第41話

「アキラさんッ!?」

 遅れてやってきた痛みと衝撃で後方へ吹き飛ばされた俺を心配するようにリーリアが叫び、倒れた俺を介抱するように駆け寄ってくる。

「ぐっ、あぁ……。いきなり、なにをするんだ……?」

 痛む身体を押さえながら男を睨みつけると、相手は余裕たっぷりな表情を浮かべながら懐からナイフを取り出した。

「んなっ!? なにをする気なんだ? いったい、何が目的なんだよ?」

 突然のピンチに驚きながらも、俺は慌ててリーリアを背中に庇う。

 明らかに害意を持っている相手に、リーリアを傷つけさせるわけにはいかない。

 最悪でも彼女だけは逃がせるように、フードの男から視線を切らさずになんとか隙を伺う。

 しかし格闘技はおろか喧嘩すらほとんどしたことのない素人の俺では、今の拮抗した状況を維持することが精いっぱいだ。

 額には冷や汗が流れ、無意識のうちに緊張でゴクッと喉が鳴る。

 そんな俺とは裏腹に余裕たっぷりな男は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺たちにゆっくりと近づいてくる。

「クソッ、なにか手はないのか……?」

 このままでは襲われるのも時間の問題だ。

 なんとかこの状況を乗り切るために思考を巡らせていると、ふとある方法を思いついた。

「リーリア。スクロールは持ってるか?」

「は、はい……。でも、これは攻撃用じゃないですよ」

「分かってる。それでもいいから俺に貸してくれないか? 大丈夫、きっとうまくいくから」

 半ば自分に言い聞かせるようにそう告げて、彼女からスクロールを受け取る。

 余裕たっぷりな男はそんな俺たちの動きなど意に介さず、あいかわらずゆっくりとした歩調で距離を詰めてきている。

 そうやって舐めていてくれた方が、俺としても助かる。

 あくまで不意打ちの一発勝負、ある意味で賭けみたいな方法だからな。

 相手が油断してくれている今が唯一のチャンスだ。

 その慢心を、せいぜい利用させてもらうことにしよう。

「リーリアは下がっていて。それから、俺が合図するまで目を閉じてるんだ」

「は、はい……」

 言われたとおりに目を閉じる彼女を横目で確認して、俺は改めてフードの男に向き直る。

 その瞬間、男は一気に距離を詰めて俺に向かってナイフを振りかざした。

 今だ!

「ライトッ!」

 男の顔が近づいてきたタイミングを見計らって、俺はスクロールを男の顔に向けて開いた。

 そうするとスクロールからは勢いよく光の球が飛び出し、それは男の目の前で眩い光を放つ。

「ぐぁ、ああぁっ!」

 いきなりの激しい光に目を押さえてのけぞった姿を見て、俺は男に向かって思い切り体当たりを放った。

「リーリア! 逃げろ!」

「で、でも……。アキラさんは……」

「俺のことはいいから! 早く逃げて、人を呼んできてくれ!」

 暴れる男を必死で押さえつけながら叫ぶと、リーリアは弾かれたように通りに向かって走り出す。

 そんな彼女の姿を見て、一瞬だけ気が緩んでしまった。

 無事に逃げ出すことのできたリーリアに安堵した一瞬の隙。

 そんな隙を見逃してくれるはずもなく、暴れる男からまたしても胴に蹴りをくらった俺はその身体を離してしまう。

 その間に立ち上がった男は再びナイフを手に取り、その腕をいきなり俺に向けて突き立てる。

「く、うっ……」

 滅茶苦茶に振り回されたナイフが腕に当たり、その痛みにうめき声を漏らしながらできるだけ男から距離を取る。

 ともかく今は、なんとかして時間を稼がなくては。

 逃げたリーリアが俺の言葉通り誰か人を呼んできてくれれば、この状況は一気に好転するだろう。

 それを信じて男と向き合いながら、少しでも相手の気を逸らすために声を上げる。

「お前の狙いは俺なのか? いったい、誰に頼まれた?」

 初対面のはずのこの男から直接恨みを買った可能性は低いし、だとしたら裏に誰か雇い主がいるはずだ。

 そんな風にある意味でカマをかけたその質問に、男は小さく笑みを浮かべる。

 その姿にはさっきまでのような油断の色は見えず、俺の些細な動きさえ見逃さないように注意深い視線を感じる。

 もちろんさっきみたいな不意打ちはもう通用しないだろうし、そうなると俺に手は残されていない。

 それを悟られないように、俺は逆に余裕たっぷりな態度で男と対峙する。

「どうやら図星みたいだな。だけど、相手が悪いぜ。リーリアが居なくなったからには、もう遠慮する必要もないからな」

 もちろんハッタリだ。

 武器もなければ喧嘩もからっきしな俺では、ナイフを持った男に勝てるはずがない。

 むしろ切られた腕や二度も蹴られた腹が痛んで、まともに立っている事さえやっとな状態だ。

 それでも俺の精いっぱいの強がりに、男は警戒してあまり距離を詰めてこない。

 おそらく、さっきみたいな不意打ちを警戒しているんだろう。

 ずっとそのまま警戒していてくれれば助かるのだけど、いつまでもこの状況が続くとは思えない。

 俺は内心の焦りを必死に隠しながら、さらに男へと話しかける。

「いい加減、諦めたらどうだ? 今なら、目的や雇い主を正直に話せば許してやらないこともないぞ」

「ふふ、それは言えんな。裏に生きる俺たちには、俺たちなりの仁義というものがある」

「ああ、そうかい。それは残念だ」

 ここで諦めてくれれば話は早かったのだけど、そううまくはいかないようだ。

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