第9話

「さて、それじゃあ食事の準備をしますね。出来上がるまで、アキラさんは自由にしていてください」

「良いの? 何か手伝おうか?」

「いえいえ、キッチンは私の城ですから。むやみに立ち入る人間は、不法侵入で捕まえちゃいますよ。ふふっ、なーんて」

 そんな冗談を言いながら、俺から荷物を受け取ったリーリアは家の奥へと消えていく。

 ひとり取り残された俺だが、特にこれといってやることがない。

 時間を潰すように工房の中を見て回っていると、部屋の隅にある物を見つけた。

 それは籠に乱雑に入れられた何本もの剣。

 そのうちの一本を手に取って眺めてみると、その品質があまり良くないことが分かる。

「失敗作か? でも、それにしては量が多いな」

 一本や二本ならともかく、籠いっぱいの失敗作をわざわざ保管しておく必要もないだろう。

「となると、もしかして量産品なのかな」

 大量生産品なら、これだけ量があることも頷ける。

 とはいえ、こんな粗悪品を売ってしまって果たして大丈夫なのだろうか。

「……ちょっと試してみようかな」

 これだけたくさんあるのなら、一本くらい使っても怒られないだろう。

 もしもの時は買い取ればいいと高を括って、俺は剣を手に持って炉の前へと移動する。

 炉に火を入れると、その炎は瞬く間に全体に広がって室内の温度が一気に上がる。

 まるで魔法のようだけど、よく見ると炉全体にうっすらと魔力を感じられる。

「まるでと言うか、まんま魔法だったってことか」

 じゃなければ、こんなにすぐに温度が上がるなんてありえないもんな。

 とはいえ、これで準備は整った。

 覚悟を決めて小さく頷くと、俺は頭の中でスキルを発動させた。


 ────

「よし、こんなもんかな。初めてにしては上出来じゃないか?」

 打ち直された剣を眺めて、俺は自画自賛する。

 さっきまで最低品質だった刀身は、俺のスキルを使うことによってかなり質が良くなっていた。

 たぶん切れ味も、さっきまでとは比べ物にならないくらい良くなっているはずだ。

 そんな風に出来栄えの確認をしていると、奥に引っ込んでいたリーリアが工房に顔を覗かせた。

「アキラさん、ご飯の準備ができましたよ。……って、なにをしてるんですか?」

「あぁ、勝手に工房を使っちゃってごめん。ちょっと確認したいことがあったから」

「いえ、それは良いんですけど。どうしてそんな量産品の剣を持ってるんですか?」

 不思議そうな表情を浮かべて近づいてきたリーリアは、俺の打ち直した剣を見て目を丸くする。

「え……? なんでこんなに品質の良い剣が……?」

 どうやら、リーリアの目から見ても出来栄えに問題はないみたいだ。

「あの、これっていったいどうしたんですか? ウチにこんなに質の良い剣は置いてなかったはずなんですけど」

「えっと、そこの籠に置いてあった剣を打ち直してみたんだ。勝手なことをしてごめんね」

「いえ、それは良いんですけど……。えっと、これをアキラさんが?」

 信じられないものを見るように俺と剣を交互に見比べた彼女は、そっと剣に手を伸ばす。

 黙って剣を手渡すと、受け取った彼女はそれをしげしげと見つめる。

「すごい、全く別物みたいになってる。もしかしてアキラさんって、凄腕の鍛冶師さんだったんですか?」

「いや、そんなことないよ。実際に鍛冶をしたのは今日が初めてだし」

「えぇっ!? そんな……。それなのにこれだけの仕事ができるなんて、いったいどういう……」

 正直に話すと、リーリアは驚きの声を上げる。

 その表情には混乱が浮かんでいて、なにかを言いたそうにモゴモゴと口を動かしている。

「えっと、もしかしてなにか問題でもあったかな?」

 様子のおかしい彼女を見て、少し不安になってしまう。

 思わずそう尋ねると、彼女は慌てた様子で首を振る。

「いえいえ、そうじゃないんです。ただ、ウチにアキラさんみたいな腕のいい職人さんが居てくれたらなって」

「え?」

 それってどういう……。

 そう尋ねようとしたが、その言葉は扉の開く大きな音で邪魔されてしまう。

「いらっしゃいませ! あっ……」

 元気よく来客に声をかけたリーリアは、相手の姿を見て小さな声を上げる。

「どうも。お邪魔しますよぉ」

 意地の悪そうな口調でそう言って工房に入ってきたのは、ガラの悪い数人の男たちだった。

「あの、今日はなんのご用でしょうか……?」

「なんの用って、そりゃあないでしょ。俺たちが来る理由は、ひとつしかないだろぉ」

 まるで人を馬鹿にしたような表情を浮かべながら、男たちはリーリアを囲むように近寄ってくる。

「今月の返済、どうなってるんだ? いい加減、ちゃんと借金を返してもらわないとなぁ」

「いくつか依頼を受けてますし、それが終わればお金はちゃんと用意できます。もう少し待ってもらえますか?」

「先月もそう言って、結局返済分の半分の金しか用意できなかったじゃねぇか。いつまでも甘いこと言ってんじゃねぇぞ」

 男の一人が机を蹴ると、机の上の物が大きな音を立てて床に落ちる。

「きゃっ!? なにをするんですか!」

「うるせぇなぁ。金も返せない奴が偉そうに言ってんじゃねぇぞ。なんなら、今すぐここで金を返してもらってもいいんだがなぁ」

「くっ……。そんなお金、今はないです……」

「じゃあ、いつならあるんだ?」

「それは……」

 恫喝するように凄まれて、リーリアは怯えた様子で口ごもる。

 そんな彼女の様子を見ていられなくて、俺はリーリアの前に割って入った。

「いい加減にしろよ。女の子ひとりに大の大人が寄ってたかって、恥ずかしくないのか?」

「あぁ? 誰だよ、お前。関係ない奴は引っ込んでろ!」

 思いっきり睨まれるが、そんなことで怯む俺ではない。

 借金取りの恫喝なんて、前の世界で嫌になるほど経験しているんだからな。

 しばらく睨み合っていると、男たちの間からさらに新たな男が現れた。


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