4:イベントの後(ここからが本番です)
ビックリしたなんてもんじゃない。
コミュ……じゃなくて! 極度の人見知りな森小路センパイが、まさかの大声。
「どうか、お願いします!」
魂を絞り出すような声でのお願いなんだから、そりゃ体育館にいる全員が魅入るってもの。
僕? もちろん射抜かれましたとも。
足が不自由なのにもかかわらずその所作は惚れ惚れするほど美しく、舞台から下りる際にはまるで後光が差すようなオーラが溢れていた。
自分でも気付かぬ間に、その一挙手一投足すべてを阿呆のように追いかけている始末。
その阿呆さ加減がどの程度かというと、すべての部活紹介が終わり、守口センパイが〆の挨拶をしていることにも気付かなかったほどの呆け具合。
思えばその時から、僕は森小路センパイに惹かれていたのだろう。
ま、それはそれとして……
*
「おーい、生きているか?」
まるで被災者の安否を確認するかのような滝井の呼びかけに、典弘は我に返りと「ああ」と返事をする。
「どうやら無事に現実世界に返ってきたようだな」
「何だよ、その〝宇宙ロケットが大気圏に再突入〟をしたみたいな大仰な言い回しは」
「似たようなもんだろ、意識がアッチの世界に行っていたのだから」
エライ謂われようだが、呆けていたのは確かだけに反論し辛い。
「他の連中は?」
「まだいると思うオマエは大物だな」
とうの昔に6限終了のチャイムは鳴っていて、既に大半の生徒が体育館を後にしている有り様。
早い話が取り残されているのだった。
「いや、だって。最後の彼女というか、演劇部の代表者のインパクトがあり過ぎたから」
「あー、確かに」
オドオド系の小動物さながらだったのに、たった一言とはいえとてつもない存在感を放ったのだ。
当然ながら今日イチ目立ったクラブであり、彼女の容姿も相まってインパクトも絶大なのは明らか。
しかし……
「見とれるのは勝手だが、物事には程度ってものがあるぞ」
まったくもってその通り。
1年生は退出した後で、パイプ椅子を片付ける上級生らに〝ジャマだからさっさと出ていけ〟と睨まれているのだから。
「……スマン」
とりあえずは律儀に待ってくれていてた滝井に謝ると、典弘は滝井共々遅れ馳せながら教室に戻ったのだが……
「遅い!」
教室の扉を開けた途端、勝手な行動だと担任の関目に叱責され「ホームルームはとっくに終わっちまったぞ」と嫌味までもらう羽目に。
がらんとした教室の様子に「あのー。……他の連中は?」と訊くと、関目がギロリと2人を睨みつける。
「まだいると思うオマエたちは大物だな」
他のクラスメイトたちは「何時まで経っても体育館から戻ってこない、千林と滝井に付き合わせたら可哀そうだ」という関目の配慮? で既に帰宅済みとのこと。
「オレたちは見捨てられたんですか?」
天を仰ぐポーズで滝井が嘆くと「アホ!」という雷とともに拳骨が落ちる。
「オマエ等が何時まで経っても戻ってこないから、とばっちりでオレまが教室で足止めされなきゃならんのだ」
正論かつ当然の帰結ゆえに、残念ながら欠片も反論の余地がない。
デスクワークをする時間を削られたと、ブツブツ文句を言う担任から『入部申請書』と書かれたプリントを渡された。
「期限は今週末。入部したいクラブの名前を書いて提出するように。強制ではないが〝できるだけ何処かのクラブに入部〟することを推奨する」
「それって半強制って言いません?」
担任のムチャ振りに典弘が噛みつくと「言っただろう。あくまでも〝推奨〟だと」とスタンスを変える様子はない。
「クラブに入る入らないは、オマエたちの自由意志だ。だが内申書の忖度は生じるだろうから、推薦を得るときの有利不利はあるかもな」
「ひでー」
実質的な強要に滝井も眉を顰める。内申書を盾に迫られると、生徒の側には抗う術がなく抗議するのが精いっぱい。
しかも「酷いと言うがな」と教師の強権で更にたたみ込んでくる。
「見かたを変えればクラブに所属するだけで内申点がアップするんだぞ。存外お得な制度だと思わないか?」
所詮は高校生の愚痴レベル。舌戦に行くまでもなく、あっさりと担任に論破されてしまう。
「ま。まだ時間はあるから、期限までにじっくり考えておけ」
そう告げると「言うことは言った」とばかりに、担任が「戸締りはちゃんとしろよ」と言い残して教室を後にする。
担任が去った教室に残ったのは典弘と滝井の2人だけ。
いきなり特別扱いされたような感覚の中、慎重を期すように周囲を伺った滝井が「さて、と」と言いながら、典弘を尋問するかのように机を挟んで向き直った。
「それで、どうする?」
主語が抜け落ち皆まで語られずとも、滝井が言わんとすることは典弘も理解できた。
演劇部に入るのか? と。
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