悪の華

Danzig

第1話

悪の華



一人の男が大きな扉の前に立っている


アスナルド:ようやく辿り着いたか

アスナルド:ここが、この国最大の元凶、女帝フィアナ・ボルアロウ

アスナルド:その玉座(ぎょくざ)の間か・・・


アスナルド:待っていろよ、フィアナ・ボルアロウ

アスナルド:今、その首、切り落としてくれる

アスナルド:いざ・・・


重い扉を開けるアスナルド

広い玉座の間の奥に一段高い場所があり

一人の女性がそこにある玉座に座っている

駆け寄るアスナルド


アスナルド:お、お前がフィアナ・ボルアロウか!


立ち上がるフィアナ


フィアナ:ようやく来ましたね

フィアナ:私は随分とあなたの事を待っていたのですよ


アスナルド:何!

アスナルド:待っていただと・・・


フィアナ:ええ、この国で反乱が起き、城に火の手が上がってから

フィアナ:ずっとここに座り待っていましたよ

フィアナ:そろそろ待ちくたびれる頃でした


アスナルド:何をバカな事を

アスナルド:そんな事が信じられるか

アスナルド:どうせ逃げ遅れたのだろう

アスナルド:強がりはやめるんだな


フィアナ:別に信じて貰おうとは思っていません


アスナルド:お前・・・本当にフィアナ・ボルアロウか!


フィアナ:まったく・・・

フィアナ:あなたは自分の国の王の顔も知らないのですか


アスナルド:いや、顔ぐらいは知っているさ

アスナルド:俺が聞いているのは、お前がフィアナ・ボルアロウ本人かという事だ

アスナルド:替え玉を置いて、本人は逃げたという事もあり得るからな


フィアナ:ふ

フィアナ:何をバカな事を


アスナルド:バカな事だと?


フィアナ:誰がこの玉座に、私以外の人間を座らせるというのです


アスナルド:な・・・


フィアナ:玉座とはそんなに軽々しいものではないのですよ

フィアナ:よく覚えておきなさい


アスナルド:ふん

アスナルド:そんな事など、どうでもいい

アスナルド:この国には、もう玉座など必要なくなるのだからな


フィアナ:それにしても、ここに来るまでに、思っていたよりも随分と時間がかかりましたね

フィアナ:近衛兵(このえへい)達に手間取っていたのですか?

フィアナ:まったく・・・

フィアナ:所詮、寄せ集めの烏合の衆など、その程度なのかもしれませんね


アスナルド:悪かったな

アスナルド:あぁ、近衛兵達は強かったさ

アスナルド:予想以上の抵抗にあったよ

アスナルド:おかげで、ここに来るまでに何人も仲間が死んださ


フィアナ:そうですか

フィアナ:それは、この国の玉座の間に攻め入ろうというのです

フィアナ:そう易々(やすやす)と来られても困りますからね。


アスナルド:しかし、俺がここに来た以上、もうお前を逃がしはしない

アスナルド:お前の命、今ここで、この俺がもらい受ける


フィアナ:何故、私があなたに殺されねばならないのです


アスナルド:何を!

アスナルド:とぼけるんじゃない

アスナルド:お前は自分が今まで何をしてきたのか、忘れたとは言わせないぞ


フィアナ:

フィアナ:私が何をしたかなど、忘れる訳がないでしょう

フィアナ:私は王としての役目を果たしてきたのですから


アスナルド:王としての役目?


