第42話

 近寄ってこようとする男を牽制しながら距離を保ちつつ、俺はさらに時間を稼ぐために言葉を続ける。

「そもそもお前は、どうしてこんな仕事をしようと思ったんだ? それほどの腕があれば、きっと冒険者としても十分にやっていけるだろ」

「はっ、お前みたいな甘ちゃんには分からないだろうな。いいか、世の中は金が全てだ。金があれば大抵の問題は解決するし、ほとんどの物を手に入れることもできるんだ。そして、手っ取り早く金を手に入れることができるのが、裏の仕事ってわけだ」

「そんなしょうもない理由で、犯罪に手を染めたのかよ。俺には理解できないな」

「別に、お前に理解してもらおうなんて思ってないさ。俺はただの殺し屋で、お前はただのターゲット。たったそれだけの関係だからな」

「やっぱり、お前の狙いはリーリアじゃなくて俺だったんだな。どうりで、彼女が逃げた時も落ち着いていたわけだ」

 だとすれば、リーリアの安全はもう保証されたようなものだ。

 心の中で安堵のため息を吐いて、俺は表情を少しだけ緩ませる。

「おいおい、今から殺されるってのにずいぶんと余裕だな。もしかして、恐怖で気でも狂ったか?」

「馬鹿なことを言うなよ。俺は正気だし、お前になんて殺されない」

 俺が死ぬとしたら、それは俺がそれで納得した時だけだ。

 間違ってもこんな所で、誰かの指図で現れた殺し屋に殺されてたまるか。

 しかし現実は無常で、俺と男の距離はゆっくりと短くなっていく。

「さて、無駄話はこの辺りで終わりにしようか。来世では、恨みを買わないようにうまく生きるんだな!」

 一気に距離を詰めてきた男が俺に向かってナイフを突き立てる。

 その先端が胸元に刺さる一瞬前、いきなり物陰から飛び出してきた人影が男を蹴り飛ばしていた。

「ぐぁっ!?」

 空気の漏れるような呻き声をあげて吹き飛んだ男に追い打ちをかけるように、人影はその勢いのまま追撃を与える。

 それによって男は一瞬で意識を刈り取られ、崩れるように地面へと倒れてしまった。

「ふぅ、間に合った。……どうやら、無事みたいだね」

 そう言って振り返った人影の顔は、良く知っている人物だった。

「イザベラ!? どうしてここに……?」

 驚く俺に彼女がニッコリと笑顔を浮かべている間に、遠くからさらに二人の人影が駆け寄ってくる。

「アキラさん! 大丈夫でしたか!?」

 飛びつくように俺に駆け寄って来たリーリアが抱き着いてくると、俺の胸元に顔をうずめながら嗚咽を漏らす。

 そんなリーリアを宥めるように頭を撫でていると、エステルまでが路地へとやって来た。

「師匠、早すぎですよ」

「ああ、エステル。いいところに来たね。私はコイツを縛り上げておくから、アキラ君の手当ては頼んだよ」

 言いながら男をロープで雁字搦めにしていくイザベラ。

 そんな彼女にため息を吐きながら、エステルは俺のそばに近づくとテキパキと手当てをしてくれる。

「ありがとう。意外と手際が良いんだね」

「あはは、修行でよく怪我をしますから。手当てならもうお手の物ですよ」

 それは果たして、誇っても良いことなのだろうか。

 みるみるうちに手当ては終わり、俺は改めてイザベラに視線を戻す。

「イザベラも、危ないところを助けてくれてありがとう。でも、どうしてこんな所に来たんだ? 助かったけど、タイミングが良すぎるだろ」

「それはもちろん、そこの彼女に頼まれたからさ。出会うなり「アキラさんを助けてください!」なんて頼まれてね。それで急いで駆け付けたってわけさ。だからお礼なら、その子に言いなさい」

 そう言ってウインクされて、俺はあいかわらず胸元で泣いているリーリアに視線を向けた。

「ありがとう、リーリア。助けを呼んできてくれたおかげで、なんとか生き延びることができたよ」

「うぅ…、良かったです……。アキラさんが無事で、本当に良かったぁ……」

 涙で声を震わせながら何度も安堵の言葉を漏らす彼女をギュッと抱きしめると、彼女も俺に身体を預ける。

「それで、この男はいったいどこの誰なの? アキラ君の知り合い?」

「いや、どうやら殺し屋らしい。俺を殺せと、誰かに依頼されてるみたいだ」

「へぇ、殺し屋ねぇ。だったらとりあえず、この件はギルドで預かることにするよ」

「冒険者ギルドで? こういう場合って、兵士とか憲兵に受け渡すんじゃ?」

「まぁ、普通の人は知らないよね。実は冒険者ギルドは、この街の裏で動いてる組織の調査を街から依頼されてるの。だから、ギルドに連れて帰っていろいろとお話したいなって、ね」

「あはは、お話ねぇ……」

 含みのある言い方に、俺は思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。

「まぁ、それはそっちに任せるよ。俺を殺すように依頼した奴が分かったら、教えてくれると助かるんだけど」

「オッケー。そっちの方も、ちゃんと聞きだしておくから安心して」

 軽い口調で承諾したイザベラは、簀巻きにされた男を担ぐ。

「それじゃ、私はギルドに行ってくるね。たぶん大丈夫だと思うけど、今日は人通りの多い場所を通った方が賢明だよ」

「分かってる。俺だってそう何度も襲われたくないし、気を付けるよ」

「素直でよろしい。それじゃ、大通りまで一緒に行きましょうか」

 そうして俺たちは、四人並んで路地を抜けて大通りへと歩く。

 そこでイザベラたちと別れた俺たちは、改めてお互いの顔を見つめ合った。

 泣きはらした赤い目をしているリーリアに微笑みかけると、彼女のお腹がグゥッと鳴る。

「えへへ、泣いたらお腹が空いちゃいました」

「そう言えば、夕食に向かう途中だったな。ちょっと遅くなっちゃったけど、今からでも食べに行こうか」

「はい!」

 元気いっぱい返事をしたリーリアと手を繋ぎながら、俺たちは大通りを目的の店に向かって歩き出すのだった。

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