣のある素敵な部室ですよね」


 途端、調子の良い滝井が露骨なまでのおべんちゃら。これには守口も「あはは」と声を上げて笑う。


「そこまで堂々とヨイショされると、何だかこそばゆいわね」


「お褒めに預かり恐縮です」


 掌を胸に添えて恭しく一礼すると「ここは座布団を贈るべき?」と本当に困った顔をされた。


「滝井のバカは放っておいてください、死ぬまで治りませんから。僕はB組の千林典弘です。2人とも入部希望ですのでよろしくお願いします」


 滝井の後頭部を引っ叩きつつ、フォローするように2人共々頭を下げると真摯な態度が評価されたのか、典弘の挨拶にはツッコミが無く「こちらこそヨロシク頼むわね」との返事。

 どうやら合格点は貰えたようだ。


「遠慮せず奥に……と、言いたいところだけど、他の新入部員でいっぱいだよね」


 あまりの人の多さに、招待しようにもできないねと守口が肩を竦める。


「……ですね」


 訊かれた典弘も、そう答えるしかない。

 ドアを開けた瞬間から分かっていたことだが、部室のキャパに対して人が多過ぎ。

 倉庫の一角に折り畳み式の長机と数脚のパイプ椅子。おそらくそこが部室スペースなのだろうが、守口の指摘通り数少ないパイプ椅子は他の新入部員によって全て使用中。蜜に群がる蟻のように瑞稀を中心に同心円状に固まっていたのであった。


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