第16話
この場には俺とリーリアと、それからイザベラの三人しかいないはずだ。
それなのに、リーリアの用意したカップは四つある。
そのことを不思議に思っていると、ふとどこからか視線を感じた。
その視線を追っていくと、イザベラの背中からこちらを覗く顔と目が合った。
俺の視線に気付いたその顔は再びイザベラの後ろに隠れてしまう。
「こら、エステル。いい加減にちゃんと挨拶をしなさい」
言いながらイザベラが場所を移動すると、そこに居たのは一人の少年だった。
身長はリーリアより少し高いくらいだろうか。
どうやら、長身のイザベラに隠れて俺からは見えなかったらしい。
オドオドとした様子の少年は、少し視線を泳がせながら俺たちと向き合った。
「あの、僕はエステルって言います。よろしくお願いします!」
それだけ言って少年──エステルは勢いよく頭を下げる。
そんな彼の様子を見て、イザベラはおかしそうに笑っている。
「悪いね、この子は少し人見知りなんだ。冒険者として苦労するから早いとこ直せとは言ってるんだけど、こればっかりは数をこなして慣れていくしかないからね」
「なるほど、そう言うことね。……俺はアキラだ、よろしくな」
「私はリーリアです。冒険者さんでしたら、武器の相談はぜひウチでよろしくお願いしますね」
「アキラさんにリーリアさんですね! 不束者ですが、よろしくお願いします」
まるで嫁にでも来るかのようなそのセリフに、俺たちは思わず吹き出してしまう。
どうして笑われているのか分からないエステルだけが、ポカンとした表情を浮かべていた。
それをからかうようにイザベラが肩を叩き、エステルは照れくさそうに笑う。
その姿はとても仲が良さそうで、ふと二人の関係性が気になってしまう。
「それで、イザベラとエステルはどういった関係なんだ? もしかして……」
俺の言わんとすることを察したのか、イザベラは楽しそうに笑いながらそれを否定する。
「いやいや、こいつはただの弟子だよ。ちょっと前にいきなり私の所を訪ねてきて、弟子にしてくださいって土下座で頼まれてね。んで、面白そうだから鍛えてやることにしたんだ」
「へぇ、それは意外だな」
今もまだ少しオドオドしているエステルがそんなに大胆な行動を起こすなんて、相当の覚悟があってのことなのだろう。
それを聞くと、なんだか少し彼への見方が変わってくる。
と、話がひと段落したところでリーリアがイザベラに視線を向ける。
「どころで、今日はなんのご用でいらっしゃったんですか?」
「あぁ、そうだった。今日来た要件はふたつあるんだ。ひとつは、昨日のお礼。本当に困ってたから、改めてお礼を言いたくてね」
「それはご丁寧にどうも。でも、ちゃんと報酬は貰ってるからそれで十分だ」
「そうかもしれないけど、感謝の言葉ってのは何度伝えてもいいものなのさ」
あっけらかんと言いのけたイザベラは、改めて俺たちに頭を下げた。
「んで、もうひとつの用事ね。アキラ君にちょっとしたお願いがあるの」
「お願い?」
「というより、仕事の依頼かな? もしよければ、エステルのために剣を打ってほしいんだ」
「えっ!? 僕にですか!?」
その言葉に一番驚いたのは、他でもないエステルだった。
どうやら、彼も聞かされていなかったらしい。
「エステルも私の弟子になってもうすぐ二か月になる。いろいろと基礎的なことは教えてきたし、そろそろ実戦で覚えてもらうことも多くなってきたからね。その時、信頼できる武器があるのとないのとじゃ、生存率は雲泥の差だ。だから、師匠からちょっとしたプレゼントってわけさ」
「そんな……。僕にはもったいないですよ」
恐縮するエステルとは逆に、リーリアはなにか思うところがあったらしい。
「良いですね、それ! ぜひ受けましょう! いえ、受けさせてください!」
勢いよく身を乗り出したと思ったら、俺に何の相談もなく仕事を受けてしまった。
俺が何か言おうとすると、その前に彼女は上目遣いで俺にすり寄ってくる。
「ねっ、アキラさん。弟子を思う師匠の思い、ぜひお手伝いさせてもらいましょう。……駄目、ですか?」
そんな目で見つめてくるのはずるい。
可愛らしくおねだりされては断ることなどできず、諦めた俺は引きつった笑みを浮かべながら頷くしかなかった。
「やった! ありがとうございます!」
嬉しそうにギュッと俺に抱き着いたリーリアは、すぐに仕事モードに入る。
「それでは、料金の相談に移りましょう。今回は特注での依頼になりますけど、予算はどれくらいをお考えですか?」
「そうね……。このくらいかな?」
さっそく商談に入った二人を、置いてきぼりをくらった俺とエステルが黙って見つめる。
「あれは感動したというより、仕事を逃がしたくなかっただけみたいだな……」
「あはは、うちの師匠が変なことを言い始めてすいません」
「いや、こっちこそ勢いが凄くてごめんな。どうやら、彼女は少し金にがめついみたいなんだ」
「いえいえ、こちらこそ。師匠は言い出したら聞かないものですから」
「いやいや、こっちこそ……」
お互いに何度も頭を下げあって、そのうちに面白くなってしまった俺たちは顔を見合わせて笑う。
彼女たちのおかげで、なんだか少しエステルとの距離が縮まったような気がする。
結局その後、二人の商談が終わるまで俺たちは他愛もない話で時間を潰すことになるのだった。
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