第43話
次の日、腕を怪我しているということで大事を取って鍛冶の仕事を休んでいた俺の元に、イザベラが訪ねてきた。
「やぁ、おはよう。昨日は災難だったね。傷はまだ痛む?」
「おはよう。エステルの手当てが良かったから、もうほとんど痛みはないよ。本当は仕事もしたいんだけど、リーリアが許してくれないからね」
「重いハンマーなんて振り回して怪我が悪化したらどうするんですか! せめて今日一日くらいは、大人しくしていてください!」
朝からかいがいしく俺の世話を焼いていたリーリアは、俺の後ろでそう言って頬を膨らませる。
「あはは、なんだか奥さんみたいだね」
「奥さん、ですか……。えへへ……」
イザベラの言葉に頬を緩ませて笑うリーリアは、見ていてとても可愛らしい。
本当にリーリアが俺の奥さんだったら、どれだけ嬉しいだろうか。
毎日仕事を終えて帰ってきたら、家で待っていたリーリアが玄関まで迎えに来てくれる。
疲れた俺を笑顔で迎えてくれた彼女が「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」なんて言ってくれた時には、俺の理性なんて簡単に吹き飛んでしまうだろう。
「おーい、アキラくーん?」
なんて妄想にふけっていると、ニヤニヤとからかい混じりの笑みを浮かべたイザベラが俺の顔を覗き込んでくる。
「どうしちゃったのかな? なんだかだらしない顔になってたけど。もしかして、リーリアちゃんと結婚する妄想でもしてた?」
「な、なんのことだか分からないなぁ……」
図星を突かれて視線を逸らしながら、俺が誤魔化すように話題を変える。
「ところで、イザベラはこんな朝早くからなにをしに来たんだ? もしかして、また仕事の依頼か?」
「うーん、それはまた今度頼もうかな。私の武器はまだ使えるし、エステルは新調したばかりだから」
「だったら、いったいなんの用なんだ? ただおしゃべりに来ただけなんだったら、お茶菓子でも用意するけど」
「あはは、ありがとう。でもちゃんと用事があって来たんだよ。……昨日の男のことなんだけど」
その言葉で、俺たちの間に一気に緊張が走る。
「なにか、分かったのか?」
さっきまでの緩んでいた空気は急に引き締まり、真剣な視線をイザベラに向ける。
そんな俺を宥めるように微笑みながら、彼女はゆっくりと口を開く。
「アキラ君の言った通り、彼はこの街の裏で動いている殺し屋だった。どうもそう言った人間ばかりが集まる組織、冒険者ギルドでは通称を「裏ギルド」と呼ぶ組織に所属しているみたいだね。ただ、裏ギルドの情報や依頼主の情報はほとんど聞き出せていない。無理に聞き出そうとしても何も話さないんだから、彼の忍耐力の高さには驚かされるよ」
淡々と語られる話に、俺の表情は思わず引きつってしまう。
俺って、そんな危険そうな奴から狙われてたのか。
「それってもしかして、昨日の男の他にも第二、第三の刺客が送られてくるんじゃ……」
むしろ仲間が捕まってしまったことで、裏ギルドの連中の恨みを買ってしまったのではないだろうか。
「それは考えにくいね。ギルドと呼んでるけど、実際はただの無法者の集まりみたいなものだから。あの男が何も答えないのだって、仲間を守るというより喋れば自分の身が危ないからだと思う。裏切り者がどうなるのか、彼が一番よく知ってるから」
「なるほどな。だったら、少なくともしばらくは安全だと考えても良いんだな」
「そうだね。男が捕まったことは今のところギルドでもごく限られた人間しか知らないし、それを彼の依頼主が知るのもまだ時間がかかるんじゃないかな」
「それって、あいつが捕まったことがバレたらまた新しい刺客を送り込まれるパターンじゃないか……」
だとしたら、ギルドにはなんとしても依頼主の情報を聞き出してほしいものだ。
相手が分からないことには対策だって練りようもないし、このままでは安心して街を出歩くこともできない。
「まぁ、不安な気持ちはよく分かるよ。そんなアキラ君たちに、ちょっとした提案があるんだけど」
「提案?」
いったいこの流れで、どんな話を持ってきたんだろうか?
不思議に思っていると、イザベラは少しもったいつけるみたいにゆっくりと口を開いた。
「アキラ君たちさえ良ければ、私とエステルが君たちの護衛をしてあげる。もちろん依頼料はかかるけど、友達価格でうんと安くしておくよ」
「護衛か……。確かに、イザベラたちが守ってくれるんなら安心だけど」
でも、当たり前だけど依頼料が発生する。
借金を返していかなければならない身としては、こんなことにお金を払うことを躊躇してしまう。
命には代えられないとはいえ、まだ襲われるかも分からない段階で護衛を雇うのは少し時期尚早な気もするし……。
なんてことを考えている間にも、いつの間にか身を乗り出していたリーリアがイザベラの手をギュッと握っていた。
「ぜひ、お願いします! 依頼料はいくらになりますか?」
「リーリア!? そんなに簡単に決めていいのか?」
二つ返事で依頼を始めたリーリアに驚いて声をかけると、彼女は俺を見て首を傾げる。
「だって、安全が第一ですよ。このままじゃ安心して外も歩けないですし、背に腹は代えられませんから」
「そうかもしれないけど、まだしばらくは誰も襲ってこない可能性の方が高いんだから。だったら、しばらくは様子を見ても……」
「そんなこと言って、明日襲われたらどうするんですか? 私はもう、アキラさんが傷つくところを見たくないんです!」
強い口調でそんなことを言われれば、もう俺はなにも言い返すことができない。
俺だって怪我をするのは嫌だし、なによりも俺のために涙を流すリーリアの姿なんて二度と見たくはない。
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