第50話

「イグリッサ商会か……。アキラの予想通りだったとはいえ、えらく大物の名前が出てきたな」

 聞きたい情報を全て引き出した男を衛兵に突き出した後、イザベラは嘆息するように呟いた。

 男の口から語られた依頼主の正体。

 それは少し前に俺をスカウトしようとした商会の名前だった。

「イグリッサ商会といえば、この街じゃ知らない奴の方が少ない大店だろ。この工房は、そんな所からなにか恨みを買うようなことでもしたのか?」

「さぁ、分からない。知っての通り俺はこの街に来て日が浅いし、リーリアだって恨みを買うような商売をする娘じゃないから違うと思うんだけど……」

 前にスカウトマンを名乗る男がやってきた時にも心当たりはなさそうだったし、少なくとも俺やリーリアが恨みを買っているようなことはないはずだ。

 それは二人とも理解してくれているみたいで、エステルは悩むように首を傾げる。

「あの男が理由まで知ってればよかったんですけど、そう上手くはいかなかったですね」

「それに、この襲撃の目的も不思議だ。この間のスカウトの様子から、てっきり連中の狙いは俺の鍛冶の腕だと思ってたのに。どうして奴らはリーリアの方を攫っていったんだろう?」

「それは、リーリアさんを人質にしてアキラさんに言うことを聞かせるためじゃないんですか?」

「それも考えたんだけど、だったら今度はあの男が俺を殺そうとした理由が分からないんだ。最終目的が俺なんだとしたら、その肝心の俺を殺してしまったら元も子もないのに」

「確かに、それはそうですね……」

 ふたりでない頭を捻りながらああでもない、こうでもないと思考を巡らせていると、今まで黙り込んでいたイザベラは不意に立ち上がる。

「ふぅ……。分からないことを考え込んでいても埒が明かない。こうなったら、直接聞きに行った方が早いんじゃないか?」

「直接って……。そんなことをしたら、また騒ぎになるんじゃないか?」

「そうですよ、師匠! いくらなんでも危険すぎますって!」

 いきなりの提案に困惑してしまう俺たちとは対照的に、彼女はなんでもない様子で笑う。

「まぁ、大丈夫だろう。むしろ騒ぎを起こしてもらえば、そのどさくさに紛れてリーリアの救出も叶うかもしれない。それにもしもの時は、私が責任をもってアキラを守るさ」

 自信満々に胸を叩いて歩き出してしまったイザベラを止めることもできず、顔を見合わせた俺たちはため息を吐きながらその背中について行くのだった。


 ────

「いらっしゃいませ、イグリッサ商会へようこそ。本日はどのようなご用でしょうか?」

 商会の本部である建物に入ると、正面に立っていた受付嬢がカウンター越しに俺たちへ向かって笑顔を見せる。

 そんな彼女に近寄ると、俺は挨拶もそこそこにいきなり本題に入ることにした。

「俺はファドロ工房の者です。こちらにウチの工房主が来ていると思うんですが、なにかご存じではないですか?」

 たったそれだけの言葉で、受付の雰囲気はガラッと変わってしまう。

「申し訳ありません。私どもでは対応しかねますので、どうぞお引き取りください」

 俺たちの正体を聞いた瞬間、笑顔が消えた受付嬢から抑揚のない声でそう告げられた。

 そのいきなりな態度の変化に戸惑う俺をよそに、慣れた様子のイザベラは構わず受付嬢へと詰め寄る。

「だったら、対応できる人間をここに連れてきてくれ。それか、私たちが直接この建物の中を調べ回っても良いんだが」

「面会のお約束のないお客様をお通しするわけにはいきませんので」

「ならいつなら会えるんだ? いくつか聞きたいことがあるだけで、それほど時間は取らせないつもりなんだが」

「商会員はみな多忙ですので、申し訳ありませんがご了承ください」

 取り付く島もないとは、まさにこのことである。

「お引き取りいただけないのであれば、こちらもそれなりの手段を使わせていただきます。衛兵のお世話には、あまりなりたくないのではありませんか?」

 受付嬢のその言葉とともに警備担当らしき男たちが現れ、俺たちを囲むように睨みつけてくる。

「衛兵、ねぇ……。それを呼ばれて困るのはお互い様だと思うんだが」

 さらに挑発するようなイザベラの態度にも、受付嬢はピクリとも反応しない。

 それどころか、口元に微かな笑みすら浮かんでいるような気がした。

「……イザベラ、もう止めよう。どうやら、ここにリーリアが来ているというのは俺の勘違いだったみたいだ」

 放っておけば剣を抜いてしまいそうなイザベラを抑えるようにして、俺たちは警備の男たちに見守られるようにしながら建物を後にする。

 そのまま建物の入り口を塞ぐように立つ男たちを睨みつけながら、俺たちはその場から離れると人気の少ない路地へと入っていく。

「イザベラ、いくらなんでも挑発しすぎだ。まさか、本当に暴れるつもりだったんじゃないだろうな?」

「まさか。さすがの私でも、そこまで喧嘩っ早くはないさ。まぁ、先に手を出されていたら分からなかったがね」

 肩をすくめて苦笑したイザベラは、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見つめてくる。

「だけど、そのおかげでいろいろと分かっただろう?」

「そうだな。少なくとも、あの建物の中にリーリアは居ないみたいだ」

 分かり合う俺たちとは対照的に、エステルだけが理解できていない様子で困惑した表情を浮かべていた。

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