第48話
リーリアを連れ去った大男が見えなくなると、残った男は僅かに不機嫌そうな表情を浮かべる。
「まったく、あいつは……。どうして俺が、依頼の優先順位も分からない奴と組まされなくてはいけないんだ」
愚痴を零しながらもその視線は油断なく俺から離れることなく、いつまで経っても身動き一つ取ることができない。
「お前ら、リーリアを攫っていったいどうするつもりなんだ?」
「さぁな。俺らはただ依頼主の指示に従っただけだ。金さえもらえれば、それ以上の興味はない」
「だったら、その依頼主の名前くらいは教えてくれないか? どうせ俺はこの後死ぬんだし、冥土の土産に自分を殺そうとした奴の名前くらいは知っておきたいんだよ」
逃げられないのならせめて少しでも情報を聞き出そうと声を掛けても、返ってくるのは乾いた嘲笑だけだった。
「ははっ、この俺がそんな安い同情に乗るとでも思っているのか? プロなら、どんな状況でも依頼主の情報を漏らしたりはしない」
嘲るような笑いを浮かべながら男が手を動かすと、首に突き立てられた刃が食い込み薄皮を裂く。
つぅーっと僅かに漏れた血が首筋を伝うと、男の本気の殺気を感じて背筋には冷たいものが走る。
「どうした? 死ぬのは怖いか?」
「……当たり前だろ。どこの世に、死ぬのが怖くない人間が居るって言うんだよ?」
「はっ、違いない。俺だって無駄な殺生はしたくない。そもそも、あの娘を手に入れたところで俺たちの依頼は終わっているからな。もしお前があの娘のことを諦めてこれ以上この件に首を突っ込まないと言うなら、命だけは助けてやってもいい」
もちろん、そんなことできるはずがない。
俺にとってリーリアと言う存在は、すでに人生でなくてはならないものになってしまっているのだ。
だけど、だったらどうする?
このまま抵抗し続けても殺されるだけなら、相手を油断させるために嘘を吐くのもひとつの手かもしれない。
そんな俺の思考を読んだかのように、男は懐から一本のスクロールを取り出しながら言葉を続ける。
「ちなみに言っておくが、嘘を言おうとしても無駄だ。万全を期すためにも、この契約紋を使って縛らせてもらう」
「契約、紋……?」
「なんだ? 商売をしているのに、契約紋も知らないのか? まぁ、こんな小さな工房じゃあ契約紋を使うような大きな取引もないか」
一瞬だけ呆れたように呟いた男だったが、すぐに納得したような表情を浮かべて再び口を開く。
「まぁ、簡単に言えば魔法を使った契約のようなものだ。これを使った契約は決して破ることはできず、もし無理やりでも背けば契約に応じた大きな代償が待っている。今回の場合は、命を失うことになるだろうな」
「ご丁寧に説明どうも。そんな大仰な物を持ち出すなんて、どうやらお前はよほど臆病なんだな」
「ああ、その通り。俺は臆病だから、裏の世界でもここまでやっていけたのさ。……さぁ、答えを聞かせてもらおうか?」
どうやら、これ以上の時間を稼ぐことはできないみたいだ。
ゆっくりと息を吐いた俺は、覚悟を決めて男の問いに答えた。
「悪いが、そんな契約はクソ食らえだ。たとえどんなことがあったとしても、俺がリーリアを諦めるなんてことは絶対にない!」
「……そうか、それは残念だ。だったら、お前には死んでもらうしかないな」
おそらく、男も予想をしていたのだろう。
俺の答えを聞いてなんの感情も示さなかった男は、首に突き立てた刃へと力を込める。
そしてその刃が俺の首を切り裂こうとしたまさにその瞬間、物陰からなにかが飛び出してきた。
「やらせないっ!!」
「ッ!?」
飛び出してきたエステル存在に気付いた男は、俺に突き立てていた剣をエステルへと向ける。
そのまま彼の攻撃を受け止めて鍔迫り合いを始めた男から慌てて距離を取ると、そんな俺の様子を確認したエステルは視線だけをこちらへ向けた。
「アキラさん、無事ですか? 助けに入るのが遅くなってすいません」
「いや、いいタイミングだったよ。おかげで助かった」
十分に距離を取った俺の姿を確認したエステルは男の傍から飛び退くと、俺を守るようにして剣を構える。
「まさかまだ動けるとはな。てっきり、最初の衝撃で死んだか気を失ったと思っていたんだが」
「それは残念でしたね。あいにくと、これくらいは師匠との修行で慣れてるんですよ」
とはいったものの、エステルだって無傷と言うわけではないだろう。
服はボロボロでところどころ敗れているし、よく見れば身体中に細かな傷がついていた。
それでも勇敢に俺を守ろうとする彼の手助けになればと、俺は近くに落ちていた量産品の剣を持ってエステルの隣に並び立つ。
「アキラさん? 危ないですよ」
「分かってる。だけど俺だって、居ないよりはマシだろ? どうせエステルがやられたら俺も一緒に殺されるんだ。囮くらいにはなるさ」
気を抜けば震えてしまいそうな身体を気合で抑え、俺は真っ直ぐに男を睨みつける。
そんな俺の覚悟を感じてか、エステルはそれ以上なにも言わずに男へと向き直った。
そうやってしばらく睨み合いが続き、最初に動いたのは男の方だった。
「ふん、やってられんな。さすがの俺も二対一じゃあ怪我なく制圧は難しそうだ。これ以上時間を掛けて誰かやって来てもかなわないし、退散させてもらうとしよう」
言うが早いか壁の穴に向かって走り出した男を、俺たちはただ厳しい表情で見送るしかできない。
実際、このまま戦ってもおそらく勝ち目はほとんどないだろう。
退いてくれるというのなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。
おそらく男もそれが分かっているからか、その表情からは相変わらず余裕が見て取れる。
そのまま男が工房を出ていこうとした時、目の前にひとつの人影が現れた。
「おい。私の可愛い弟子に、いったいなにをしてくれてるんだ?」
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