第11話

 あの後、ひとしきり泣いて落ち着いたリーリアとともに俺はテーブルを囲んでいた。

 テーブルにはたくさんの料理が並んでいて、騒動のせいで少し冷めていたもののどれもとても美味しい。

 限界社畜だった俺にとってはかなり久しぶりの人間らしい食事、しかもリーリアみたいな可愛い女の子の手料理だ。

 本来なら楽しいはずの食事は、しかしどこか暗い雰囲気に包まれている。

「美味い! リーリアは料理が得意なんだね」

「いえ、そんなことは……」

 明るい声で話題を振っても、帰ってくるのは力ない返事だけ。

 さっきから彼女の食事はほとんど進んでおらず、そのせいで俺もなんとなく食べづらい。

 そうやってしばらく重苦しい空気のまま食事を続けていると、やがて沈痛な面持ちのリーリアが俺を見つめてくる。

「あの、アキラさん……」

「ん? どうしたの?」

 できるだけ明るく答えると、彼女は覚悟を決めたように口元をきゅっと引き締めた。

「すいませんでしたっ! もともとは私のトラブルなのに、無関係なアキラさんまで巻き込んでしまって……!」

 いきなり謝罪の言葉を叫んだリーリアは、そのままテーブルに額を擦りつけるように頭を下げる。

 そのままたっぷり十秒以上頭を下げ続けた彼女が頭を上げると、その表情は悲壮感に溢れていた。

「いや、気にしないで。俺が勝手に出しゃばっただけだから。それとも、迷惑だった?」

「そんなことありません! 助けてくれて、とても嬉しかったです。でも……」

 泣きそうな表情でうつむいたリーリアは、しかしすぐに顔を上げて俺を見つめる。

「でも、これ以上アキラさんを巻き込むわけにはいきません。食事が終わったら、すぐにさっきの人たちと話をつけてきます」

 なんなら今すぐにでも飛び出してしまいそうな彼女を宥めるように、俺は努めて冷静に声を掛ける。

「止めなよ。せっかく話がまとまったのに、それじゃ余計にこじれるだけだから。それに、俺は巻き込まれたなんて思ってないよ」

「え……?」

「俺だって、そこまで考えなしじゃないさ。ちゃんと全部考えたうえで、君を守りたかったんだ」

「そう、なんですね……。ありがとうございます……」

 俺の言葉に顔を真っ赤にしたリーリアは、今度は恥ずかしそうに俺から視線を逸らす。

 そんな反応をされるとこっちまで恥ずかしくなってくるけど、今はリーリアを落ち着かせる方が優先だ。

 その為に俺は、彼女の顔をまっすぐ見つめながら言葉を続ける。

「ともかく、そういうことだから俺も借金返済に協力するよ。二人で一緒に返せば、意外となんとかなるかもしれないでしょ」

 気休めにしかならない言葉かも知れないけど、それでもずっと暗い表情を浮かべているよりも断然いい。

 励ますように彼女の頭をポンポンと撫でると、リーリアは少し困った風な表情を浮かべて俺を見上げる。

 その顔には、もうさっきまでのような悲壮感はなくなっていた。

「もう、子ども扱いしないでください」

「俺にとっては、リーリアは十分子どもだよ。さぁ、食事の続きをしよう」

 彼女をからかいながら、俺たちはさっきまでとは違う楽しい時間を過ごすのだった。


 ────

「それじゃ、ここからはちょっと現実的な話をしようか」

 食事の片付けも終えて一息ついたところで、俺は彼女と向かい合って話を始める。

 食後に淹れたての紅茶を楽しんでいたリーリアも、俺のその言葉でキュッと表情を引き締めた。

「そもそも、どうしてリーリアはあんな借金なんて抱えてるんだ? もしかして、実はかなりの浪費癖があるとか?」

「そんなわけないじゃないですか。この借金は、父が作ったものです。もとは工房を大きくするためだったんですけど、それから仕事も減っていって追加で何度も借りているうちに、気付けばとても父の代で返せる金額じゃなくなっていて……」

 そうやって説明してくれるリーリアの声は、後半になるにつれてだんだんと小さくなっていく。

 なるほど、親の借金を娘が返しているというわけか。

 日本だったら法律でなんとかなるんだろうけど、ここは異世界だ。

 しかも相手はどう見てもまともな奴らじゃなかったし、返さないという選択肢はないに等しいだろう。

 松もじゃない奴らからの取り立てには慣れている俺ならともかく、リーリアみたいなか弱い女の子では対応することさえ難しいはずだ。

「ところで、その借金の総額は幾らなんだ?」

「……五千万ガルムです」

 ガルムというのは、この世界のお金の単位だろう。

 しかし、五千万か……。

 この世界の物価は分からないけど、日本でも五千万と言えばかなりの大金だ。

 とても女の子が一人で返せるような額ではないだろう。

「それで、リーリアに返す当てはあるの?」

「今のところは、月々の利息を返すだけで精いっぱいです。仕事だってそんなに多くないし、私の腕じゃ大きな依頼は受けられないから」

 そう自虐的に呟いたリーリアは、そんな態度を誤魔化すように微かに笑う。

「基本は量産品を武器屋さんに卸して、時々やって来る冒険者さんの依頼をこなしてどうにか生活しているんです。それでも、今月みたいに利息分さえ稼げない月もあって……」

「なるほどね。どうやら、状況は思ってたよりも悪いみたいだな」

 利息しか返せていないということは、元金はいつまで経っても減らないということだ。

 それじゃ一生かかっても、借金を返しきることなんてできるはずがない。

 まずはこの状況をどうにかすることから始めよう。

 幸いにも話を聞く限り、俺にも手伝えることがありそうだしね。

「とりあえず、俺を今日からこの工房で雇ってほしい。まだまだ未熟だけど、こき使ってくれて構わないから」

「そんな……。アキラさんが未熟なんだったら、この街の鍛冶師は全員が素人になってしまいますよ」

 嬉しいことを言ってくれるけど、俺が未熟なのは事実だ。

 スキルのおかげで成功したけど、あの剣だって既製品を打ち直しただけ。

 一から武器を作り上げたこともない人間を未熟と言わず、いったい誰を未熟と呼ぶのだろうか。

「だから、リーリアにいろいろ教えてほしいんだ。よろしく頼むよ」

「……はい、分かりました! 私もまだまだ半人前ですけど、分かることだったらなんでもお教えしますね!」

 頼られて嬉しかったのか、気合を入れるようにグッと拳を握ったリーリアが力強く頷く。

 と、そうやって話している間に工房の方から声が聞こえてきた。


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