第10話
「兄さん、落ち着きましょうよ。俺たちはただ、この子が借りた金を回収しに来ただけなんですから」
冷静な口調の男は、俺を落ち着かせるように言いながら男たちを下がらせる。
最初に絡んできた男たちは、その指示に素直に従うと渋い表情を浮かべながらも引き下がる。
どうやら、この男がチンピラたちのまとめ役のような立場のようだ。
「まぁ、俺だってわざわざ揉めごとが起こしたいわけじゃないさ。もう少し紳士的に話ができないのかって言ってるだけだからね」
話が分かりそうな男が出てきたことにホッと一息つき、俺は相手の顔をまっすぐに見つめる。
内心ではかなりビビってしまっているけど、そんな雰囲気はおくびにも出さない。
こういう輩は、こっちが怯えたり怖がっていると一気に畳みかけてくる。
そうやって精いっぱい強がる俺の内心を知ってか知らずか、一目で堅気ではないと分かるその男は微かに口角を上げながら口を開いた。
「まぁ、こいつらが荒っぽいのは認めましょう。幼気な少女を恫喝するのは、あまりスマートだとは言えないですからね。でもね、もとはと言えばその子が借りた金を返さないことが原因なんですよ」
口元だけで笑いながら鋭い視線を送ってくる男に、俺はわざと強気な態度で答える。
「だから、今月は少し待ってほしいって頼んでるじゃないか。返さないなんて言ってないんだから、それでいいだろ」
「さっきも言った通り、先月も同じセリフを聞いてるんですよ。しかも、返済分には足りなかった。なのに今月もこのまま引き下がるわけにはいかないんでね。兄さんだって、分かるでしょう? 我々の業界ってのは、舐められたら終わりなんですよ」
男の言葉は本当なのか確かめるためにリーリアに視線を向けると、彼女はうつむきながら小さく頷く。
どうやら、男の言っていることは全て真実のようだ。
「分かったでしょう? だったら、関係ない人は下がっていて欲しいんですがねぇ」
「そうはいかないさ。彼女には、一宿一飯の恩があるからね」
俺が引き下がらないと分かると、男の眉がピクッと歪む。
後ろで気色ばむチンピラたちを手で制しながら、男は俺に向けて圧を掛けてくる。
「兄さんも強情な人だ。だったら、あんたがこの子の保証人にでもなるかい? もし返済が滞ったら、あんたに借金を被ってもらうことになるが」
保証人。
その言葉に嫌な過去を思い出してしまい、俺は表情を歪める。
それをどう解釈したのか、相変わらず辺りを囲んでいた男たちが一斉に調子づいた。
「なんだぁ? かっこいいこと言ってたくせに、怖気づいたのかぁ?」
「あんたが保証人にならないってんなら、やっぱコイツに払ってもらわないとなぁ。なぁに、見た目は良いんだから身体を使えばすぐに金は用意できるだろうさ」
口々にそんなことを言いながら下品に笑う男たちに、思わず反吐が出そうだ。
俺の背後でリーリアがビクッと震え、そんな彼女の反応を感じてチンピラたちに向けてふつふつと怒りが湧いてくる。
そしてそれは目の前の男も同じだったらしく、小さく咳払いをして他の男たちを睨む。
たったそれだけで男たちは静かになり、すぐにまた俺たちの会話が再開された。
「で、どうするんだ? 俺としては、金さえ回収できれば文句はないんだが」
相変わらず冷静な男の言葉に、俺は覚悟を決める。
大丈夫。
まだ出会って数時間しか経っていないけど、リーリアは
きっと彼女は、俺を裏切ったりなんてしないはずだ。
それに……。
俺はもう一度、背後に隠れるリーリアを振り返る。
恐怖に怯えながらも、どこか思いつめたような表情を浮かべる彼女を見捨てるなんて、俺にはできない。
もしここで見捨ててしまえば、きっと俺は俺じゃなくなってしまうだろう。
せっかく異世界に転生して、自由に生きると決めたんだ。
だったら、俺は俺のやりたいようにやらせてもらおうじゃないか!
そう心に決めた俺は目の前の男に視線を戻すと、その顔をまっすぐに見つめる。
「分かった。俺が彼女の保証人になる。だから今月の返済はもう少し待ってやってほしい」
そう言って懐から財布を取り出すと、それを目の前の男に渡した。
「足りないだろうけど、それは受け取ってくれ。なんなら、この剣も持っていってくれて構わない」
俺の打ち直した剣を手渡すと、それを眺めた男は口角を緩ませた。
「ほぅ、なかなか良い腕だな。……気に入った」
さっきまでの強い圧みたいなものが消え去り、男は笑みを浮かべて俺に視線を戻す。
しかしそれも一瞬だけ。
すぐに今まで以上の圧を放ちながら、男は俺を睨みつけてくる。
「財布はいらん。ただし、この剣は担保として頂いていく。それと、待つのは二週間だけだ。それまでに今月分の金を用意しておくんだな」
そう言って男は、取り巻きを連れて工房の出口へと向かって歩き始めた。
立ち去る前、振り返った男はもう一度だけ口を開いた。
「兄さんのおかげで命拾いしたな。まぁ、せいぜい頑張って金を集めるんだな」
そう言って去っていく男の姿が見えなくなって、俺はやっと緊張から解放された。
「はぁ、殺されるかと思った……。リーリアは大丈夫だった?」
頑張って笑顔を浮かべながら声をかけると、瞳に涙を浮かべた彼女は勢いよく俺に抱き着いてきた。
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