第15話

「アキラさん……。やっぱり量産品は私が全部作りますね」

 リーリアに頼まれてダガーを三本ほど作ったところで、俺は彼女からストップをかけられてしまった。

「あぁ、やっぱり駄目だった?」

 出来上がったダガーを眺めながら、俺は誤魔化すように笑う。

 テーブルに並べられたのは、明らかに他のダガーとは品質の違う三本のダガー。

 どうやら、俺が作るとリーリアの物より格段に性能が良くなってしまうみたいだ。

 材料は同じなのに、不思議なこともあったものだ。

「でも、性能が良いのはむしろ喜ばしいことなんじゃ……」

 と思っていたけど、その言葉にリーリアは難しい表情で首を振る。

「確かに質が良いに越したことはありませんけど、一応は大量生産品ですから、ある程度の品質は合わせておかないといけないです。アキラさんの作ったダガーは他と比べて出来が良すぎるので、同じ商品として納品するのはちょっと難しいかもしれません」

「なるほどね。商売ってのは難しいものなんだな」

 まぁ、確かにたくさんある商品の中で一部だけやけに品質の良い物があれば、みんなそっちを選ぶだろう。

 もしかしたらそれを基準にして、他の商品の品質が悪いとクレームが入るかもしれない。

「ごめんね、役に立てなくて」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それだけアキラさんの腕前が凄いってことですから。いつか、私がアキラさんと同じくらいの物を作れるようになったら、また手伝ってもらいます!」

 グッと気合を入れ直すように拳を握ったリーリアは、そのまま炉と向き合う。

 炎に照らされて汗の光る彼女は、なんだかとても綺麗に感じた。

「でも、だったら俺のやることがなくなっちゃったな。他に何か手伝えることはある?」

 リーリアが頑張っているのに、なにもしていないのはなんだか悪い気がする。

 俺の言葉に少し考え込むように首を傾げた彼女は、やがて何かを思いついたようにポンと手を叩く。

「だったら、アキラさんには一点物を作ってもらいたいです」

「一点物?」

「はい。量産品とは違う、なにかこの工房を代表するような武器を作り上げてほしいんです」

「それは、ちょっと大げさじゃないかな?」

「そんなことないです! アキラさんならできるって、私は信じてますから」

 どうにもリーリアは、俺に対して過度に期待をしているような気がする。

 なんでこんなに懐かれてしまったのかは分からないけど、それでも期待に目を輝かせている彼女を裏切るなんて俺にはできそうにない。

「……分かった。できるかは分からないけど、やってみるよ」

「お願いします! あっ、材料は工房の中にある物をなんでも使っていいですから」

 俺の答えを聞いて満面の笑みを浮かべるリーリアを見ていると、なんだか気合が入る。

 それと同時に、少し楽しくなってきた自分が居ることにも気づいた。

 自分の思い描いた武器を自ら作り出すなんて、まるで男の子の夢のようだ。

 それが実現できるんだから、それだけで異世界に来たかいがあるというものだ。

 さて、どんな凄い武器を作ってやろうか。

 どうせならトコトンやってやろう。

 後世に語り継がれるような武器を作って、リーリアを世界一の工房の主にしてやりたい。

 工房に保管されている材料の山を眺めて、俺は頭の中で妄想を膨らませていく。

 リーリアが鉄を打つ音を背中に聞きながら、無意識のうちに口角を緩ませていくのだった。


 ────

 後世に語り継がれるような武器を作ると言っても、それは今すぐできるようなものではない。

 大きな目標を掲げても、実際にそれを達成するまでには長い道のりが待っているのだ。

 まず、俺にはそんな凄い武器を作る実力がまだ備わっていないと思う。

 いきなり作っても、大した武器などできないだろう。

 今のところ俺が作ったことのあるのはダガーだけ。

 打ち直したりした経験はあるけど、それは元からあった剣を転用したからノーカウントでいいだろう。

「だから、まずは基本的な武器の作り方を学ぶことにしようか」

 基礎ができていなければ、それ以上の物を作ることなんてできない。

 一歩ずつ確実に前に進んでいくのが、きっと一番の近道になるはずだ。

「それじゃあ、まずはなにから作ってみようか……」

 考え込んでいると、工房の扉が開いて誰かが中に入ってくる。

「やぁ、昨日は世話になったね」

 その声に視線を向けると、そこにはA級冒険者のイザベラが立っていた。

「イザベラか。いらっしゃい」

「アキラ君、昨日は本当にありがとうね。おかげで、今日の仕事もきっちりとやり遂げることができたよ。もしも武器が壊れたままだったらと考えたら、ゾッとするね」

 笑顔で肩をすくめながら、イザベラは俺にすっと手を差し伸べてくる。

 その手を取って握手をしていると、いつの間にか炉の前から離れていたリーリアが四人分の紅茶を用意して俺たちの元へと近寄ってくる。

「イザベラさん、いらっしゃいませ。紅茶をどうぞ」

「うん、ありがとう。遠慮なくいただくよ」

 リーリアから紅茶を受け取ったイザベラは、慣れた様子でカップを口に運んでいく。

 その優雅な仕草が今までの彼女のイメージと違って、そのギャップに思わず呆然としてしまった。

「どうしたの? もしかして、私がこうやって紅茶を飲むのが意外だったかな?」

「いや、そんなことは……」

 慌てて誤魔化そうとすると、彼女は楽しそうに笑った。

「ふふ、無理しなくていいよ。私もガラじゃないと思ってるから。まぁ。昔に叩きこまれた習慣だとでも思ってくれればいいよ」

 そう言われてしまえばもうなにも言うことができず、少し気まずくなった俺は紅茶に口をつける。

 しかし、そこで俺はかすかな違和感を覚えた。

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