第12話
「すいませーん! 誰か居ませんかー?」
聞き覚えのない声にリーリアを見ると、彼女も不思議そうに首を傾げている。
どうやら、知り合いではないようだ。
「とりあえず、行ってみましょう」
二人で連れ立って工房まで行くと、そこに居たのは一人の見知らぬ女性だった。
「お待たせしました。何かご用ですか?」
「あ、やっと出てきたのね。ここって鍛冶屋で間違いないかな?」
「はい、そうですけど……。あの、どんなご用でしょうか?」
もう外はすっかり暗くなっているし、こんな時間に訪ねてくるのはちょっと非常識だろう。
そんな非難の視線を気にしない様子の女性は、腰に結んだ袋の中身をテーブルの上に取り出していく。
それは、粉々に砕けた剣の欠片だった。
「実は、ちょっと無茶しちゃって武器が壊れちゃったの。どうにか直せないかしら?」
「いや、壊れるにしても限度があるだろ」
黙って成り行きを見守ろうと思っていたけど、あまりに酷い有様に思わず声が出てしまう。
「そう? まぁ、確かに今回はちょっとやりすぎたと思うけど」
特に悪びれる様子もなくしれっと言い切った女性に、俺たちは苦笑いを浮かべる。
「ここに来る前にもいろんな鍛冶屋を回ったんだけど、どこも断られちゃって。ここに見捨てられると後がないの。人助けだと思って、お願いっ!」
「そんなこと言われても、えっと……」
両手を合わせながら懇願する女性に、リーリアは困ったように俺を見つめる。
そんなリーリアの視線に気付いたのだろう。
女性もすがるような瞳で俺を見つめてくる。
「……分かったよ。ちょっと見てみるだけだぞ」
俺にだって、出来ることと出来ないことがある。
あまり期待はしないように釘を刺しながら、俺はテーブルの上の欠片を手に取った。
その瞬間、俺の中にイメージが湧いてくる。
「どんだけ有能なんだよ、このスキル……」
「え?」
「いや、ただの独り言だ。……一応、直せないこともないな」
「本当に!? だったら、すぐにでも直して!」
俺の言葉に嬉しそうに反応した女性を手で制しながら、俺はさらに口を開いた。
「ちなみに、代金は払えるのか? この状態の物を直すんだから、けっこう掛かるぞ」
「もちろん! 相場は分からないけど、これだけあれば足りるかな?」
そう言って女性が差し出したのは、一枚の硬貨だった。
それを見て、俺より先にリーリアが驚きの声を上げる。
「白金貨!? これって、一枚10万ガルムですよ!」
どうやら、この女性はちょっと頭が悪いみたいだ。
「こ、こんなにいただけません! 武器の修理ならせいぜい2万ガルムくらいで」
「いやいや、夜分遅くに押しかけてすぐに直してくれって頼んでるんだから、これくらいは払わせて。そもそも、今は細かいお金を持っていないから」
「でも……」
その後、どうしても払いたい女性と受け取れないと言い張るリーリアが不毛な押し問答を始めてしまう。
「うーん、どうしたもんかねぇ……」
あくまでこの工房の主はリーリアで、ただの雇われであるこれが口を出しても良い領分ではない。
そんな二人を眺めながら、俺は呆れたようにそう呟くしかできない。
「では、こうしましょう。今回10万ガルム受け取る代わりに、向こう三か月メンテナンスは無料でさせていただきます」
「うん、それで大丈夫だよ。むしろそんなにサービスしてくれて大丈夫なのかな?」
「大丈夫です。それでも明らかに貰いすぎですから」
10分近く押し問答を繰り返した結果、二人はその結論で落ち着いたようだ。
「じゃあ、そろそろ始めてもいいかな?」
二人が言い争いをしている間、暇だった俺は修理の準備を進めていた。
その成果もあって、バラバラだった欠片は元の形へと復元されていた。
「わぁ、凄いね。あんなにバラバラだったのに、もしかして君ってパズルとか得意なタイプ?」
「まぁ、苦手ではないな。それで、形はこれで合っているか?」
唯一壊れる前の形を知っている女性に確認すると、彼女は力強く頷いた。
「うん、完璧だよ。それで、ここからどうするの?」
「まぁ見てなって。魔力よ、その力をもって元の姿を示せ、
欠片に手をかざして呪文を唱えると、両手から溢れだした魔力が欠片全体を包み込んでいく。
それはやがて糊のように欠片たちに染み込むと、ゆっくりとその間を繋いでいく。
少しずつ欠片同士が繋がり、ひび割れがなくなっていく。
そして完全にひび割れが見えなくなると、剣を包んでいた魔力は溶けるように消えていった。
「よし、修理完了だ」
確認するように剣を手に取ると、その刀身はすっかり輝きを取り戻していた。
「ほら、直ったぞ。それと、もうあんな風に壊れないように耐久強化の付与も掛けておいたから」
そっと刀身に触れて魔力を流した後、その剣を女性に手渡す。
「へぇ、付与魔法まで使えるんだね。……こりゃあ凄いや」
俺から受け取った剣を軽く振ると、満足そうに笑みを浮かべる。
「完璧に元通りになってる。それどころか、前より使い勝手が良くなってるみたい」
剣を鞘にしまった女性は、改めて俺たちに向かって頭を下げた。
「ありがとう。まさか本当にあの状態から元通りになるなんて思ってなかったよ」
「まぁ、普通は無理だろうな。俺だって、かなり疲れたし」
チートを持っている俺ですら魔力が空になるほど消費するんだ。
普通の鍛冶師なら、たぶん直すことは不可能だっただろう。
「今日は本当にもう夜遅いし、今度時間がある時に改めてお礼をしに来るよ。それじゃ!」
足取り軽く工房の出口まで歩いていった女性は、何かを思い出したように振り返る。
「そうだ、自己紹介してなかったね。私はAクラス冒険者のイザベラ。もしもなにか困ったことがあったら、ギルドに依頼を出してくれたら格安で引き受けるよ」
最後にちゃっかり宣伝までして、女性──イザベラは今度こそ工房を後にする。
残された俺たちは、嵐のような彼女の様子に顔を見合わせて苦笑を浮かべ合っていた。
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