フィアナ:ええ、そうです。


アスナルド:お前は、ただ国民から高い税を取り立て、その金で、贅沢三昧をしてきただけだろ


フィアナ:わかってまいせんね

フィアナ:王にとって贅沢な暮らしは必要なのです


アスナルド:何!、どういう意味だ


フィアナ:王の贅沢とは国の力です

フィアナ:他の国の王や貴族達と交流をもち、その中で、贅沢さで引けを取らぬ事

フィアナ:それこそが国を守るのです。


アスナルド:何をバカなことを

アスナルド:その為に国民が飢えてもいいというのか

アスナルド:それで国を守っているつもりでいるのか


フィアナ:私が王になってから、他の国から武力で攻め込まれた事など一度もありません。

フィアナ:戦争になれば多くの国民が死に、もっと多くの人間が飢える事になるのですよ

フィアナ:あなた達はそれを望むのですか


アスナルド:そんな事は詭弁だ

アスナルド:実際に俺たちは飢えているんだ

アスナルド:お前の贅沢のせいで、明日の飯も食えない国民が大勢いるんだ


フィアナ:それなら、自分たちでもっと稼(かせ)げばいいのです

フィアナ:農地だってもっと耕せばいいでしょうに

フィアナ:それを私のせいなどと・・・おこがましい


アスナルド:だまれ!

アスナルド:どれだけ稼いだって、どれだけ畑を耕したって、全部国が持って行ってしまうんだ

アスナルド:お前は王として、国民がどれだけ飢えている事を知っているのか!

アスナルド:それを知っていて贅沢をしているとでもいうのか


フィアナ:そんな事、当たり前でしょ

フィアナ:国の情勢を知らぬ王がどこにいますか


アスナルド:だったら・・・・


フィアナ:この私を、世界一美しく気品のある、この私を飾り立てるのですよ

フィアナ:贅沢をしても、し過ぎるという事など、あるはずがないでしょう

フィアナ:その為に国民が飢えようと、かまう事などではありません


アスナルド:呆れたな

アスナルド:だからこの国は、こうなってしまったのさ


アスナルド:それに、俺たちが反乱を起こしたのは、単に飢えだけじゃない

アスナルド:お前の恐怖の支配にも我慢できなくなったからだ


フィアナ:恐怖の支配?


アスナルド:そうだ、

アスナルド:国に不満を訴えた奴らは全員処刑された

アスナルド:それだけじゃない

アスナルド:お前や貴族が気分を害したとか、粗相(そそう)があったからと、それだけの為に何人も処刑された


アスナルド:そうやって、お前たちが処刑という恐怖で俺たちを支配してきたからだ


フィアナ:国に従わない悪い目を、早めに摘んでおく事は、国の治安には必要な事です。

フィアナ:意思の統率が出来ていない国など、他国から見れば侵略の恰好の標的となりますからね


アスナルド:だから、それは詭弁だ!


フィアナ:それに、

フィアナ:私は、恐怖であなた達を支配しようなどとは思っていませんでしたよ


アスナルド:だったら、どうして粗相(そそう)をしたくらいで処刑なんてしたんだ


フィアナ:だれが、いつ、どんな理由で処刑されたのかなど、覚えてはおりませんが

フィアナ:おそらく・・・

フィアナ:「気に入らなかった」からでしょうね。


アスナルド:なっ

アスナルド:そんな事くらいで・・・


フィアナ:そんな事くらい?

フィアナ:この私が気分を害したのですよ、世界一気高き、この私が・・

フィアナ:「そんな事くらい」などと軽々しく口にして欲しくはありませんね


アスナルド:くっ

アスナルド:やはり、お前はこの国に必要ない

アスナルド:さっさと死んでもらおう


フィアナ:私を必要としないというのであれば、好きにするといいでしょう

フィアナ:しかし

フィアナ:王を失った国がどうなるか

フィアナ:あなたは知っているのですか


アスナルド:そんな事、お前たちに言われるまでもない

アスナルド:王がいないなら、国民が民主政治をすればいいんだ


アスナルド:俺が、いや、俺たちが

アスナルド:皆でこの国をあるべき姿に戻す


フィアナ:できるのですか?


アスナルド:やるのさ

アスナルド:お前に支配されてる、こんな国よりも

アスナルド:ずっと豊な国にしてやるさ


フィアナ:できるのなら、やってごらんなさい


アスナルド:あぁ、そうするさ

アスナルド:だからこそ、俺たちはここに来たんだ

アスナルド:お前にはここで死んでもらう

アスナルド:さぁ、覚悟をするんだな


フィアナ:覚悟?


