61

出発した日は深夜に1泊を、次の日は終日馬車を走らせ、さらにその翌日の昼時にノア公国の首都に到着した。


王国の中の1国だと思っていたが、随分と広く、そして綺麗に整備されていた。

往来の人は道を開けると軽く頭を下げたり、手を振ったりしていて、想像以上にフレンドリーな雰囲気だ。


ルフェルニアは、”恐ろしい”という噂を信じてはいなかったが、全く逆の雰囲気に大変驚いた。あの噂は、やはり王都での騎士団長の仕事が尾を引いているに違いない。


「皆さんの表情から幸せな気持ちが伝わってくるような、活気のある明るい都ね。」


ルフェルニアが心の底から褒めると、ギルバートは嬉しそうに目元を緩めた。


「ありがとう。ルフェの言葉には裏表がないな。」


「私がギルを煽てても、出世に繋がらないもの。」


少し気恥ずかしくなったルフェルニアは冗談交じりに返す。


「そんなの、わからないじゃないか。仕事は続けないのか?」

「結婚したら、さすがに辞めるわ。既に随分と出遅れているけれどね。」

「時期はいつごろ?」


ルフェルニアは、ギルバートの婚約者がいる前提の問いに口元をひきつらせた。


「…お相手が見つかり次第?」

「…そうか、すまない。」


よっぽどルフェルニア自身に瑕疵があるか、婚約破棄などのトラブルか、聞けば藪蛇になりそうだったので、ギルバートはそれきり口つぐんだ。


「ギルのご家族は?」


ルフェルニアは、大公となったギルバートは当然既に結婚しているだろうし、もしかしたら子どももいるのでは、と思った。


「…婚約者すらいない。」

「…ごめん。」


変な沈黙が流れる中、マーサが呆れたように口を開いた。


「先代は、ギルバート様がご結婚されてから退位なさるはずだったのですよ?それなのに、ギルバート様ったら、『即位前は、騎士団長として働いた方が民のためになる。仕事は王都でもできる。』などといって全然帰っていらっしゃらないし、地方への遠征ばかりで婚約者もお決めにならないのですから。」


「…じっとしているのが性に合わないんだ。」


「でも、大公様なら、すぐに良いお相手が見つかるでしょうね。若くって可愛くって、守ってあげたくなるようなちょっぴり天然な女の子に違いないわ!」


ルフェルニアが一時期読み込んでいた物語を思い出して笑うと、ギルバートは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「そんな女、お断りだな。」

「どうして?」

「そういうのは、性根の悪い計算高い女か、本当のバカしかいない。」


ギルバートのあんまりの言い草に、ルフェルニアは絶句したが、すぐに初対面の時に鋭い眼光で睨まれたことを思い出した。


(きっと女性関係でいろいろあったのね…。)


「格好いい男性って、大変なこともあるのね。」

「ルフェは俺を格好いいと思っているのか?」

「ええ、そうよ。その顔面で、嫌味ね。」

「君は会った時から、ちっとも俺の顔に興味がなさそうじゃないか。」

「それは弟に似ていたし…それに、とっても美しくて格好いい顔を見慣れているからかしら?」


ルフェルニアはユリウスを思い浮かべた。

あの顔面と日頃対峙していれば、大抵の美しい顔には衝撃を受けない。


「そういえば、君の国には大層美しい公爵令息がいるじゃないか。」

「十中八九、ミネルウァ公爵家のユリウス様のことでしょうね。」


ユリウスはガイア王国の中で有名なのだと思っていたが、外国にも名を轟かすほどの美丈夫だったようだ。


「知っているのか?」

「いろいろあって、幼馴染なの。」

「なるほど。一度どこかの集まりで顔を見たが、あれをずっと見ていたら目が肥えてしまいそうだな。」

「今では上司、部下の関係だけれど、いまだに目が潰れそうになるわ。」


ギルバートは納得したように頷いた。

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