第47話

「あの、本当に貰っちゃっていいんですか? やっぱりお金とか、払わないと駄目なんじゃ……」

「いいって、そんなの要らないから。それはあくまで、耐久実験に付き合ってくれたお礼なんだから」

 あの後、休憩に入った俺は手伝いのお礼にと胸当てをそのままエステルにプレゼントした。

 そうするとエステルは遠慮するように何度も尋ねてきて、そんな彼を宥めるように俺は何度も同じように説得を繰り返す。

 そもそもやりすぎてしまった試作品のソレは商品にすることもできないし、かと言って俺が持っていても倉庫の肥やしにしかならない。

 だったら冒険者であるエステルに使ってもらった方が、胸当ても喜ぶんじゃないだろうか。

「でも……」

 それでもなお食い下がってこようとするエステルに苦笑を浮かべていると、そんな俺たちを見かねたようにリーリアが声を掛けてくる。

「お茶が入りましたよ。ふたりとも、こっちに来て休憩しましょう」

「ああ、ありがとう。すぐに行くよ。……と言うわけでエステル、この話はこれで終わりってことで」

 これ幸いと彼から逃げるようにリーリアの元へと歩いていくと、エステルは渋々と言った様子で俺の後をついてくる。

「はぁ……、防具をタダで貰っちゃったなんて師匠に知られたら、どやされちゃいますよ。『お前は護衛の仕事をしに行ったのか? それとも、物乞いに行ったのか?』って……」

「いやいや、そんなことないって。その胸当ては手伝ってくれたお礼にプレゼントしただけなんだし、それならイザベラもとやかく言わないでしょ」

「そうだと良いんですけど……。もし怒られる時は、アキラさんも一緒に怒られてくださいよ!」

「ははっ、分かったよ。その時は俺がちゃんと説明するから、とりあえず落ち着いてお茶でも飲もう」

 こうしてやっと落ち着きを取り戻したエステルに微笑みかけながら紅茶の入ったカップに手を伸ばした、その瞬間。

 突然の轟音とともに壁が吹き飛び、飛び散った瓦礫が俺たちに襲い掛かってきた。


 ────

「あぶないっ!!」

 いち早く異変に気付いたエステルが大声で叫び、庇うように俺たちの前へと飛び出していく。

 そのまま襲い掛かってくる瓦礫を両手で防いだ彼は、その衝撃で後方へと引き飛ばされてしまう。

「エステルッ!?」

 机や棚をなぎ倒しながら吹き飛んでいくエステルに駆け寄ろうとすると、それよりも早く謎の人影が俺の元へと接近してくる。

「んなっ!?」

 目にも止まらぬ早さで接近してきた人影に反応することもできず、首筋に刃を突きつけられてしまった。

「動くな。少しでも妙な動きをすれば、一瞬でその頭と身体がお別れすることになるぞ」

 突然現れた男の冷え切った声からは本気がうかがえて、俺は文字通り身動きが取れなくなってしまう。

「……なにが、目的だ?」

「それをお前に教える必要があるのか? それに、すぐに分かるさ」

 なんとか口だけを動かして尋ねても、返ってくるのは素っ気ない言葉だけ。

 ともかくリーリアだけは逃がさなくてはと視線を巡らせると、彼女は怯えたような表情を浮かべたままその場で縮こまっていた。

「リーリア、逃げろっ!」

「で、でも……」

「いいから早く! 誰か助けを呼びに行ってくれ!」

 いきなり襲撃してきてすぐに殺さないということは、彼らには俺を殺さない理由があるはずだ。

 だったらリーリアが助けを呼びに行っている間だけでも時間を稼げば、助かる可能性だってある。

 俺のその言葉を聞いて、瞳に涙を浮かべたリーリアは弾かれたように工房から出ていこうとする。

 しかしそんな彼女の行く手を阻むように、さらにひとりの男がリーリアの前へと現れた。

「おっと、そうはいかない。悪いが、お前さんを逃がすわけにはいかないんだよ」

 2メートルはありそうなガタイをした屈強な男に道を塞がれて、リーリアは驚いたように立ちすくむ。

 それでもすぐに方向転換して逃げようとするものの、それよりも早く大男の手が彼女の腕を掴む。

「きゃっ!?」

「逃がさねぇって言っただろ。あんまり暴れると、ちょっと痛い目に合うことになるぞ」

「おい、ちょっとは加減しろよ。怪我をさせたら依頼主からどんな小言を言われるか分からないからな」

 掴んだ腕を強引に引き寄せてリーリアを拘束するに、もう一人の男が苦言を呈す。

 その口ぶりから考えて、どうやらこいつらの狙いはリーリアらしい。

「くそっ……。まさかこんなに早く実力行使に移るなんて……」

「まぁ、普通は考えないわな。放っておいてもそのうち手に入る物を、わざわざ危険を犯してまで奪いに来るなんて普通じゃない。だが逆に言うと、お前らはそんな普通じゃない奴を敵に回したってことだ」

 俺の言葉に冷淡な口調で答えた男は、それっきり俺から興味を失ったようにリーリアを拘束している大男へと視線を向ける。

「仕事は終わりだ。お前はその娘を連れて依頼主の所まで先に行ってろ。俺は、こいつらを始末してから向かう」

「あん? なんだよ、つまんねぇなぁ。もうちょっと暴れたかったが、しょうがねぇか」

 不満そうな表情を浮かべながらも、大男はその言葉に素直に従う。

 素早くリーリアをわきに抱え、そのまま空いた壁の穴から立ち去ろうとする大男。

「いやっ!! アキラさんっ!!」

「リーリアッ!!」

 泣き叫び助けを求めるように手を伸ばすリーリア。

 そんな彼女にどうしてやることもできず、俺はただ叫びながら彼女が連れ去られていくのを見ていることしかできなかった。

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