アスナルド:あぁ、ここで命乞いをしたって助かるわけじゃないんだ

アスナルド:だから覚悟をしろって言っているんだ


フィアナ:ふ、

フィアナ:覚悟ですか・・・

フィアナ:そんなもの、この玉座に就いた時から、とっくに出来てますよ

フィアナ:私はこの王の座に命を懸けているのですから


アスナルド:ほう、それはご立派な事だな

アスナルド:では、潔く、さっさと死んでもらおうか


フィアナ:嫌です


アスナルド:何?

アスナルド:この期に及んで・・

アスナルド:やはり、いざとなれば、命を差し出すのが惜しいのか


フィアナ:あなた、何を勘違いしているのですか

フィアナ:命を懸けるという事と、命を投げ出す事とは違うのですよ。


アスナルド:なにっ!


フィアナ:私は、あなたに、命を差し出す気など、さらさらありませんよ

フィアナ:この命が欲しいなら、あなたが自ら取ってお行きなさい


アスナルド:なんだ、そういう事か

アスナルド:もっと泣き叫んで、命乞いをするかと思っていたよ

アスナルド:悪い奴らが殺されるときは、決まって泣き叫んで命乞いをするからな

アスナルド:そうしないだけ、褒めてやるよ


フィアナ:まったく、本当にあなたは何もわかってはいませんね


アスナルド:何を分かっていないと言うんだ


フィアナ:死に際には自分の生き様(いきざま)と、生きた結果がそこに現れるのです


フィアナ:そう、いわば死に際とは人生の中での一番の華(はな)なのですよ

フィアナ:そんな所で、この私が、恥ずかしい恰好などできますか!


フィアナ:私は今までも、そしてこれからも、人の記憶の中に

フィアナ:世界一気高き女として、生きて行かなければならないのです。


アスナルド:あぁそうかい、しかし、お前の美学など、俺たちにはどうでもいい話さ

アスナルド:まぁ、覚悟が出来ているなら、ちょうどいい、さっさと死んでもらおう


フィアナ:やはり、あなたは何もわかってはいませんね


アスナルド:なに!

アスナルド:この期に及んで、まだ・・・


フィアナ:あなたは、この私の命を取るのですよ

フィアナ:あなたこそ、その覚悟は出来ているのでしょうね。


アスナルド:どういう意味だ


フィアナ:あなたが私を悪だというのなら

フィアナ:この世の最大の悪の華が散るのです。

フィアナ:それは同時に、愚民どもの不満の捌け口もなくなるという事ですよ。


フィアナ:その意味は、当然お分かりですね。


アスナルド:い、意味だと?


フィアナ:あなたは先程、あなたがこの国をあるべき姿にすると言っていましたね

フィアナ:であれば

フィアナ:あなたはこれから先、逃げ場のない高い崖の上で、愚民どもの、我儘(わがまま)な、そして尽きる事のない、

フィアナ:期待という名の欲望を一身に背負い生きて行くことになるのです。

フィアナ:この国を他国の脅威(きょうい)から守りながら、勝手気ままな愚民どもを導いて行かなければならなくなるのです。


フィアナ:私は、あなたに、「その覚悟はあるのか」と聞いているのです。


アスナルド:そ、そんなもの、あるに決まっているだろう


フィアナ:ほう、そうですか


アスナルド:どんな事があっても、俺たちはこの反乱を成功させ、この国を良い国に変える

アスナルド:その為に俺たちは立ち上がったんだ


フィアナ:そうですか

フィアナ:まったく、愚民の代表らしい、浅はかな考えですね


アスナルド:うるさい、黙れ!


フィアナ:では、果たして、あなたのその覚悟が本物かどうか

フィアナ:そして、あなたの政(まつりごと)の手腕(しゅわん)がどれ程のものなのか

フィアナ:私は泥梨(ないり)から見せていただく事にしましょうか


アスナルド:・・・・


フィアナ:さぁ、あなたに本当の覚悟があるのなら、この命、取ってお行きなさい!


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悪の華 Danzig @Danzig999

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