第49話

「おい。私の可愛い弟子に、いったいなにをしてくれてるんだ?」

 男の目の前にいきなり現れたイザベラは、今まで聞いたことのないような怒気を孕んだ声で問いかける。

 その声に警戒を露わにした男は、鞘に納めていた剣をまっすぐに構え直した。

 そんな男の行動が気に入らなかったのか、イザベラの表情はさらに怒りで歪んでいく。

「私は、弟子になにをしたんだって聞いたんだ。まずは質問に答えろ」

「……答える必要なんてないだろ。悪いが俺は忙しいんだ。退く気がないなら無理にでも押し通らせてもらう」

 剣を向けられてなお武器を構えることすらしないイザベラに、男はただ素っ気なく答える。

 そのままイザベラへ向かって駆けだすと、男は威嚇するように剣を振り上げる。

 その段になってやっと腰に佩いた剣を抜いたイザベラは、自らに向かって振り下ろされた刃へ向かって軽く剣の先を合わせる。

 次の瞬間、不思議なことが起こった。

 イザベラがただ軽く剣を振るったそれだけで、男はその体勢を大きく崩した。

 そのまま前のめりに倒れ込みそうになった男の首元を掴んだ彼女は、男の鳩尾に向かって膝蹴りを叩き込む。

「ぐぇっ!?」

 たったそれだけで男の口からは潰されたカエルのような声が漏れ、そのままぐったりと脱力してしまった。

 その一連の動作を目で追うことすらできなかった俺が呆然としていると、先に我に返ったエステルが俺の脇を走って行く。

「師匠っ!」

「ああ、エステル。……どうやら、大変なことがあったみたいだね。とりあえず、状況を説明してくれる?」

 その問いに事情を説明し始めるエステルを見て、俺はやっと一息つくと腰から砕けるようにその場に座り込んでしまうのだった。


 ────

「なるほど、そんなことがあったのね。どうやら相手は、いよいよ手段を選ばないつもりみたいね」

「すいません師匠、それにアキラさん。俺が付いていながら、簡単にリーリアさんを連れていかれてしまって……」

「いや、エステルは十分頑張ってくれたよ。エステルが居なかったら、俺は今ごろ殺されてただろうし。こうやって生きてはいられるのは、紛れもなくエステルのおかげだよ」

 落ち込むエステルを慰めるように、俺は笑顔を浮かべながら彼の頭を撫でる。

 実際、エステルが居なければ危なかった。

 生産系のチート能力を持っているとはいえ、戦闘面で言えば俺はなんの役にも立たない。

 そんな俺一人ではあの状況から生き残ることはほぼ不可能だったし、あの時エステルが飛び出してきてくれて本当に助かった。

「まぁ、護衛として最低限の働きはしたってところだね。私に言わせれば、まだまだだけど」

 手放しで褒める俺とは対照的に厳しい意見を告げるイザベラに、エステルは再び身体を縮こませる。

 と言ってもイザベラだって褒めるつもりがない訳ではないようで、すぐに微笑みを浮かべる。

「まぁ、私が到着するまでコイツを引き留めていたのは良くやったよ。おかげで、貴重な情報源を手に入れることができた」

 工房の真ん中で簀巻きにされたまま俺たちに囲まれている男を顎で示しながら、イザベラはそう言ってエステルの肩を軽く叩く。

「……で? アンタの依頼主について、そろそろ話す気になったかい?」

 いつの間にか意識を取り戻していた男にイザベラが声を掛けると、男は顔を逸らして口を噤む。

「ほう、答える気はないということか」

「当たり前だろう。依頼主の名前を漏らしたなんて噂が広まれば、裏の世界ではやっていけない。俺から情報を得るのは諦めた方が良い」

「ははっ、大した自信だな。ならばこうしよう」

 笑いながらスッと剣を抜いたイザベラは、その剣先を一切の躊躇なく男の胴へと突き刺した。

「グゥッ!?」

 くぐもった呻き声を上げる男のことなど気にした様子もなく、彼女は刺した剣を抜くと傷を回復魔法で塞ぐ。

「もう一度聞こう。お前の依頼主は誰だ?」

「……何度聞かれても答えは同じだ。これくらいの拷問で答えるほど、俺は軟弱じゃないんでな。……ガァッ!?」

 男の答えを聞いてイザベラはもう一度さっきと同じように男に向かって剣を突き刺し、そしてさっきと同じように傷を回復魔法で塞いでいく。

 その狂気とも思える行動に俺は言葉を失い、エステルさえも少し顔色を青くしていた。

「私が求める答えはひとつだ。答えたくなったら教えてくれ。それまで私は、ひたすらお前の身体を痛めつけることにしよう」

 もはや問いかけることもなく、イザベラは表情に笑顔を浮かべたまま剣を振り続ける。

 刺しては治し、刺しては治し。

 たまに気が変わったように刺す場所を変えてみたり、傷口から流れ出す血の様子を眺めてみたり。

 そんな常人なら発狂してしまいそうな拷問を続けること数十分。

 ついに男の精神は限界を迎えてしまった。

「やっ、やめてくれっ……! もう、やめてくれぇっ!! 話す! なんでも話すから! もうそれを刺すのはやめてくれ……」

 大の男が涙を流しながら懇願する姿を見ても表情を変えることなく、イザベラはただ静かに男を見下ろす。

「そうか。では、答えてもらおう。お前の依頼主は誰だ?」

 その問いの答えとして出てきた名前は、ある意味で予想通りの人物だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る